第14話 裏組織(上)
「どこの人間か、など馬鹿正直に教えてくれるほど愚者ではないか」
自分たちを取り囲むように立ちふさがる五人の男たちを見据えるレギナの表情は険しい。少しでも隙を見せれば相手が襲ってくるとわかっているからこそ、レギナは男たちの挙動に目を配る。
何が起きているのか理解できていないミューズは周囲をキョロキョロと見渡しているが、争いごとになれていない彼女が焦るのも仕方のないことである。
「大人しく着いてくれば手は上げない」
「君はそう言われて大人しくついていく愚か者がいるとでも思うのかね」
「では仕方がない」
その言葉を合図に戦闘態勢に入る五人の男たち。統一された黒い服装を身に纏う男たちはどこかの組織の人間だということは容易に想像ができる。そして彼らの手口から、彼らが表の世界の人間ではないことくらい察するのは難しくない。
「レギナさん……」
不安そうな表情でレギナの手をぎゅっと握りしめるミューズ。常に表の世界で生きてきた彼女にとってみれば裏の世界の争い事は初めてのことであり、足がすくんでしまっている。
そんなミューズを安心させるかのようにレギナが伝える。
「大丈夫。このために私は護衛を雇っているんだからね」
「え?」
「さぁ、ようやく君の出番だとも」
「随分と唐突な出番だな」
「だが君にとっては最高の憂さ晴らしになるだろう」
それまでレギナたちの後を付いていくように歩いていたユピが初めて雇い主の前に立つ。そして周りで戦意をむき出しにする男たちを視線で牽制すると中心にいた男に告げる。
「ということだ。こいつに用があるなら俺を通してからにしてくれ」
「悪いことは言わない。道を開けてくれると助かる」
「そう言われて、俺はこいつの護衛なんでな」
「君みたいな若い芽を摘んでしまうのは心苦しいんだ」
男は自分たちの勝利を確信しているからこそユピに対して警告をする。魔術師の戦いにおいて頭数は重要な要因であり、この場合は五人いる男たちの方が優勢であった。
それに男たちは口にしていないがユピはアカデミアの落ちこぼれである候補生だ。客観的に見て候補生一人が裏の世界の魔術師五人を相手取るのは厳しい。
「どうやら話し合いによる解決は難しいようだ」
「みたいなだな。てことど、俺は今からこいつらの相手をする」
「では君に任せようとしよう」
「手伝う気はないんだな」
「当たり前だ。まあ自分たちに身くらいは守るから君は戦いに集中してくれて構わない。ただ、くれぐれも殺すなよ」
「はいよ」
レギナはミューズの手を取るとユピたちから距離をとる。これに対して男たちはレギナに視線を移すが、まずはユピを無力化することにしたようである。
最初に動いたのは男たちの方であった。
男の一人が小型のナイフを手にユピに向かって接近する。魔術師であるはずの男であるが武器以外に攻撃を仕掛けてこないのはユピのことを見下しているからだろう。
おそらく男たちは小型ナイフを見せつければユピがたじろいで身を引くと考えていた。
けれども男たちの目論見はすぐに外れる。
ユピは流れる動作で接近してきた男の手首を掴むと、そのまま手首を軽く捻る。これによって男は手の力が抜けてしまいナイフを地面に落としてしまった。
「てめぇ」
ナイフを落とした男は右足でユピのわき腹を狙うが、その前にユピの左肘が男の脛を直撃して足を落とす。脛を攻撃された男は苦悶の表情を浮かべたが、次の瞬間にはユピの掌底が男の腹部にめり込み、男はその場で蹲ってしまう。
その光景を見た四人の男たちの表情が変わる。先ほどまで学生相手だと見下していた男たちは、すぐにユピを実力者として認めた。過小評価されたままの方がユピにとっては都合がよかったが、男たちも裏の世界で働くプロである。
ユピが学生であろうが、候補生であろうが、その実力が警戒すべきであると判断すれば真剣になる。
男たちの中で二人がユピに向かって走り出す。ただし二人とも真っ直ぐユピに迫るのではなく、ユピのことを攪乱しようと視界の左右から、それもわずかに時間差を生じさせながらの接近だ。
「リピ!」
ユピの右側から迫る男は接近するまでに術式を構築すると魔法陣を展開させて自身の右腕に風を纏わせる。その風は触れるものを鎌鼬のように斬り刻む初歩的な魔術だが、肉弾戦においては有効な一手になりうる。
正面から受け止めるのは得策ではないと判断した男の攻撃を左にステップすることで回避し、同時に男の右ひじを軽くついた。少し突いただけだが、面白いように男の右腕は男の顔付近へ流れていき、このままでは男の顔に鎌鼬が襲い掛かってしまう。
しかし男も裏の世界のプロだ。すぐに右腕に纏っていた風を解除し、ユピの攻撃を無傷で防ぐ。それと同時に男はもう一度術式を構築し、今度は右の拳に風を纏わせる。殺傷能力こそないが、その魔術は衝突の衝撃で暴風を巻き起こす魔術であり、主にサポートに使われる。
では一体何をサポートするのか、その答えはユピの後方から迫っていた。
「フローガ!」
ユピの後方にいたのは風の男と同時タイミングで反対方向から接近していた男だ。その男は両手に炎を纏わせており、今にもユピのことを背後から殴ろうとしていた。
このまま立っていればユピは前方から暴風に殴られ、後方からは炎の拳で殴られる。しかし下手に回避すれば男たちの拳がぶつかり合って暴風の炎による爆炎が周囲一帯を襲うだろう。
もちろん男たちは爆炎が発生することをわかっている。むしろ男たちの狙いは爆炎であり、ユピが避けた後の隙を狙った攻撃であった。一見すると単調な攻撃であるが、その裏では緻密に計算された男たちの手際の良さにユピは感服する。
逆に男たちはユピが本能的に避けて勝負が決まると確信していたからこそ次の反応が遅れてしまう。
ユピは二方向から迫る拳を回避するためにその場にしゃがみこむ。これで拳による攻撃は回避することができたが、このままでは男たちの思うつぼである。そこでユピはしゃがむと同時に右手を軸にしてその場で回転し、風を使う男の足を狩る。
「なっ!?」
突然の出来事に風の男はバランスを崩してユピに向かって倒れこもうとしてしまう。ユピはその瞬間を待っていたかのように回転を止めると、右手で男の右こぶしを殴る。
それは唐突に起きた。
次の瞬間、ユピを中心に暴風が吹き荒れ、ユピに迫っていた二人の男を後方へと吹き飛ばす。風の男が使っていた魔術は殺傷能力が皆無なサポート魔術であり、衝撃によって周囲に爆風を吹き荒らす魔術だ。ならばユピの拳が男の拳を殴った衝撃でも簡単に発動する。
そして予想外の出来事に対応しきれなかった男たちは突然の爆風によって後方に飛ばされたのだ。
けれどもユピの攻撃はこれだけでは終わらなかった。後方に飛ばされた男たちのうち、ユピは炎を使っていた男に向かって接近を試みる。体勢の悪い男たちのうち、爆発的な威力を持つ男の方をさっさと無力化するためだ。
しかしユピの行く手を阻むように土の壁が生まれた。これは接近してこなかった残りの魔術師たちによる援護だ。同時にもう一方の男から炎の弾丸がユピに向かって襲い掛かる。
ユピは後方に跳躍して炎の弾丸を回避するが、その着地地点には先ほどの爆風で吹き飛ばされた風の男が右腕に風を纏わせて立っていた。その右腕は殴る者に鎌鼬で追い打ちをかける肉弾戦において有効な一打。
ユピは空中で態勢を整えることはできても着地地点を変えることはできない。男たちはその隙を狙っていたに違いない。
風の男がニヤリと笑みを浮かべながら右腕を構える。その表情は勝利を確信した笑みであった。だからこそ男は素っ頓狂な声を上げてしまった。
なんと男の右腕に纏っていたはずの風が一瞬にして消えてしまったのだ。なぜ消えたのか理解できなかった男は信じられないという表情で右腕を見つめ、空中にいたユピから目を外してしまった。すぐに自分の過失に気づいた男はユピに視線を戻すが、その時にはすでに遅かった。
ユピの踵が男の額に触れると同時に男は地面に強く打ち付けられて意識を刈り取られる。
地面に着地したユピはすぐに相手の所在を確認した。先ほど土の壁と炎の弾丸を行使した魔術師は最初と変わらぬ位置に立っており、炎の拳を使った男はユピたちのちょうど中間に立っている。
二人を無力かユピであるが、相手は依然として三人。数的不利はまだ続いているが、男たちは数の差を有利とは考えていない。むしろユピの戦い方を見てより一層の警戒を抱いていると表現する方が正しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます