エイトワンダーズエイジ Ⅰ
今から数週間前、2年5組の、つまり俺とハルヒのクラスメイトである交換留学生が部室に訪れたことがきっかけで始まった北高七不思議案策定会議。
学校の七不思議といえば、夜中に歩き出す人体模型とか二宮金次郎像とか、そういう類の学園ミステリーの定番ネタだ。まさにハルヒが目をつけそうなテーマである。しかし、我が北高に伝わる七不思議なんてものは一つもないわけで、「無いなら作ればいいのよ」というハルヒの思いつきから始まったものだった。
ただ、ハルヒがまたやっかいな能力で七不思議という名の怪奇現象を実現させたりしたら、俺たちだけではなく学校中が大騒ぎになることは間違いないだろう。だからそれを見越したうえで、SOS団(ハルヒ除く)は、先回りして事前にそれら七不思議が万が一にも実現したところで現実世界にはほとんど影響がないように収まる間抜けな内容を作り出して資料にまとめた。
例えば、資料に書いていた「二宮金次郎像」について言えば、像を構成する材料の成分比率が変わるだけとか、何が怖いのか全く分からない七不思議になっていた。
そして俺たちは案の定、七不思議に目をつけて話題を振ってきたハルヒに資料を読ませ、所々に文句をつけられつつも内容についてはお墨付きをいただいた。
しかし、結局すぐにハルヒが七不思議の話題に飽きてしまい、作った資料は部室の備品入れ、もといガラクタ箱となっている段ボールの中に放り込んで以来、何の事件も起こらず無事に今日まで過ごしてきていたのだ。
「北高の七不思議ですか。それなら以前僕らが提出した資料にまとめてありますし、それぞれの詳細も記入してありますよ」
古泉が自信に満ちた声で発言した。
「ハルヒ、お前もあれを読んだだろ。結局、七不思議のネタなんかに飽きてお前が自分でダンボールに放り込んだんじゃないか」
悪い予感がした俺はとっさに援護射撃する。こういうときばっかりは気持ち悪いくらいに古泉と息が合う。
「あーそういえばそうだったわね。でもあれはもうどうでもいいわ。あんな空想の作り話のことよりリアルよリアル。事件は現場で起きてるのよ!」
なんだか昔のドラマのセリフを聞いたような気がしたが、俺は黙っていた。
「あんたたち、二宮金次郎像のウワサを知らないの?」
だからそれは俺たちが作った資料に書いてあった七不思議の一つだろ。今自分で作り話って言ったばかりじゃないか。
「違うのよ! 今朝、女子バレー部が朝練してたら見つかったんだってのよ! 二宮金次郎像が! 昼休みにクラスの女子連中から話を聞いたわ!」
俺は脳内に一寸の電流が走ったことを瞬時に察知した。ハルヒがクラスの女子連中とウワサ話をするなんてな。阪中とは以前からの交流が続いていたみたいだったが、他の連中とも仲良くするようになったのかね。そうであればようやく健全な女子高生として、青春の一ページを刻んでいけるわけだな。良かったなハルヒよ。
…いや、違う。そのことじゃない。
えーと、二宮金次郎像が? 見つかった? 見つかったも何も、北高には二宮金次郎像なんて最初から無いんだよ。何度も言うようにあれは作り話だ。何を言ってるんだか分からないな。ちゃんと整理してから発言するようにしてくれ。
「だーかーらー! 無いはずの二宮金次郎像がいきなり現れたのよ。しかも女子バレー部が使ってる更衣室の窓を覗くように立ってたらしいわ。二宮金次郎ってとんだスケベ野郎ね」
俺は本能的に古泉へ目を向けたがいつものポーカーフェイスを消し去り、驚きの表情を見せていた。そして、部室に設置してあるコンロの方向からは、かよわい声が漏れ聞こえた。
「ふぇぇええっ! それ、ほほほ本当ですか? のぞきは怖いですぅ…」
朝比奈さんは配膳用のお盆を両腕で抱きかかえたまま、戦慄した顔で肩を震わせていた。
俺は状況の理解を深めるよりも先に、長門へ目をやった。無言でこちらに視線をよこしたが、そこからは微動だにしない様子を見て「ここはまずハルヒの話を聞け」というようなメッセージを俺は感じ取り、短く息を吐いてからハルヒへ目を戻した。長門でさえ、事態の詳細を把握できていないということなのだろうか。
「しかも、目撃した生徒が先生を呼びに行ってから戻ったときには、もう像が消え去っていたそうよ。ただの見間違いだったんじゃないかなって言われてたけど… あたしはこのことを二宮金次郎からの挑戦として受け取ったわ。必ずとっ捕まえて真相を解明するのよ!」
「とんでもないことになりましたね…」
古泉がそう漏らすやいなや、ハルヒは続けざまにまくし立てた。
「それだけじゃないのよ! 夜中になると動き出す人体模型とか、開かずの扉とか、学校の七不思議の目撃談がここ一週間くらいで急増しているそうよ!」
そうだったのかぁ。全然知らなかったなぁ… って、一週間も前からかよ。
そのくらいなら谷口がウワサを聞きつけて俺に吹き込んできそうな話題だと思うが。あいつはこの手の話は苦手なんだっけか?
とにかくだ。危惧していたことが起こってしまった。二宮金次郎像、人体模型、開かずの扉… ということは、俺たちが以前でっち上げた学校の七不思議資料と同じ内容のようだ。これがなんたることか、実際に発現してしまったらしい。おそらくハルヒの超絶変態能力によるものだろう。
しかし、俺は冷や汗をかくこともなく退屈な授業の黒板を眺めるような気分で静かにパイプ椅子に座ったままだった。なぜなら、俺たちは事前に布石を打っていたんだ。SOS団(ハルヒ除く)が作った七不思議は現実に害がないものにしたし、曲がりなりにも団長様に提出する資料として過去の文献を参考にしつつ抜け目なく仕上げたつもりだ。それに資料を見れば、どういう事象が発生するかも分かるし、夜中にトイレへ行けなくなるほど怖いことなんて一つも記載していない。俺がこれまでに経験してきた数々の難事件に比べれば、古泉と朝比奈さんが浮かべる不安な表情は全くの杞憂であることは間違いない。
「そういうわけだから、早速調査へ出発よ! まずは女子バレー部が使ってた更衣室ね。それから有希、みくるちゃん、二人ともジャージに着替えなさい。二宮金次郎はスケベ野郎ってことになってるから、私たちのこの麗しい身体を舐め回されでもしたらたまったもんじゃないわ。万全を期すのよ」
「……わかった」
「えぇっ! 本当に行くんですかぁ… なんだか怖いですぅ…」
二宮金次郎がスケベ野郎という点については俺自身も義憤を覚えることこの上ないのだが、しかし資料でそんな設定になっていたのかどうかはっきり思い出せない。やはりあの資料を引っ張り出す必要がある気がしていたが、女子陣が着替えることになったので、俺と古泉は資料を取り出す暇もなく部室前へ追い出された。
そして、俺はこの着替え待ちの時間を利用して古泉を問い正すことにした。
「さっきの表情はなんだ。お前も実際のところ、大して驚いてなんかいないんだろ」
古泉は何度見ても癪に障るニコニコスマイル顔で答える。
「おや、珍しくあなたと僕は同じ心持ちのようですね。もちろんあれは演技ですよ。そうでもしないと盛り上がらないでしょう? 涼宮さんが退屈しないで済むなら、僕としても大歓迎です。それに、あなたも理解しているように今回はあらかじめ起こることが決まっていますから、何も心配はいりませんよ。もっと言えば、ただの見間違いだった可能性もまだ残っています」
「この件について、お前は何か知ってるのか」
「いいえ。僕自身、そして“機関”にも七不思議の実態についての情報はまだ届いていませんし、詳しい調査も行っていません。最近、学校内でまことしやかに囁かれているウワサ話については把握していましたが、特に不安視する必要はないとの判断です。先ほども申し上げたように、単なる見間違いだった可能性もありますし、万が一涼宮さんの能力によって七不思議が発現していたんだとしても、その内容は僕らが作ったこの資料に通りになるでしょうからね」
そう言うと古泉は例のSOS団製の七不思議資料を手渡してきた。お前、ガラクタ箱の中からいつの間に取り出したんだ?
「これはコピーしたものですよ。先日の会議が終わってから、コピーを取って常に持ち歩いていたんです。近いうちに今日みたいな日が来るであろうと予想していましたからね」
それは未来人が言うところの規定事項ってやつか。でもお前は未来人じゃなくて超能力者だろうが。予知夢を見る能力にでも目覚めたのか?
「そうだと良いんですけどね。僕もそんなSF映画の登場人物に憧れを抱く気持ちは十分にわかりますよ。ただ、これは僕の勘ってやつです」
「それにしても今回はえらく余裕だな」
「ええ。この七不思議の資料は涼宮さんに採用されたものですからね。もしも何かが起こるとしたら、ここに書いてある通りのものになるはずです」
こうして、幾許かの安堵感と、ある種の諦めに似た感情を混ぜ合わせながら、SOS団全員による北高の七不思議調査が開始された。
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