エイトワンダーズエイジⅢ
「だから今はダメって言ってるでしょ! 七不思議調査であたし達SOS団は忙しいのよ。それに有希はSOS団にとって貴重な有力人材なの。今は他の仕事にかまけてる暇はないのよ」
ハルヒが部室の外まで聞こえそうな声で怒鳴り散らしている。それに対して黒髪ポニーテールの女生徒が言葉を返す。
「え、えっと、そしたら私もそのSOS団に入ります! それなら文芸部に入部してもいいですか?」
ハルヒは呆れ顔で、
「それもダメって言ってるでしょ。今SOS団は新入部員は募集してないのよ。それに入団テストもしなきゃいけなくなるし、そんな時間はないの。時期が悪かったわね。さぁ、帰りなさい」
そう言われた女生徒は俺が立っていたドアの方へ振り返った。すると俺と目があった女生徒は驚いた様子で、転んで尻餅をついてしまった。
「はわわわ… あなたは… キョ、キョ、キョンくん…!」
「あの、大丈夫ですか?」
俺が声をかけると女生徒はこちらを見つめたまま顔を真赤にした。
…というか、なんでこの人は俺のあだ名を知っているんだ? どこかで会ったことがあったっけ? それと驚くほどにバランスの取れたポニーテール、まるで玉乗りをしながらジャグリングをかましつつ後方転回をする中国雑技団のメンバー並みにバランス感覚が良いですね。うん。
そう考え始めた途端、俺は全身に強い衝撃を感じた。ハルヒによる飛び蹴りを食らった俺は、気づくと顔面を部室の床に埋めていた。
「あんたどこ見てんのよ変態! 転んだ女子のパンツ覗こうなんてアホか!」
決して俺はこの女生徒のパンツを覗いていないし、覗こうともしていないぞ。そんな思考が巡る前に俺はお前の飛び蹴りを食らっていたんだからな。
「おや、今日はプロレスの練習ですか?」
にこやかな顔を携えた古泉が部室に現れた。なんで俺たちがプロレスの練習をしなくちゃならないんだよ。
古泉は女生徒の方を向いて、
「これはこれは、お客様ですか。僕らSOS団にとって来客は珍しいですからね。朝比奈さん特製のお茶はもういただきましたか?」
「あ…、えっと、お茶はさっきいただきました…」
女生徒はか細い声を発した。
俺はその声に勝るとも劣らない小ささで言葉を振り絞った。
「何があったんだよ、誰か説明してくれ」
…その後、各々の席についた俺たちはお互いに軽い自己紹介をしてから各人から事情を聞いた。
話をまとめると、黒髪ポニーテールの女生徒は「
「でも今は大事な時期なの。北高の七不思議事件についてまだ何も手がかりが得られていないのよ。これからもっと調査していかなきゃいけない。それに二宮金次郎の他にも七不思議の目撃情報がたくさんあるわ。あたし達の仕事は山積みなの。そんな状態で有希が文芸部の活動まで出来るわけないじゃない」
そもそも過去の文芸部がどういう活動をしていたのか、長門一人となった今では知る由もないのだが、本を読んだり、俺たちが以前作ったような自作小説を書いたりとか(あれは随分と恥ずかしい思いをしたが)、そういうのだろ? 別に空いた時間にやればいいんじゃないのか? それに長門がいない時は活動してはないけないわけではないし、この齋藤さんとやらが一人で自作の異世界転生系ライトノベルを執筆していても何も問題ないだろう。
「それは一理あるけどとにかく今はダメなのよ。あたしがダメって言ったらダメ!」
大体ハルヒ、お前は文芸部員ではないだろう。入部を許可するかどうかは長門が決めるべきだ。
「長門、お前の意見はどうなんだ?」
数秒間しばらく沈黙した後、長門は俺の目を見てこう言った。
「問題ない。入部を許可しても良い」
そりゃそうさ。長門だって一人で文芸部の看板を背負ってきたんだ。新しい部員が入るとなれば良いことだろうさ。それにしても2年生から新しい部活に入るなんて珍しいな。…でも朝比奈さんもSOS団に入ったときは2年生で… ってそれはまた事情が違うわけで… などと頭の中で独り言をつぶやいていると、齋藤京美が質問をしてきた。
「あの… キョ、キョンくんは文芸部じゃないの…?」
「え… 俺は…」
俺はSOS団の団員であって文芸部の部員ではない。それは確かだ。しかし、このときの俺はなぜかその事実をすぐ口にすることができなかった。
いつかの冬に出会った普通の文芸部員だった長門、そしてその長門が渡してきた文芸部への入部届が急にフラッシュバックした。俺はこの部屋の住人ではあるが、文芸部員ではない。
「何言ってるの。キョンはSOS団の団員よ。文芸部には入ってないわよ」
返答に一瞬詰まった俺の代わりにハルヒがそう言うと、齋藤京美は怪訝な顔で、
「でも、長門さんが前に… えーと、そしたら文芸部と兼任で私もSOS団に入ります!」
「だからそれはダメだって言ってるでしょ!」
こうしたハルヒと齋藤京美の押し問答が続いた結果、「出直します!」と言葉を残して齋藤京美が去っていき、部室にはひとまずの静寂が訪れた。
俺はしばらくして全員に投げかけるように言った。
「あの子はなんであんなに文芸部に入りたがってたんだ? 長門の熱烈なファンなのか?」
さっきの押し問答ではわたわたと困惑していた朝比奈さんが答えてくれた。
「お話を聞いたんですけど、京美ちゃんは趣味で小説を書いているそうです。文芸部は廃部になったと思っていたみたいで、長門さんが文芸部だと知って入部希望してきたそうです。前に私達が作った会誌も読んでくれていたみたいですよ」
会誌というのは、以前生徒会長との揉め事で俺たちが作った同人誌みたいなあれのことか。
「でも、涼宮さんがお断りしたんですけど、なかなか引いてくれなくて。あと、キョンくんがどうとか…」
「え? 俺がなんですか?」
「だぁーっ! もうこの話はおしまい! さ、今日は別件の調査に行くわよ!」
ハルヒが急に話を遮ってきたが、珍しく朝比奈さんが続ける。
「私が部室に来る前から京美ちゃんがいましたよね? 涼宮さんと長門さんの3人でどういうお話をされていたんですか?」
なぜだか分からないが渋々ふてくされた顔でハルヒが、
「”憧れの人”がこの部室にいるって言ってたわ。誰だかは知らないけど。もうこの話いいわよね、終わり終わり!」
やっぱり齋藤京美は長門の熱烈なファンなんだな。まぁ仮にも長門を含めたSOS団の認知度は学校中に広まっていることは確かで、中には変わった趣向を持っている奴が一人二人いてもおかしくないか。
いや、それともSOS団専属メイドであるエンジェル朝比奈さんに憧れて… メイドがもう一人増えるなら俺は歓迎するさ。しかし、古泉に憧れてという話だったら… 辞めておいたほうが良い。こんな素性もよく分からないニタリ顔男に近づいたって大したものは出てきやしないぞ。出てくるのはどうでもいいうんちく豆知識だけだ。
「まぁ、とにかくあの子は文芸部員ってことでいいよな? 長門」
入部届もしっかり書かれているし、特段問題があるような人物にも思えなかったしな。何より長門と友達になってくれれば、それも良しだ。
「問題ない」
長門のこの言葉には、ハルヒもさすがに認めざるを得ないようで、
「有希がそう言うならもういいわ。そうしなさい。でもSOS団の活動ペースはこれからさらに加速していくわよ。文芸部の新入部員のお世話で忙しいなんて言い訳は聞かないからね」
俺はふとした疑問を長門に投げかけた。
「齋藤京美とは前から友達だったのか? クラスでどんな話しをしてたんだ?」
「1日に平均20回の頻度で質問をされる。内容は他愛も無いこと。私はその都度最適と思われる答えを返答していた」
他愛も無いことってのが気になるんだがな。それにしても、長門に対してそんなに話しかける生徒がいるとはな。
「けっこう積極的な子なんだな。去年からそんなに話してたのか?」
俺たちが1年生から2年生へ進級するとき、クラスの人員替えがなかったので今の2年生はどのクラスも前年と同じメンバーのままのはずだ。
「去年から話していた」
長門がそう言うと、ハルヒが、
「いつまで喋ってんのよ! さっさと準備しなさい!」
準備ってなんだよ、また女子バレー部の更衣室に行くのか?
「あっちはもういいわ。今日は“開かずの扉”の調査よ!」
涼宮ハルヒの贋作 長綿実 @m_nagawata
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