エイトワンダーズエイジⅡ

 ジャージ姿に着替えたハルヒ、長門、朝比奈さん、そしてなぜだかハルヒの命令により俺と古泉までもジャージ姿になり、まるで万年ベンチ入りしている冴えない野球部員のような面構えのSOS団5人は、二宮金次郎像が目撃されたという女子バレー部の更衣室へ向かった。


 道すがらに会った女子バレー部の部長から更衣室の入室許可と鍵をもらいつつ(よくこんなヘンテコ集団に入室許可をくれるものだと思ったが)、運動部はすでにどこも練習に励んでいる時間帯だったため無人となっていた更衣室へ到着するとハルヒが眉と口をひん曲げて声を上げた。

「キョンと古泉くんは外で待機よ! もしくは更衣室の周りを調査してなさい」

 なんでだよ。俺たちも中を見たっていいじゃないか。

「ホントに気が回らない奴ね。ここはバレー部の部室なの! 男子どもは不可侵領域なのよ! あんたまさか女子の服の一つでもくすねようって魂胆じゃないでしょうね?」

 しまった。七不思議のことに意識が向きすぎてここがどこかという認識が甘かった。たしかにハルヒの言う通りだ。いくら無人とはいえ、女子の更衣室に男子が入室できるわけがない。決して俺は女子バレー部員の服をくすねようなんてこれっぽっちも考えちゃいないからな。これは神に誓って本当だ。

「さぁ、有希とみくるちゃんは着いてきて。さっそく二宮金次郎の手がかりについて調査開始よ!」

 そう言って無表情の長門と、明らかに不安を抱えた表情の朝比奈さんを入室させたハルヒは、俺の顔をじっとりとした目で睨みつけながら部室のドアを強めに閉めた。

 古泉が笑顔を保ったまま口を開く。

「それでは、僕らは周辺の調査といきましょうか」

 そういえば目撃情報によると、そもそも二宮金次郎像は更衣室内には入っていなくて、外から窓を覗いていたって話しじゃなかったか?


 それから30分、いや小1時間ほどは経った頃だろうか。中からハルヒ、長門、朝比奈さんの3人が出てきた。この間、俺と古泉は周辺の調査と言いつつも、更衣室のある建物は小さなプレハブ小屋のようなもので校舎ほど大きいわけもなく、3分ほど周りを見て回ったが何の手がかりもないままだった。あとの時間はグラウンドの野球部のキャッチボールを眺めたり、サッカー部の威勢の良いシュート練習を見ていた。彼らが本当に健全な高校生たるものなのだなと一人で感心していた俺だったが、その時、古泉は無表情というか、どちらかというと何か物思いに耽っているような顔つきだった。こいつもその辺の高校生並みに思春期の悩みとかってあるのか? いやしかし、こいつが本当に高校生の年齢なのか未だに分からないままだったな。


「あんた達、何か見つけた?」

 そういうハルヒの言葉に少し食い気味で俺は返答した。

「そっちこそ何か見つかったのかよ」

「あたしが先に聞いてんでしょうが。…更衣室の中は荒らされた跡とか、怪しい物はなかったわ。読んでる本でも落としておいてくれれば、何かの手がかりになったかもしれないのに。そういえば二宮金次郎ってかばん背負ってたっけ?」

 あれは薪だろ。

「いえ、二宮金次郎像が背負っているものはかばんや薪ではなく、あまり大きくない雑木や枝をまとめた、しばと呼ばれるものだという説があるそうですよ」

 古泉がどうでも良い豆知識を会話に挟み込んできた。ハルヒは古泉の小話に興味を示す素振りもなくまた口を開く。

「それで、そっちはどうだったのよ」

 何も無いさ。まぁ何かあったらそれはそれで困るが、無いなら無いでそれも困る。どちらかというと何かあって欲しいような気もするがやっぱりそうなると面倒なので今日のところは無くてもいいだろう。

「はぁ? 何言ってんのよ。手がかりは何も見つからなかったってこと? 全く、相変わらず使えない団員ね」

 はいはい、反省してますよ。でもなハルヒ、そんなにすぐ事件が解決しちまうようなことになったらお前もつまらないだろ?

「あたしだって初日で事件解決までいくなんて思ってないわよ。でも手がかりの欠片すら見つけられないなんて、まだまだSOS団のリサーチ力は力不足ね。そう思うわよね? みくるちゃん?」

 ハルヒの腕にしがみついたままの朝比奈さんが弱々しく答える。

「あ… えーと、そそそそうですね… ははは…」

 更衣室に入る前よりかは少し安堵した表情に見えた朝比奈さんだったが、まだハルヒの腕にしがみついているということは恐怖感が拭いきれていない証拠だろう。そんなことよりハルヒ、この俺と立ち位置を変わってほしい。朝比奈さんを守るのは俺の役目でもある。

「なにブツブツ言ってんのよ。とにかく今日はまだ手がかり無しね。それじゃあたしは部室に戻って二宮金次郎像についてパソコンでリサーチを進めておくから、あんた達は引き続き周辺の現場検証をお願いね」

 そう言うとハルヒはしがみついていた朝比奈さんを振り払い、一人駆け足で部室へと向かっていった。周りには何も無いってさっき言っただろ。ただまぁ、周辺調査は手抜きもいいところだったからもう少し見て回るか。二宮金次郎は外から更衣室を覗いてたって話だし、何かあるとした外側のどこかだろうな。

 そうして歩き出そうとした瞬間に長門の声が聞こえてきた。


「異次元情報生命体の残留エネルギーデータを微量ながら観測した」


 俺はその言葉を聞いて1秒ほどの間を置いてから答えた。

「おい、それってつまり… どういうことだ」

「それはつまり、何らかの痕跡… 足跡のようなものがあったと、そういうことですね、長門さん?」

 古泉が俺の耳元の近くですかさず言葉を発した。それにしても俺と距離が近すぎるし、長門に喋りかけるならそっちに向かって喋ってくれよ。

「そう。更衣室の窓付近で観測した。ただ、残留エネルギーデータの持ち主である本体の情報や形状は不明」

「足跡の主が二宮金次郎であるかどうかまでは、まだ分からないと。なるほど、それでも人間や動物ではない何かがそこにいた、ということは確かですね」

 おい、それって二宮金次郎かもしれない何者かが更衣室の中にいたってことか? とんだスケベ野郎じゃないかよ。

「窓の内側からガラス越しに観測した。データが付着して残されていたのは外側。本体はおそらく更衣室内には侵入していない」

 長門の答えにホッとした俺は一旦、込み上げる怒りや嫉妬といった感情を鎮めることが出来た。


 …でもそれって更衣室周辺が変なことになってることじゃないのか? いつだか遭遇したカマドウマ空間とか、またあのヘンテコなゾーンに入り込んじまってるってことはないのか? そうだとしたら、こんな長時間更衣室にいて大丈夫だったのかよ。カマドウマ空間のときは、すぐに部屋を出たほうが良いって…。

「その心配はない。残留エネルギーデータがあっただけで、次元断層が存在しているわけではなく、位相変換も行われていない。また、残留エネルギーデータそのものには害はない」

 比較的いつもより分かりやすいと思われた長門の説明に古泉が補足するように続く。

「なるほど、この更衣室内を含む周辺の空間自体には問題は発生していないのですね。そして、足跡が何かの悪影響を及ぼすということも考えにくいでしょう」

「でも、何かがいたってことは確かなんだろ。いずれにしても早めに解決したほうが良さそうだな」

「長門さん、その足跡を辿ることは出来ますか? ミステリーやサスペンスでは犯人の足跡を辿って、事件当時の動向を探るシーンがありますよね。そういうやつです」

 長門にその類の例えを出しても通じないと思うぞ。長門はテレビなんて見てるのか? でも本はたくさん読んでるみたいだし、あながち…

「それはもうした。残留エネルギーデータは窓のガラス付近に残っていただけで、それ以外は観測できなかった」

 どうやら手がかりはここまでってことみたいだ。これから校内を隅々まで探索する時間なんてないしな。


 その後は適当に周辺を見て回ってから部室に戻り、不満そうな顔のハルヒの号令によってこの日は解散となった。


 以前俺たちが作った七不思議資料によれば、二宮金次郎像は像を構成する成分が変化するだけで、歩き回ったり誰かを脅かしたり、ましてや女子バレー部の更衣室を覗き込むなんて設定は与えてなかったはずだ。誰の入れ知恵でそんなことになってるのか…。まだ二宮金次郎像の存在が確かめられたわけではないが、目撃情報や長門の言う足跡みたいなものがある以上、まだ油断はできないだろうな。

 自宅のベッドの上でそんなことを考えながらその日は眠りについた。


 翌日の放課後、俺はいつも通りに部室のドアの前に立っていた。

 部室のドアをノックしたが、いつもの朝比奈さんによる柔らかくも温かい癒やし系メイドの「ふぁ〜い」という返事がかえってこない。これはまさか、中で絶賛メイド服に着替え中の朝比奈さんが返事もできない状況で、つまり制服を脱ぎかけているまさにその瞬間なのでは? そう思った俺は焦る気持ちを抑えながらも、ここは素知らぬ顔でドアを開けてしまったほうが良いのか、決して返事が来るまでは開けるべきではないのか、自分の中の天使と悪魔による戦いを眺めながら、もう一度ノックした。もしかしたらまだ朝比奈さんは到着していないだけの可能性もあるしな。これで返事がなかったら俺はこのドアを開ける。そう覚悟を決めた次の瞬間、中から返事が聞こえた。

「うっさいわね! さっさとドア開けて入りなさいよ!」

 声の主はハルヒだった。いい加減に俺が朝比奈さんの着替えへの気遣いのために部室のドアをノックする習慣をつけていることを理解してほしい。


 部室へ入るとそこには4人がいた。えらく機嫌の悪そうな顔をしたハルヒと、困惑した表情の朝比奈さん、いつもと同じ仏頂面の長門、そして…


 あれ、古泉じゃない、誰だ?


「…なので、その、お願いします! 私、文芸部に入りたいんです!」


 黒く長く伸びた髪の毛を一つに束ねた、いわゆるポニーテールヘアの女生徒がそこにいた。

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