第9話 雷の力

 目の前で行われている決闘が剣士の戦いから魔術師の戦いに変わったと理解した新入生たちはすぐにユピたちから距離をとる。具体的には講堂の一階部分ではなく、二階部分に備え付けられた観覧席まで移動していた。


 魔術戦において一番被害を受けるのは当事者たちではなく、周囲にいた第三者であるということは良く知られた話だ。そのため新入生たちもすぐに安全な距離を確保できる位置まで移動したのだ。これによって講堂の一階部分にはユピとムルキベルの姿しかない。


 新入生たちが距離をとったのを確認すると炎を纏ったカグツチを握るムルキベルが構える。その構えはユピの知らない構え方であったが、ムルキベルの様になっている姿を見る限り油断できるものではないと理解する。


「ヒノカグツチ 壱の方 業火一閃」


 ムルキベルの言葉と同時に振りぬかれたカグツチから撃ちだされたのは一筋の斬撃。しかしその斬撃は先ほどの風圧とは打って変わり、紛れもない斬撃であり、おまけに炎までまとっている。


 その破壊力は明らかに先ほどまでのムルキベルとは違っていた。


 ムルキベルの斬撃は確かに威力のあるものであるが、ユピとの距離が離れているため回避は余裕だった。黒剣アダマス・ヴァリスパティを使って斬撃を防ぐことも可能だったが、無理に対処するより回避した方が得策であった。


 ユピが回避した斬撃はそのまま講堂の壁にぶつかると大きな爆発音をたてながら壁に焦げ跡を作る。講堂は激しい戦闘を想定して作られているため壊れるということはないが、それでも壁に傷をつけるほどの威力がムルキベルの攻撃にあった。


 だがムルキベルの攻撃はこれだけでは終わらない。


 次にムルキベルが姿を現したのは斬撃を回避したユピの背後であった。斬撃に気をとられたユピは一瞬だけムルキベルを視界から外してしまい、その隙を突いてムルキベルはユピの背後に回ったのだ。


「ヒノカグツチ 弐の方 烈火旋風」


 炎を纏ったカグツチが振られた刹那、勢いよく撃ちだされた炎が瞬く間に姿形を変えてユピのことを包み込もうとする。まるで炎のカーテンによって身体を囲もうとするその攻撃は内部にいる者の肉体を容易く焼き尽くすだろう。


 だがムルキベルの攻撃は止まらない。


「ヒノカグツチ 壱の方 業火一閃」


 炎のカーテンによって包まれようとするユピに向かって追い打ちをかける。その攻撃は先ほどの炎が載った斬撃と同じだが、行使された距離が近い分すぐにユピに到達する。


 炎のカーテンに対応すれば迫りくる斬撃が肉体を切り裂き、斬撃に対応すれば炎のカーテンが肉体を焼き尽くす。しかも残された時間は一秒もない極限状態だ。


 ムルキベルの手際の良さに誰もがユピの敗北だと確信して息をのむ新入生たち。しかしたった一人、観覧席で微笑みを浮かべるレギナだけは違っていた。


 それは次の瞬間の出来事だった。


「ケラウノス」


 静寂に包まれる講堂に響くユピの声。その言葉を耳にした新入生たちは多くいたが、その言葉を聞き取れた新入生たちはほとんどいなかった。ケラウノスという単語は聞こえたものの、その言葉が何を示しているのかわからない。


 わかりやすく言うならば耳では聞き取れているけど脳でその言葉を漢字に変換できないような感覚だ。四元素論が主流の現代において雷属性を司るケラウノスという言葉は古文単語のようなものだ。しかも人類は雷属性を意図的に廃棄したため、その言葉を残そうと考えるものは少ない。


 それこそ歴史家くらいしか覚える必要のない言葉だ。だから四元素論に馴染みのある新入生たちにとってケラウノスという言葉は未知の言葉に違いない。


 だが新入生たちはすぐに言葉の意味など気にしなくなる。なぜならそれ以上に目の当たりにした光景に衝撃を受けたから。


 ユピがその言葉を発した刹那、一瞬にしてユピの周りにあった炎が消えたのだ。まるで手品のように姿を消した炎であるが、ユピが何かをしたのは必然であった。特に術者であるムルキベルは炎が消えた瞬間を目の当たりにしているから他の新入生以上に衝撃を受けていた。


「今のは……雷……?」


 ムルキベルから漏れ出した雷という言葉に観覧席の新入生たちが一斉にざわついた。


「雷ってあの雷のことか?」

「でも雷は旧世代の魔術だぞ」

「百年以上前の属性をどうして使えるの!?」

「それよりも雷が炎を打ち消した方が問題だろ」

「そうよ。旧世代の魔術は弱いから淘汰されたのよ!」


 口々に出てくるのは雷属性についてだが、彼らが驚くの無理はない。一般教養として四元素論が主流になる前に存在した属性のことは学習するが、それについて深く学ぶことはない。彼らにとって雷属性は弱いから捨てられた程度の認識しかない。


 その雷属性が目の前で四元素論のうち火属性の上位である炎属性を上回ったのだ。ましてや相手は炎属性で有名なヤポニアの貴族である。


 これが立場が逆ならまだ理解できる。四元素論を使う候補生と旧世代の魔術を使う大貴族という構図なら驚きはしても理解しようとすることはできる。しかし目の前で起きたのは四元素論の魔術を使う大貴族を旧世代の魔術を使う候補生が完封したという事実。


 こればかりは彼らに衝撃を与えるに十分だった。


「あの候補生は一体何者なんだ!?」

「なんであんなのが候補生やってるんだよ」


 その場にいた新入生たちは直感的に気づいてしまう。自分がユピと決闘したとしても自分は手も足も出ずに負けるだろうと。それなのにどうしてユピが候補生で、自分が候補生でないのか、という疑問が生じてしまう。


「まさかこんなところで雷属性を見ることになるとはね」

「旧世代の魔術を存外悪くないだろ」


 額に汗を浮かべるムルキベルは明らかに焦っていたが、どうにかして平静を装うとしている。手に持っていたカグツチを地面に突き刺すと右手で額の汗をぬぐう。


「ところでそれほどの実力を持ちながら君はどうして候補生なんだい?」

「さあな。大方あのクソ教官の当て付けかなんかだろ」

「なるほど。教官に悪態をつきながら完膚なきまでに叩き潰した新入生がいるという噂は本当みたいだね」

「別に悪態をついたつもりはないがな」


 ユピが候補生になっているのは試験官を務めたエルモンドの最後の抵抗であった。確かにエルモンドはユピが勝利すればアカデミアの合格を約束するといったが、正規の生徒にするとは言っていない。


 そもそも候補生という制度を知らなかったユピがそこまで約束させることは不可能であるから仕方がないと言えば仕方がない。それに候補生であっても合格には違いないのだから。


「それほどの実力を有してるにも関わらず君は候補生の地位を受け入れるのかい?」

「受け入れるも何も四元素論とやらが主流のここじゃあ俺は異端児だ。文句を言ったって仕方ないだろう」

「候補生というだけで不当に蔑まれるとしてもか」

「悪いが俺は他人の評価は気にしない。それにアカデミアにいるのも自分の意志ではない」


 ユピにしてみればアカデミアの評価など興味のないことであった。彼がアカデミアにいるのは雇い主であるレギナの意向を汲んでのものであり、決して自分の意志ではない。


 アカデミアの生徒にとってみれば候補生か否かというのは死活問題であるが、ユピにとってみれば些細なことでしかない。そもそもユピと彼らでは前提からして違っているのだ。


「なるほど。君は僕たちとは違う価値観を持っているようだ。けれども、その立場はいつか君の身を亡ぼすことになるよ」

「こうして地面の下でコソコソと魔法陣を描き上げることでか?」

「ようやく気付いたようだが魔法陣は既に完成している。ヒノカグツチ 肆の方 熱火蛍火!」


 ムルキベルが叫ぶと同時に地面に浮かび上がる赤い魔法陣。その中心にいたユピは地面に現れた赤い魔法陣を見下ろすとつぶやく。


「その魔術、発動するといいな」

「なっ!?」


 すぐにユピの言葉の意味を理解したムルキベルは信じられないという表情を浮かべた。なぜならいくら魔術を行使しようとも一向に発動する兆しが見えないのだ。


 魔法陣が展開されているのだから発動術式は間違っていない。しかし魔法陣から先に進めないのだ。


「な、なにをした……?」

「別に少しいじっただけだ。具体的には行使のスイッチを入れても起動しないようにな」

「まさか最初から……」

「ああ、その通りだ。お前が汗をぬぐう振りをして刀を地面に突き刺した段階で何かしらを企んでいるとは思った。最初の攻防でも地面に突き刺したが、その時はまだ俺のことを舐めていた。だが今回は違う」

「すべてお見通しという訳か」

「そういうことだ。剣士が敵を前にして剣を離すことなんてありえねえぁからな」


 落胆した表情を見せるムルキベルは地面に突き刺したカグツチを抜くと鞘に仕舞う。そして両手を上げると清々しい顔で宣告する。


「降参。僕の負けだ」


 こうしてユピはムルキベルに対して勝利を収めたのであった。


 


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