第8話 剣士の実力
入学式を終えたユピたちはその足で隣接された小さな講堂へと移動する。アカデミアでは生徒が自由に一部施設を利用することが可能であり、この講堂もその施設の一つだった。
決闘の知らせを聞いた他の新入生たちも興味本位で小さな講堂を訪れており、二人は一躍有名人となっていた。
新入生たちの注目をよそにムルキベルはユピの持つ黒剣アダマス・ヴァリスパティを見て意外そうな口ぶりで話しかける。
「どうやら君も剣を使うようだ」
「まあな。それとも剣は使わない方がいいか?」
剣の所持を指摘されたユピは使用を控えるようべきかと尋ねる。本当の戦いならば相手に合わせる必要はないが、今回はアカデミア内での決闘だ。両者の実力を計るにはなるべく同じ条件で戦った方がいいとユピは考えている。
しかしユピの心配は杞憂に終わった。なぜならムルキベルもまたユピと同じ剣を扱う魔術師であったから。
「いや、むしろ好都合だ。僕もまた剣士だからね」
ムルキベルが取り出したのは剣というよりは太刀に近かった。おそらくムルキベルの剣を見てほとんどの人間が変な形をした剣だと感じるだろうが、ヤポニア人にとっては慣れ親しみのある形状だ。
おそらくムルキベルの剣を端的に表現するなら日本刀という言葉が適切だろう。しかしこの世界において日本刀という言葉は存在しないためムルキベルの剣はこう呼ばれている。
「あれってカグツチだろ」
「みたいだな。てことはあいつがヤポニアのヤヴィシュタ家ってことか」
「まさかこんなに早くお目にかかれるとは」
「ヤポニアでも有数の剣豪と聞く。いったいどれほどの実力なのか」
周囲にいた新入生たちはムルキベルの剣を見てすぐに彼の正体がムルキベル・ヴァルカン・ヤヴィシュタだと気付く。それほどまでにムルキベルの剣は有名であり、彼の名前もヤポニアだけでなく各国に知れ渡っていたのだ。
一方のユピの方は全く知られていない。
「で、相手はあの候補生か」
「それにしても何だ、あの黒い剣は」
「焦げているのか、それとも錆びすぎているのか」
「どちらにせよ鈍らに違いないな」
「あれで戦えるとは思えないわ」
「所詮は候補生ってことでしょ」
口々に出てくるユピを卑下する言葉。剣に精通している人物であっても黒剣アダマス・ヴァリスパティを見て真価に気づくことは難しいのだから、新入生たちが黒剣アダマス・ヴァリスパティを愚弄するのも仕方のないことだろう。
事実ムルキベルさえも黒剣アダマス・ヴァリスパティを見て嘲笑を浮かべる。
「君は剣の手入れさえできないとはね同じヤポニア人として……いや、やっぱ君はヤポニア人じゃないな」
「これでも一応ヤポニアの国籍は持っているんだぜ」
「国籍くらい偽造するのは容易いからね。それに君みたいな白髪の人間はヤポニアには生まれない。君は一体どこの国の人間なんだい?」
自らの黒髪を見せつけるように尋ねるムルキベルであるが、ユピは元々流浪の民である。自分がどこの国の人間であるかと聞かれても国籍はないとしか答えようがない。
ただしそんな事を言えば国籍を偽造していると白状しているようなものなので当然いうことはないが。
「ヤポニアといってるだろう」
「なるほど。これ以上の詰問は無駄みたいだ。ならば剣士は剣士らしく剣で語り合おう」
「随分と身勝手な奴だな」
「どこの馬の骨かもわからない男が将来の伴侶の隣にいるんだ。この怒りを押さえ込んで直ぐに斬りかからなかったことを褒めてほしいくらいだよ」
ムルキベルはそう言うと鞘からカグツチを抜く。講堂の証明を反射する鋼の刀身が輝き、新入生たちから感嘆の声が上がった。
「ただ僕も貴族だ。庶民相手に本気を出す大人げない真似はできないから、ハンデとして右手一本で戦おう」
「随分と優しい貴族なんだな」
「当たり前だろ。庶民相手に本気を出して勝利を収めたところで貴族としての示しがつかない。貴族は常に高潔であれというのがヤポニア男児の使命だからね」
自らの勝利を信じて疑わないムルキベルは勝敗ではなく、勝利の仕方について考えていた。最初こそレギナが護衛としているユピに警戒心を持っていたムルキベルであるが、ユピの持つ黒剣アダマス・ヴァリスパティを見てその警戒心は霧散した。
愛刀の手入れもできない男に警戒する方が無駄だと悟ったからだ。
「さて、初手も君にあげるとしよう」
「サービス精神旺盛だな」
「逆にここまでしたんだから少しは耐えてもらわないと僕の名声に傷がついてしまう」
「善処はするが、期待はするなよ」
「言い心がけだ」
両者が所定の位置につくと、周囲にいた新入生たちも二人から距離をとるようにして円を形成する。魔術師同士の戦いにおいて本来は安全のためもっと距離をとる必要があるが、二人は剣の戦いをしようとしている。
だから新入生たちも油断して通常よりも距離をとらなかった。
「さぁ、いつでもかかって構わないよ」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらう」
ユピは背中から黒剣アダマス・ヴァリスパティを抜くとカグツチを構えるムルキベルに接近する。その歩幅はとても大きく、それ故に接近する速度はあまりにも遅い。
「興覚めだね」
接近するユピに対してムルキベルはカグツチを横に一回閃かす。たったそれだけの動作にもかかわらずカグツチから生まれた斬撃にもにた風圧が迫りくるユピに襲い掛かった。
ユピはカグツチから撃ちだされた風を黒剣アダマス・ヴァリスパティで防ぐが、風圧に押されて後退を余儀なくされた。この攻防がユピとムルキベルの初めての攻防であった。
「まさかこの程度の実力とは興覚めだよ。これで僕に勝てると思ったのか」
「別に思ってねぇよ。ただ、これで初手は終わりだ」
「まさか初手を消化するためだけだと言いたいのか?」
「だったらどうする」
「気に食わないね」
次の瞬間、ムルキベルがユピの視界から消える。実際には消えたのではなく地面を蹴ったムルキベルの姿を見失ったのだが、体感的には視界から消えたと言っても過言ではない。
そればかりか講堂にいたほとんどの新入生たちはムルキベルの動きを目で追えていなかった。
直後、ムルキベルがユピの寸前に現れる。その時にはすでに右手に握るカグツチをユピに向かって振り下ろそうとしている瞬間であった。
この攻撃に対してユピは同じく右手一本で握った黒剣アダマス・ヴァリスパティを思いっきり振り上げてカグツチを弾き飛ばす。その衝撃でムルキベルは後方に飛ばされるが、空中で受け身をとりながら難なく地面に着地した。
しかしムルキベルの表情は冴えない。カグツチを地面に突き刺すと自身の右手を見つめながら動かす。その姿はまるで右手の感覚を確かめるようであった。
「まさかあの攻撃を防がれるとは思わなかったよ。それに君もなかなかの腕前を持っているようだ」
たった一回の攻防であったがムルキベルはすぐにユピの剣の才に気づく。しかもユピはムルキベルと同じく右手一本のみで剣を振り上げただけで、ムルキベルに手をしびれさせるほどの衝撃を生み出した。
認めがたい事実であるが、ユピの腕前はムルキベルが警戒するに等しいものであった。
「少しは本気を出す気になったか?」
「もちろん。まずは君を愚弄したことを謝罪しよう。君は僕が本気を出して戦うべき相手に間違いない」
「それで?」
ユピが問うとムルキベルはカグツチを両手握って構える。
「ムルキベル・ヴァルカン・ヤヴィシュタの名において宣言する。僕は全力をもって君を倒すとね」
「それは面白そうだ」
「君も本気を出すことを勧める。ここから先は加減できないから」
ムルキベルは言葉の通り、両手で握るカグツチの刀身に炎を纏わせた。それはムルキベルが本気を出すという紛れもない姿勢であった。
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