第15話 裏組織(下)
「まさか二人もやられるとはな」
炎の弾丸を撃った男がユピの方を見ながら呟く。その言葉には殺意や敵意といった感情よりも単にユピの実力を称賛するようなニュアンスが含まれているように感じる。
だが男からその言葉が出たということは、いよいよ男たちも本気を出そうということに違いなかった。男たちの表情が襲撃者から戦士のように変化する。
彼らがどこかしらの組織の人間だということは把握できるが、その詳しい所属先まではわからない。だが所属先がわからなくとも彼らから発せられるオーラは並みの魔術師ではないということを裏付けていた。
「おい、自分の身は自分で守れよ」
「わかっている」
ユピは背後にいたレギナに防御を固めるように指示する。護衛であるユピからの指示にレギナは気を悪くした様子は見せない。レギナも男たちの豹変ぶりを見てユピが本気を出そうとしていることを察知して黙って従うことにした。
「防御魔法なら私が用意します!」
レギナの態度を見たミューズが慌てて自分たちを守る防御魔術の術式を構築して行使する。土の壁がレギナたちを守るように現れるのを確認したユピは背中から黒剣アダマス・ヴァリスパティを抜くと男たちに向かって構えた。
「ケラウノス」
雷属性の魔術を起動させる単語を一言発した直後、レギナたちの視界からユピが消える。実際には消えたのではなく、予備動作を感じさせずに地面を蹴って視認できないスピードで炎の弾丸を放った男に接近したのだ。
一切の無駄な動きを省いたユピは一瞬にして距離を詰めると男の前に現れ、そのまま黒剣アダマス・ヴァリスパティを振り上げる。しかし男の方も抵抗せずに傍観することなどはなく、すぐに魔術を行使した。
「スカーゾ」
男は一瞬にして術式を構築すると起動させる。男とユピの間を断絶するように地面から勢いよく噴き出る巨大な炎の柱。それは単純な炎の魔術であるがユピの動きをけん制するには十分であった。
ユピが後方に数歩下がったタイミングでもう一人の男が拳に炎を纏わせながらユピに接近する。ユピはその男に向かって黒剣アダマス・ヴァリスパティを振り下ろすと、生み出した斬撃が男の拳と轟音を立てながらぶつかり合う。
「スカーゾ、スフェラ」
横から迫る相手に気をとられたユピを狙うようにして再び魔術を行使した男は今なお地面から噴き出る防御用に発生させた炎の柱から無数の弾丸をユピに向かって一斉射撃する。先ほどよりも距離は近いため炎の弾丸がユピに襲い掛かるのに時間はかからない。
ユピは視線だけを弾丸の方に向けると既に準備していた術式を起動させる。
「ケラウノス」
その言葉を合図にユピの左手に展開された黄色い魔法陣から電撃が無秩序に撃ちだされる。その数は数えるのが億劫になるほどのものであり、炎の弾丸を容易く撃ち落とす。
そればかりか撃ちだされた電撃は姿を変え、まるで蛇のように炎の柱に向かって突っ込んでいく。狙いはもちろん炎の柱の向こうにいる男だ。地面から噴き出る炎の柱は人間にとっては脅威であるが、電撃にとってみれば恐れることはない。
炎の柱を突き破って電撃が術者に襲い掛かる。
「させねえよ。ティエラ」
しかし近くにいた最後の男が咄嗟に土属性の魔術を行使することで仲間をユピの攻撃から仲間を守る。炎の柱を容易く貫通できる電撃も土の壁に阻まれてしまえば無力である。
さらに斬撃で吹き飛ばした男が再び拳に炎を纏わせながらユピに近づいていた。男たちの連携は一日二日で習得できるような上辺だけの連携ではなく、明らかに多くの修羅場を潜り抜けてきたと思えるほどの連携である。
それゆえにユピの仕掛ける攻撃も先ほどから男たちの連携の前に封じ込まれている。隙を突こうにも他の魔術師たちが補うようにして互いを守り合い、その中で相手に生じた隙を狙う男たちの動きは洗練されており、対魔術師戦においては非常に厄介な存在といえるだろう。
特に土属性を使う魔術師が火属性を使う他の魔術師たちの脅威を高めている。四元素論において火属性の魔術に対して有効な属性は水属性であるが、土属性はその水属性に対して有効な属性である。つまり属性を重視する魔術師にとって男たちの戦い方は厄介極まりないものであった。
しかし、それはあくまで現代の魔術師にとってのことである。彼らが相手にしているのは急世代の魔術である雷属性を使う魔術師だ。ユピは黒剣アダマス・ヴァリスパティを地面に突き立てると静かにつぶやく。
「雷霆よ、すべてを焼き尽くせ」
たった二言発しただけであったが、ユピが地面に突き刺した黒剣アダマス・ヴァリスパティから目まぐるしくほどの光量が放射されると、次の瞬間にはユピに接近してきた男が後方に吹き飛ばされる。そればかりか近くにいた他の男たちも雷を被弾しており、特に土属性を使う魔術師の右腕はユピの雷によって真っ黒に焦げていた。
これまでとは比べ物にならないほど強力な雷撃が魔術師たちに襲い掛かったことで反応が遅れた魔術師たちはダメージを負っている。直前に回避を選択した炎を使う魔術師が辛うじて軽傷で済んでいるが、ユピに接近していた魔術師は全身に雷を受けてしまったために身体中が痺れている様子だ。
「なぜ防げなかった……」
黒く焼けた右腕を抑えながら苦悶の声を上げる土属性を使う魔術師は憎たらしそうにユピのことを睨みつける。彼らに対してユピは地面に突き刺した黒剣アダマス・ヴァリアスパティを再び手に取ると男たちに向かって構える。
奇策とも捉えられる一撃で形勢逆転に成功したユピであるが戦いはまだ終わっていない。依然として敵は残っており、特にリーダー格である炎使いが軽傷だ。他の魔術師がダメージを受けていることから先ほどまでの連携を再現せることはできないだろうが、それでも油断できる相手ではない。
炎の魔術師は再び術式を構築すると発動させる。
「スカーゾ」
その魔術は地面から炎のを勢いよく噴出させることで炎柱を再現する魔術だ。しかし今回の魔術はユピに向かって行使されたものではなく、男の近くの四ケ所に行使された。より正確に表現するならば男の仲間たちがいた地点の地面だ。
次の瞬間、一斉に地面から噴き出した炎柱の中から悲鳴にも似た声が聞こえるが、術者である男は気にする様子もなく炎の威力を上げていく。
メラメラと燃える炎の中で人の影が藻搔き苦しむ様子が見て取れており、ユピの背後にいたレギナたちは言葉を失う。特に初めて人が燃える光景を目にしたミューズは上擦った声をあげながら口元を抑える。十代半ばの少女にはあまりにも刺激が強過ぎる光景であった。
だがユピとレギナは特に取り乱した様子も見せずに男の方を睨む。
「証拠の隠滅か」
「その通り。どうやら我々は手を出す相手を間違えたようだ」
「敗北を悟り、すべてを闇に葬り去ると?」
「それが我々の生き方だ」
炎の魔術師はユピの実力を見て自らの敗北を悟り、生きたまま拘束されて情報を抜き取られる前に手を打ったという訳だ。それが正しい選択なのかユピたちにはわからなかったが、男たちにとってみればそれが正解なのだろう。
男は最期にユピに告げる。
「これから貴様が歩む道は多難だ。覚悟を決めておくのだな。プラーミア」
その言葉を最後に男は炎の中へと身を投じる。こうして白昼堂々と行われた襲撃は五体の黒焦げになった遺体を残して幕を閉じるのであった。
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