Step3-3
千卓駅。
それが私の最寄り駅。
自分の学区には駅が無いので、隣町の学区にある駅から電車に乗っている。
そのため、駅にいるほとんどの人の名前が分からない。
だから、電車を待つ時も、降りる時も、いつも一人で文庫本を読んでいた。
そのためであろう、クラスメートに気が付かなかったのは。
「川中さん、お疲れ様!」
学校の帰りに電車を降りると、後ろから声を掛けられた。聞き馴染みのある、男子の声。
驚きに肩をビクリと震わせた。
おずおずと振り返ると、声の主はクラスメートの上本くんだった。
「おっ、お疲れ様」
「川中さんって、駅ここなんだね。部活帰り?」
「うっ……うん」
「何部だっけ?」
「ぶっ、文芸部……」
「そうなんだー。文芸部って何してるの?」
文芸部と答えると、決まって聞かれる台詞。だから、スラスラと決まり文句が出てきた。
「部誌に小説とかイラストとか載せてるの」
「へぇー! 格好いいね!」
「あ……ありがとう」
***
「ふーん。なんかいい感じじゃん!」
「どっ、どこがっ! クラスの人気者と、日陰者の落差……コミュ力の差を感じるだけじゃんっ!」
夕は氷をストローでぐるぐるとかき混ぜている。カランカランと涼やかな音がする。
私もつられて氷をかき混ぜ、乾いた喉をアイスティーで潤す。
「美月は、上本くんのこと、どう思ってるの?」
「えっ! そんなの『月とすっぽん』、『ウサギとカメ』……例えたらきりがないわ。それだけ、地位に差があるの」
優しくて人望のある上本くん。
頭が堅いだけで、何もない私。
「違う。私が聞いているのは美月の気持ち」
夕の黒くて丸い目に見つめられて、私の中にある何か、を見透かさせれている気がした。
だから、ポツリと口から溢れた言葉はきっと私の本意じゃない。
「とても優しくて、いつも爽やかで、かっこよくて……。近づきたいって思うのに、自分のカッコ悪いとこ、知られたくないと思う気持ちがある」
「美月の気持ちを教えてくれて嬉しいよ」
夕の声に我に返り夕を見ると、とても優しく微笑んでいた。
その時、気付いた。
自分が心から信頼し、大切だと思っている夕にも、上部の気持ちを述べることが多いことに。
もしかしたら、夕を不安にさせていたのかもしれない。
自分は夕の真っ直ぐな言葉に安心して、夕のことを考えていない時があったんじゃないかって。
私は自分で気持ちを伝えるのは苦手であると言い訳をしていたんだ。
向かいに座る夕は、溶けてきた氷をストローでつつきながら、何かを考えている様だ。
そして、ふと顔を上げると、驚きの言葉を口にした。
「話を聞いていると、二人は両片想いって感じだけど?」
ゴフッ
飲んでいたアイスティーでむせた。
「はっ、はぁ? 今の話からどうしたらそんな結果を導き出せるのさっ!」
「だってさ、気がない人の日直、手伝う?」
夕が目を付けたのは、私が昨日話したことだった。
日直の仕事を手伝ってくれた。
文字に起こすと、確かに気がある様に見えるのかもしれない。
私はテーブルに目をおとし、じっと一点を見つめる。
「いや……そんなこと無い。上本くん優しいから」
「だとしてもだよ、美月に用があるって感じじゃん? もしかして、告白するつもりだったんじゃない?」
「そんな馬鹿な……理由が無いわ」
夕の考えを否定するのは気持ちのいいことではないが、どうしても受け入れられない。
私なんかが好かれるはずがない。
「美月さ、いつも理由を欲しがるよね」
夕の声に俯いた顔を上げた。
めんどくさいと思われているのだろうか、と少し怖くなった。
でも、目に映った夕の顔は穏やかで、紡がれた言葉も優しかった。
「理由なんてね、無くてもいいんだよ。私だって美月が好きなことに理由なんて無いし、いらないでしょ?」
「強いて言うなら一緒にいてて居心地がいいからかな?」と夕は微笑んでいる。
理由が無くてもいいのか。
そんなもの無くても、信じてくれる人もいるんだ。
理由に固執して、見えていないことがあったのだ。
「だから、美月は自信持っていいんだよ! あの優しい上本くんに誘われたって、浮かれちゃえ!」
夕はそうおどけて、私の頬をつついた。
いつもこうだ。夕と話していると、迷っていたこととかがどうでもよくなる。
1度きりの上本くんがペアの学園祭。
楽しまなきゃ損かな?
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