第2話 始動(2)
――魔王を倒して世界を救って
それがソフィーの最期の言葉だった。
魔族と人間の戦い自体は太古の昔からあったという。
魔族は人間と比べて個としての戦闘力が非常に高い。
身体能力は優れており、強力な魔法を使うことができる。
その反面、数が少ない。
数の多さで勝る人間は魔法使いと軍勢によってこれまで魔族を討ち取ってきた。
種族としての人間と魔族の力は拮抗していたため、人間が滅ぼされるということはこれまでなかった。
しかし、そこに魔王が現れた。
その魔族が”魔王”と呼ばれるようになったのは「浮遊火山の戦い」がきっかけだった。
古代文明の遺跡である浮遊火山を巡る攻防で人間は魔族に敗北した。
人間側の最大戦力である七聖や勇者を多数投入したが、魔王とその側近によってその大部分が倒された。
浮遊火山は魔族によって占拠され、兵を送りにくい地理的要因も重なって奪還に失敗した。
3日にも及ぶ詠唱によって魔王が放った魔法。
それが七ある絶滅魔法の一つ、『疫病』の魔法だった。
『疫病』にかかると衰弱して1年ほどで死んでしまう。
『疫病』には薬も治療魔法も効かなかった。
病というよりは魔法による呪いに近いものらしい。
多くの人間が死んだ。
住人全員が死に絶えた村も珍しくなかった。
東の小国エルロンドは『疫病』によって住民の多数が亡くなり、ほとんど国が滅んだと行商人が話しているのを聞いた。
流行り病で死ぬこと自体は珍しいことでもなんでもない。
しかしここまでの規模で広まることはこれまでなかった。
そして『疫病』の魔法の恐ろしいところは発症してから死ぬまでに一年もかかるところだった。
異様な倦怠感から始まり、徐々に歩けなくなって寝たきりになる。
最初の一月で病状が急速に進行するものの、寝たきりになると死ぬまで小康状態が続く。
当然身の回りのことができなくなるため、介護するものが必要になる。
泣く泣く家族を手にかけた者も多かった。
しかし、誰もが決断できるわけではなかった。
――大魔法使い様が治療の魔法を開発したらしい
――タールインでは治療薬ができたと聞いたが
噂はときどき流れた。
もしかしたら助かるかもしれない。
淡い希望にすがってしまう者を責められる者などいなかった。
『疫病』を発症した本人は働けなくなる。
家族は病人を看病するのに手を取られてしまう。
労働力の減少と悪天候が続いた結果、大きな飢饉が起きた。
食べるものがない。
圧倒的な食料の不足。追い詰められた人間の選択など一つだった。
どうせ死ぬぐらいなら自分が食べる分を奪ってやる。
自分の家にないなら、他の家から。
自分の村にないなら、他の村から。
自分の国にないなら、他の国から。
魔王の絶滅魔法によって人間同士は争い、世界は混乱に包まれた。
人間にとって魔族との戦いに備えるというのは魔法使いを育成し、軍を整えることだった。
全く予想外の攻撃方法だったのだ。
たった一つの魔法、『疫病』の魔法とそれによって引き起こされた災厄によって多くの人間が死に追いやられた。
ソフィーが死んだのは『疫病』によってだった。
俺とソフィーは同じ村で生まれた。
なにもないリクリエト村。
人口は百人ほどの小さな村だった。
住人のほとんどは畜産と農業を営んで生計を立てていた。
豊かな土地だったから、贅沢はできないものの食べるのに困るようなことはなかった。
そんなこじんまりとした村だったから同年代の子どもは少なく、俺とソフィーは家が近いのもあって一番仲がよかった。
一緒に遊んだり、親の農作業を手伝ったりして暮らしていた。
楽しかった。
『疫病』の魔法で両親が死んだのは俺が七つのときだった。
発症したのは『疫病』の魔法の発動から割とすぐのことだった。
最初は農作業をしていた父親が突然倒れた。そのすぐ後に母親も倒れた。
俺たちの家族は他の村人から徹底的に避けられた。
怖かったのだろう。『疫病』に感染することが。
当時は『疫病』が感染すると思われていた。
幼いなりに必死で看病したがやがて両親はひっそりと息を引き取った。
両親以外に身寄りがいなかった俺はソフィーの家に引き取られた。
おじさんとおばさんは俺の面倒を見るのは大変だったはずだが、優しくしてくれた。
いい人たちだった。俺は恩を返そうと農作業に励んだ。
これまで両親が二人で耕していた畑を一人で耕し、飼っていた牛の面倒を見て、ときどき山に入って狩りをした。
頑張れば頑張った分、生活は楽になったので俺は嬉しかった。
おじさんもおばさんも余裕ができたと言って喜んでいた。
俺は、この生活がずっと続くんだ、と思っていた。
だが、幸せになんかなれるはずがない。
俺が10歳のとき、おじさんもおばさんも『疫病』によって亡くなった。
悲しんでる暇もなかった。これからは俺がソフィーのことを養っていかなくてはいけない。
幸いにして蓄えがあったから、それほど困ることはないだろうと思っていた。
ソフィーが『疫病』を発症したのはそれから1年後だった。
ドウル麦の収穫をしていたときに突然倒れて血を吐いた。
ソフィーがベッドから起き上がれなくなるまでそれほど時間がかからなかった。
「倒れてから、もうすぐ一年だね……」
ソフィーは窓の外のドウル麦の畑を見ながらぽつりと呟いた。
「……今年もたくさん収穫できそうだ」
俺はソフィーの手を握りながら、なんとか元気づけようとそんなことを言った。
日に日にソフィーの体力は落ちてきていた。
この一週間で食事がほとんど取れなくなり、体重が減ってきていた。
『疫病』は発症してからだいたい1年で死ぬ。
ソフィーの死期が近いことはお互いにわかっていた。
「……ねえレイン」
「うん?」
「どうしてこうなっちゃったんだろうね……」
「……」
俺は何も言えなかった。
俺の両親やおじさんおばさんが健在だったころはただただ楽しかった。
そんな楽しい日々がずっと続くんだと思っていた。
わずか数年でこんなことになるなんて、あの頃の俺は全く考えていなかった。
リクリエト村はまだ平和な方だったが、王都に近い方は『疫病』による混乱でひどい有様だと行商人は話していた。
国中どころか世界中で大きな混乱が巻き起こされていた。
「全部魔王がわるいのかな……」
「……そうだな」
魔王の放った絶滅魔法によって『疫病』が広まったことですべてがおかしくなったのだ。
「ねえレイン。魔王を倒して世界を救って」
「……」
俺はソフィーの口からそんな言葉が出たことに驚いた。
ソフィーは誰にでも優しかった。
誰かの悪口を言っているところは一度も見たことがなかった。
いつでも俺に笑いかけてくれた。
俺はその笑顔を見ているだけで、ただただうれしくて、幸せだった。
そんなソフィーの口から魔王を倒すなんて言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
このまま死んでいくこと、その悔しさがそんな言葉を言わせたのだろう。
そう思うと俺は悲しかった。
「ああ。俺が魔王を倒してみんなを幸せにする」
それを聞いたソフィーは安心したような顔をして、再び眠りについた。
その会話の後、ソフィーは昏睡状態になった。
そして二度と目を覚まさなかった。
俺は一人でソフィーの遺体を焼いておじさんおばさんの墓の横に埋めた。
墓には摘んできた白いレクリムの花を供えた。
不思議だった。
どうして両親やおじさんおばんさん、ソフィーまで死んで、俺は生きている?
俺なんかが生きている意味はあるのか?
なにも考えられなかった。
――魔王を倒して世界を救って
ソフィーの最期の言葉が俺の頭から離れなかった。
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