Step4-5

 体育館から文芸部の展示教室に戻ると窓辺に夕がいた。


「作品、読んだよ! 今回は美月には珍しいジャンルね」


「ありがとう」


 わざわざ、感想を言いに来てくれたのか。

 夕の感想はとても励みになるし、素直に嬉しい。

 お世辞ではなくて、心から夕が楽しんでくれたことが伝わってくるから。


「あのラスト、めっちゃキュンキュンした!!」


 私が書いた小説の筋書きはこうだ。

 主人公は真面目が取り柄の男子。その想い人は同クラスの女子。

 男子は想い人に告白しようとするが、勇気がなく、先送りにしてしまう。

 そこで不思議な妖精が登場。

 その妖精に指示されて、あれこれ奮闘し、告白をする。

 その告白の言葉に、かの有名な夏目漱石先生の逸話を元にしたのだ。

 つまり、「月が綺麗ですね」「死んでもいいわ」ってヤツだ。


 小説の内容はかなり薄い。

 経験したことの無いことを書いたから。

 甘酸っぱい感情も状況も私には訪れないから。

 だから、リアルな文章が書けなかった。


「今回は自分的にはいまいちだったんだけどね……」


「えっ! そうなの? 凄く良かったのに」


 いつも夕は私の作品を誉めてくれる。

 初めて自分の作品を見せた時もそうだった。

 私の下らない小説をバカにすることもせず、真摯に向き合ってくれた。そして、読み終わった後に、沢山の嬉しい感想をくれた。

 私が感謝を述べてたら「私は美月のファン1号だねっ!」って笑っていた。

 自分のしょうもない心の叫びとか、妄想とか、そういう他人にとってはガラクタでも私にとっては大切な、重い感情。

 夕はそれを良いねって認めてくれたんだ。

 それからだ。

 部誌を夕に提供し、作品を出してもらっているのは。


「夕の美術部の作品見たよ」


「ホント? ありがと!」


「夕らしい素敵な絵だったよ」


 だから、私も夕にもらった嬉しい言葉に応えたいし、夕に還元したいと思う。

 それに夕の作品を素敵だと思う気持ちは嘘じゃない。

 夕らしくて、でもどこか寂しい印象もあって、私には描けないからとても尊敬している。


「美月はさ、いつも『私らしい』って言ってくれるけど、美月から見た私ってどんなの?」


 私はしばあごに手を当て、考えてみた。

 でも、この質問に簡単に答えてはいけない感じがする。

 私が軽い気持ちで口にしたイメージに夕が苦しむかもしれないから。


「一言で説明できないけど、優しくて明るくて……とても頼りになるの」


「……ありがと」


 夕は私の言葉に顔を少し赤らめて、そっぽを向いた。

 他人のイメージに応えようと必死で、でも応えられない自分は夕ほど真っ直ぐじゃなくて、歪んでいる。

 だから、素直な夕と一緒にいてて居心地が良いのだろう。

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