雪を溶く熱

江戸川ばた散歩

不安定な月

 無口な男だ。

 それがタガイ秋人に対する俺の最初の印象だった。

 俺達は装甲兵仲間だった。

 最初に同じ隊に配属されてから、数回目の撤収時には既にお互い以外の同期は消えていた。

 その後、別の隊に揃って配属されてから、互いのプライベートなことをも話す様になった。

 奴は違秋人、と名乗った。変わった姓だと俺は茶化した。すると奴は。


「お前こそその口調でミハルと言うのは珍しいな。ミハイルの間違いじゃないか?」


 大真面目にそう返してきた。俺は好きに呼べ、と返しておいた。

 無理もない。

 規格通りの装甲義体。頭脳くらいしか自前が残っていない外見など、奴も俺も大した違いは無いのだから。


 ✳︎


 生き残るというのは身体の何処まで残されていればいいのだろう?

 俺は腰から下を無差別爆撃で義体に置き換えられた時、名前と過去を捨ててこの界隈で生きていくことにした。

 いや、それ以外の道はなかった。俺はドナーカードに献体の意思を示していたから。

 かつては誰かを生かす臓器の為のものだったが、今では装甲兵のベースにするのが普通だ。

 蘇生前の命と共に失ったそこには俺の子供が居た。種をくれた相手はその時に文字通り消滅していた。

 多少残っていた生身も、駆け出しの頃の戦闘で失われ、奴と出会った頃は既に上半身も大半失われ、代替物になっていた。


 奴は元々は汚染戦域で準看護兵をしていたという。当人は正兵になりたかったらしい。仕送りの額が大きくなるから、と。

 この時代には珍しい子沢山の家庭に生まれたのだと。

 弟妹は出来がいいからきちんとした教育を受けて官吏になれば安心だ、と。


「安心な職なんてあるのか?」


 訊ねるとぼそっとこう答えた。


「それでも試験は平等だ」

「そうか?」

「幼馴染と競うこともできた」

「お前の初恋なのかい?」


 やや茶化して言ったら押し黙ってしまった。正直な奴だった。


 ✳︎


 俺達の敵は我々とは全く異なった生命体だ。

 その攻撃は物体を破壊するだけではなく、地球の大気組成をも変化させていく。

 教官はこう言ってた。


「向こうからみたら移住の為のテラフォーミングをしてるだけのことだ」


 何度か敵の本体をみたことがある。岩石にしか俺には思えなかった。


 ✳︎


 新たな作戦が始まった。

 月面、裏側。

 地球からは直接見ることができない位置を限定戦場として、俺たちは奴らの戦闘艇に潜入、各個撃破に行く。

 作戦に使うシャトルはありふれたものだ。航路が違うだけで。

 それでも奴は発進基地の場所を告げられた時、珍しく動揺していた。


「幼馴染みが近くの観測所に勤務してる」

「覗いたのかよ」

「彼女についてだけだ」


 俺達の補助脳をサポートするメインシステムは奇妙に親切なところがあった。

 電脳のバックアップを取るのは普通だが、それを使う意思に関しては俺達の意思に任せたり。こんな風に誰かの所在を教えてくれたり。

 会いたいのか、と俺は訊ねた。否、と奴は答えた。


「会ったところでもう俺とは分からないだろうよ」

「それはそうだが」

「それに彼女には夫が居る。二人して官吏になっているんだ。まずいことくらいわかるだろ?ミハイル」


 俺はそれを聞いて思わず口笛に似たものを鳴らした。


「それはまた!なんて上等な部類!」

「だから基礎学校でも試験以外で彼女と競えることなんてできなかったさ。生まれが違う」

「は。育ちでも変わるさ。俺だって親が離婚しなかったら官吏の道を進めただろうさ」


 母方に引き取られた俺は、父方へ行った双子の妹のように裕福な生活はできなくなった。

 悔いはない。俺は父親を嫌っていた。母親が好きだった。

 安定した職につけた訳でもなかったが、そこで腹の子の父親と出会えた。楽しかった。

 爆撃さえなければ!

 俺は生き返された時、敵への復讐を誓った。


 ✳︎


 ところが作戦の直前、たまたま別行動を取っていた奴が爆撃を食らった。他にも数名、再生不可能になった。

 何て時に、と皆戦力低下を嘆いた。

 そんな中でシステムは俺を呼び出し、奴のバックアップを俺に入れることを提案してきた。奴の遺志ではあるが、選択権は俺にあるらしい。俺は是と答えた。長い戦友だ。消してしまうのは惜しい。

 装甲兵の中には時々そうやって自分の戦闘記録を友に役立てて欲しいと願う者が居る。奴らしいと思い、やや胸の中に軋む音がした様な気がした。


 ✳︎


 ところが。

 奴のバックアップを自分のそれと重ね合わせた時、俺は忘れていた怒りの様なものが熱く熱く自分の隅々まで広がっていくのを感じた。

 妹が。

 常にその行き先を追っていた幼馴染というのは。


「美冬」


 奴は最期まで俺の名をミハイルと呼んでいた。元々女ということも言う必要が無かったから言わなかった。

 だが俺の名はミハイルではなくミハル…美春なのだ。

 別れた双子の片割れ。何て偶然!

 しかもこの近くに!夫と二人、官吏の仕事の合間に雪の研究?


「そうだ」


 思わず口に出していた。


「俺はもう、奴でもあるから」


 システムの優しさに甘えてわざわざ前日外へ出て。

 彼女の夫に奴の名を告げ。

 それだけだとばかりに背を向けた。


 ✳︎


 翌日、飛び立とうとするシャトルの中、システムが美冬とその夫が近くに居ることを俺に囁いた。

 会いますか?とこの後に及んで優しいシステムは聞いてきた。

 無用、と答えると彼女は理解できない、とばかりに理由を欲しがった。


「むしろ発射熱で雪ごと押し流したいくらいだ」


 嫌いなのか、とシステムは重ねて問う。


「そう、はね」


 秋人は嫌がるかも知れないが。

 投影された二人がいつまでもシャトルを見つめているのを眺めながら、俺達は暗い愉悦を感じていた。

 俺達は二度とここには帰らないだろう。

 けどあんた達の中から消せもしないだろう。


 せめて、そのくらいのことは。













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雪を溶く熱 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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