Step4-3

 どれ程時間が経ったのだろうか。

 部誌に夢中になりすぎて、時間を忘れていた。

 時計を見ると、短針が1を指していた。

 道理どうりでお腹が空いている訳だ。


 予め、教室に持ってきていた、トートバッグから、おにぎりを取り出す。

 水筒のお茶で喉を潤し、おにぎりにかぶりついた。

 具はシャケだった。

 お腹が減っているので、1つじゃ足りない。

 もう1つに手を出す。

 こっちは、コンブだ!

 夢中になって、おにぎりを頬張った。

 母のおにぎりは偉大だ。




 おにぎり、もう1つ持って来れば良かった……。

 そんな後悔を忘れるべく、窓の外を眺めた。カラスが飛んでいく、体育館の方からさざめきが聞こえる。


「よっ!」


 声にびくりと肩を震わせた。

 声の主は上本くん。

 本当に来てくれたんだ……。


「本当に来てくれたんだね」


「だって、約束したじゃん?」


 上本くんは黒板に歩み寄ると、短歌を眺めた。

 聞いたことが無かったが、こう言う文芸的な物が好きなのだろうか。

 私が考えを巡らせていると、上本くんがくるりと黒板に背を向けた。

 教室全体に目をやり、その視線は学園祭号の部誌に止まった。


「これが部誌? カラー刷りの表紙、凄いね!」


「ありがとう。学園祭の時だけの特別仕様よ」


 トートバッグから、約束の部誌を取り出す。

 約束したことなんて、きっと上本くんは覚えてないけど、それでも持ってきてしまった。


「それ? 川中さんが賞を取った時の部誌って」


「そ、そうよ。覚えてたのね」


「僕、記憶力いいからさ」


 得意げに笑っている上本くんに約束の部誌と学園祭号を手渡す。

 

「普段はモノクロの表紙なのよ」


「ホントだ! 隣に並べると学園祭号の豪華さが際立つね!」


 受け取った部誌のページをペラペラとめくって、全体を見ているようだ。


「へぇ~。こんなに充実した冊子なんだね。僕、知らなかったよ」


「褒めてもらえて嬉しいわ。文芸部じゃない人にも、ゲスト出演してもらってるの」


「本当の文芸雑誌みたいだね」


「ありがとう。上本くんは、小説とか短歌とか好きなの?」


「まあね。小説はさ、読むだけで嫌な感情も忘れられるし……」


 珍しく表情が暗い上本くん。

 私が知らないだけで、辛い過去があるのかもしれない。


「ついでに、やらなければならない課題のことも忘れられるしね!」


 上本くんはパッと表情を戻すと、そう冗談を言った。

 コミュニケーション能力が高すぎて、付いていけないわっ!




 それから、しばらく上本くんは俳句や短歌を鑑賞していた。1つ1つ丁寧に。

 そして、教室から出る前に上本くんは部誌を持ち上げて、言葉を残した。


「今夜、ゆっくり読ませてもらうよ」


 そう笑う上本くんに、ドキリとしたことは誰にも言えない秘密である。

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