第13話 統括理事会

「どうやら早速問題を起こしたらしいですね」


 若いの男性の言葉が聞こえたのはアカデミアの施設内にある一室であった。昼だというのに周囲を暗幕で囲む部屋には日光が差し込むことはなく、大きなテーブルの中心にライトが置かれているだけであった。


 そしてそのテーブルを囲むように席に着くのは三人はこのアカデミアを牛耳る統括理事会であった。三大国と呼ばれるヤポニア皇国、プロシア帝国、イノメノス共和国の代表たちから成る統括理事会ではアカデミアのすべてが決定される。


 最初に口を開いたのはプロシアの代表であった。そしてプロシアの代表に続くようにイノメノスの代表が口を開く。


「おたくの国の魔術師はどうも血気盛んのようですわね」

「はて、話を聞く限りでは先に仕掛けてきたのは貴国の学生のようですが私の記憶違いでしょうかな」


 イノメノス代表の女性が咎める言葉を放つと、すかさずヤポニアの代表がイノメノス代表の女性をけん制する。事実を突きつけられたイノメノス代表は何とか舌打ちを抑えてヤポニアの代表に抗議する。


「共和国の人間はそれほど下賤ではありませんわ。大方、おたくの学生が挑発でもしたのでしょう。それにそもそも国籍だって怪しい馬の骨に無理やり国籍を与えたというじゃないかしら」

「我が皇国は望む者がいれば国籍を与えますとも。なにせヤポニアの統治者様はお心が広い」

「ですが本当に当人は望んだのかしら。それに連れてきたのは例の少女なんでしょう?」

「腫れ物に触るような扱いはやめていただきたい。そもそも彼女のあのようにしたのは貴国では」


 具体的な単語は避けているものの、互いに痛いところを突くヤポニアとイノメノスの代表に対して痺れを切らしたプロシアの代表が仲裁に入る。


「今日の議題は例の候補生についてです。他の議題については後日にするべきだと考えます」

「でしょうね。そちらの国も無関係という訳ではないですし」

「文句があるなら聞きますとも。ただし多くの血が流れても構わないというならばの話ですが」

「そうですわね。これ以上の不要な争いは避けて通るべきですわね」


 プロシアの代表が咎めるようにイノメノス代表を睨みつけたが、彼女は気づかないといった振りをする。


「まあいいです。それで問題は例の候補生です」

「入試でエレメントマスターを破っただけでなく、初日にいきなり剣豪の嫡男を圧倒したとか聞いたわね」

「そして扱う属性は雷属性。これについてどう説明するのですか」


 二人の代表の視線が向いたのはヤポニアの代表だ。彼らは雷属性の使い手であるユピについて説明を求めるが、ユピに関してはヤポニアの代表も知らないことが多い。


「悪いが私も彼については全く知らない。彗星のごとく現れた雷使いという認識しか持っていないのだ」

「雷属性がどういうものか知らないあなたではないはずです」

「それはそうだが……」

「どうせ調査させて何か掴んでいるんでしょ。早く吐きなさいよ」


 二人から責められるように睨まれるヤポニアの代表の口は重かった。彼はユピについてを隠しているのではなく本当に把握できていないのだ。そもそもユピはレギナがプロシアで拾った護衛であり、元々ヤポニアの人間ではない。


 それに国籍も後から与えたものでユピ自身はヤポニアの地を踏んだことはない。そのためヤポニアの代表がユピについて知らないのも無理はない話だった。


「現在も調査中だ。ただ一つだけ判明していることがあるとすれば、奴はヤポニア人になる前に名乗っていた名前だけだ」

「何なのよ、その名前」

「ユピテル」

「ユピテルですって!?」

「それは本当なのですか?」


 驚愕の顔を浮かべるプロシアとイノメノスの代表たちであったが、ヤポニアの代表もまたその名前に戸惑いを見せていた。


「ユピテルと名乗る雷使いですか」

「悪い冗談はやめてよ。そもそも雷は百年前に人類が捨て去った旧世代の魔術。そんな魔術で現代魔術を凌駕されたら私たちの面目は丸つぶれよ」

「そんなことは私どもだって承知している。だが実際にユピテルと名乗る雷使いがいるのだから仕方ないだろう」


 代表たちは困惑の表情を浮かべた。


「そもそも雷といった五行説は大陸の魔術体系。現代魔術の四元素論よりも単純な魔術がどうして複雑で緻密な現代魔術を凌駕できるわけ」

「そんなの私に聞かれても困る」

「あんたの国の人間でしょうが」

「だとしても知らなものは知らない。むしろ貴様たちの国が送り込んだスパイじゃないのか」

「何を言うんですか。仮にそうならばアカデミアにいれて見せびらかすような真似はしませんよ」

「ならばうちだってそうだ。隠せるもんなら隠して切り札にしている」


 一向にまとまらない議論はまだ続いた。しかし確かなことはユピはアカデミアの統括理事会にとっても悩ましい種だということである。





 統括理事会で自分のことが話題になっていたとは露知らず、ユピたちは昼食のためにアカデミアの外へと出ていた。広大な土地と豊富な施設を持つアカデミアでは生徒たちが敷地内で食事を済ませることもできるが、一部生徒は食事のために敷地外に出ることも珍しくはない。


 そしてそれはユピたちも同じであった。


「ほんと、さっきの人たちは失礼すぎます。ユピさんの実力ならアカデミアに受かって当然で、むしろ候補生になるべきは私の方なのに……」


 頬を膨らませながらプンプンと怒っているのはユピのクラスメイトのミューズである。彼女は今朝の出来事に納得がいっていない様子であり、アカデミアを出てからもずっと怒っていた。


「君が気に病む必要はない。あのような輩は一定数いるから気にするだけ心を浪費するだけさ」


 プンプン怒るミューズを宥めるレギナであるが、彼女も少しばかり今朝の一件には思うところがあった。ユピの本当の実力を知るレギナは周りの生徒たちがユピの評価を一変させるのも時間の問題だと確信しているが、あそこまで露骨に敵意を向けられると看過できない気持ちもある。


 しかしすぎに事を立てることをすれば、それこそ悪目立ちしてしまう。入学式の日にムルキベルとの決闘でユピの実力を見せつけることができたレギナはこれ以上の争い事は逆効果だと考えていた。事実ユピの噂は新入生たちの間に広まっており、噂が確信に変わるのも時間の問題である。


 そのため今は我慢の時である。


「でもレギナさんはユピさんが不当に評価されていて悔しくないですか?」

「悔しいというよりはもどかしさの方が大きいね」

「え?」

「あの男の実力は確かに秀でているが、アカデミアの採用する評価基準に照らし合わせてみれば実力不足だ。故に不当な評価は致し方ない部分があるのは仕方のないことだね」


 ユピの使う雷属性はアカデミアの評価基準において存在しない旧世代の魔術だ。そのため現行の基準で評価を試みれば、どうしても後れを取ってしまう。たとえユピの実力がアカデミアの教官を上回っていたとしても。


 そのことをレギナもユピも承知しているから、わざわざ声を上げようとしないのだ。けれどもユピの実力を見てしまったミューズは納得できない。命の恩人であるユピがどうして周囲から卑下され、救われた自分は正当な評価を受けられるのか。


 頭では理解できていても心が拒絶する。心の中でモヤモヤとした感情が漂いながら歩いていたミューズは注意散漫になってしまい通行人にぶつかってしまう。


「きゃ」


 ぶつかった衝撃で尻餅をついたミューズは慌ててぶつかってしまった相手に謝罪する。


「す、すいません。私つい他のことを考えてしまってて」

「いや、こちらも避ければよかっただけだから謝る必要はない」


 ミューズにぶつかった男はそう言って尻餅をついたミューズに向かって手を差し伸べようとするが、その手をレギナが叩く。


「君たちは何者かね」

「え?」


 男の手を叩いたレギナがミューズを男から庇うように立ちふさがる。何が起きたのか理解できなかったミューズだが、すぐに周囲の異変に気付く。


「これは人払い!?」


 お昼時の大通りだというのにミューズたちの周りには人の影がまったくなかった。遠くに目をやれば喧騒が聞こえるが、その人たちは決してミューズたちの方に近づいてこようとはしない。


 明らかにおかしな光景は何者かによる人払いの魔術によるものであった。


「さすがは察しの良い魔眼だ」

「なるほど、君たちは私が狙いという訳か」


 相手の狙いが自分だと察したレギナは後方で尻餅をついているミューズの手を取って立ち上がらせると、数歩後退して男から距離をとる。


 だが男は一人ではなかった。どこからと音もなく現れた四人の男たちがレギナたちを取り囲むように立ちふさがった。

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