マジック・リヴァイヴ・ホロウネス

海森 樹

第1話 始動(1)

 俺はまたあのときの夢を見ていた。



 ――お前も私と同じなのだな



 虫の息の魔王は口から血を吐きながらそう言って笑った。

 地面に倒れ伏して今にも死にそうな魔王を見ても、何の感情も湧いてこなかった。

 魔王の言葉の意味など考えずに、俺は黙ってトドメを刺した。


 もう2年も前のことだ。


 戦いは終わり、俺は魔王を倒すという宿願を果たした。

 それなのにこうして夢に見るということは、今の状況に納得が行っていないからなのだろう。



 魔王を倒した勇者、世界を救った勇者として人々から称賛されたかったのかもしれない。

 だが、そうはならなかった。


 べつにいいじゃないか。

 俺はたった一人との約束のために戦ったんだから。

 人々に受け入れられずとも彼女との約束は果たした。

 だから、これでいい。

 さっさと起きてしまおうと思って意識が覚醒に向かった瞬間、頭の中に鉄を引きちぎるような警告音が鳴り響いた。


 結界が破られた証だ。



 ありえない。なぜ?だれが?



 この山は三重結界で守られている。

 さらに空間位相までずらしてある”ここ”に直接たどり着けるはずはなかった。


 半覚醒状態だった脳は一瞬で覚醒した。

 心拍数が上がり、体が一気に戦闘態勢になる。

 敵を殺すために魔法の発動を、


「油断しすぎだな……わしがこの部屋に入ってからお前が目を覚ますまでの間に100回は殺せたわ。昔のお前だったらこんなことはなかったが……」


 魔法は発動できなかった。


 俺に覆いかぶさった女は杖の先端を俺の喉元に突きつけていて、いつでも俺を殺せる状態だった。


「……わざわざこんな悪ふざけをするために来たのか。ルクリウス」


 俺はそう言って侵入者を『空撃』の魔法で吹き飛ばした。


 もちろんそんな攻撃がルクリウスに当たるはずもない。

 空中で一回転してこちらの攻撃を回避し、一切体勢を崩さず着地してルクリウスは笑った。


「せっかく師匠が訪ねてきてやったというのに、のんきに寝ている阿呆がおったのでな……面白い起こし方ぐらいしてやらんといかんじゃろう。結界をぶち抜いたときの焦り方は実に可愛らしかったぞ」


 寝起きでイライラするのはいつものことだが、今日の寝起きは最悪だ。

 ルクリウス・セウン・ファイリウス。

 七聖の一人「監視者」の二つ名で呼ばれる大陸西部でも5本の指に入る魔法使い。

 そして俺の師匠。


 師匠に会うのはだいたい5年ぶりだ。

 高い身長に豊満な体、燃えるような赤髪と人の目を引く美貌は全然変化がない。


「……あんた全然変わんないな」


「女にとっては美もまた武器じゃからな。手入れを怠ることはない」


「……」


 初めてルクリウスに会ってから8年ほど経っている。

 それなのに見た目に全然変化がないのはおかしい。

 30歳前後のように見えるが、昔からずっと変わらない。

 突っ込もうかと思ったが、頭はまだぼんやりしているし、最悪な起こされ方をしたので気分も悪い。

 それにルクリウスと話すのはただただ面倒くさかった。

 それに今はやることがある。


 ベッドから出てタオルを探す。

 洗ってあるものは見当たらなかったから、仕方なく昨日使ったものを手に持った。


「どこ行くんじゃ?」


 ルクリウスの声を無視して、小屋の前の湖にずぶずぶと入っていく。

 柔らかな朝日で湖面が銀色に輝いている。

 遠くでかすかに鳥が鳴いていた。


 湖の中に潜って清らかな水で汗を流す。

 水の冷たさのおかげでイライラが少し収まったのを感じた。


「そろそろいいか……」


 水に腰まで浸かりながら意識を魔力に集中させる。

 他に侵入者がいないか確認して結界を張り直す作業をしなくてはならない。


 呼吸を整える。


 空気の流れがやさしく俺の腕を撫でる。

 湖の中の水の冷たさが俺の足に染みる。


 自分の身体の中から皮膚を超えた外の世界に魔力を広げていく。

 自分と世界の境界を魔力で塗りつぶしてぼかしていく。

 そうやって広がっていった俺の魔力は周辺を覆い尽くした。


 湖。小屋。森。そして山全体に自分の意識の範囲を広げて探索を行う。

 幸いなことに敵意を持った存在は見つからなかった。

 ルクリウスによって防壁は破られたが、偽装自体は解かれていないのでもう一度結界を張り直して一息ついた。


 水面に映る自分の姿をじっと見る。

 白金の髪に金色の瞳。

 全体的に色素は薄いのに目の下の隈だけは黒く主張している。


 俺は昔からこんな見た目だったわけじゃない。


 魔王と戦い始めるまではごく一般的な焦げ茶の髪と目だった。

 魔法を使いすぎた代償で色素が抜け落ちたのだった。

 そして、人間なのか魔族なのか分からないような見た目になってしまった。


 水気を拭い、小屋に戻るとルクリウス以外にもう一人いることに気がついた。

 フードで顔を隠してはいるが、背格好から考えると女のようだった。


「……さっきの魔力探知に引っかからないって……ルクリウス……あんたの『隠蔽』か?」


 さきほど防壁を張り直した際に魔力探知を行ったが引っかかったやつはいなかった。


「『隠蔽』は基本中の基本だと教えたじゃろう。見抜けないようじゃまだまだじゃな」


 ルクリウスの魔法が桁違いなだけとも言えるが、実際その通りなので何も言えなかった。

 とは言っても、『隠蔽』を使えるのは人間だけだ。

 魔族には『隠蔽』の魔法を使えるやつは全くいない。

 それでも気配を隠す能力を持つものもいるため、注意を怠るとあっさり殺されることになる。


「……それでそいつは誰なんだ?」


「フードを取って顔を見せてやれ」


 ルクリウスの言葉で、もう一人の女がフードを取ってこちらに顔を見せる。

 その顔を見た瞬間、俺は息を飲んだ。


「ソフィー……!」

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