Step3

 駅のホームに降り立つと、電車を待っている夕の背中を発見した。

 電車が来るまで、まだずいぶん時間がある。

 肩をトンっと叩いてみる。


「お疲れ!」


「あっ! 美月。今、帰り?」


「うん。夕も?」


「そ! 今日は部活がオフなんだー」


 夕は生徒会と美術部に入っている。

 高い所で結った髪が快活な夕の性格を表しているようだ。


「どうかした?」


 夕に顔を覗き込まれる。

 憂いが顔に出てしまっているのだろうか。


「うーん、ちょっとね……」


「言いたかったら聞くよ」


「うん……」


 夕は無理矢理聞き出すことをしない。

 相手をよく見て、言いやすい環境を整えてくれる。

 だから、私も安心して隣にいられるのだ。

 私は、上本くんにペアダンのお誘いをもらったこと、そして教室でのことをぽつりぽつりと口にした。


***


「そっかー。上本くんは優しいし、良かったじゃん?」


「うん……」


「何が不安なの?」


 もしかしたら、夕には分からないかもしれない。

 運動ができて、ダンスも上手くて、人との関わり方が分かっている夕には。


「だってね、上本くんに選んでもらえる理由がないの」


「理由?」


 首を傾げた夕の長く美しい髪が揺れる。

 夕の友達はこう言う夕のあどけなさに救われるのだと思う。


「きっと、上本くんは優しいから、憐れみで選んでくれたんだよ」


 自虐をするのは、私の常だが、これはちょっと言ってて心に刺さる。

 刺さったところから、どくどくと赤黒い血が流れるのを感じる。本当は血なんて出てないのに。


「もしかしたら、クラスの男子の中で、誰も私と組みたくなくて、上本くんが指名されたんじゃないかなって……」


「うーん……。そっかー、美月はそう考えるんだね。私なら、単純に『自分のことを良く思ってくれているから、選んでもらえた』って、思うよ」


「それは、夕には自信があるからだよ」


 私には自信がない。

 誰かに良く思ってもらえる自信が。

 仕方がない。

 私には何も無いから。

 人より勝ることが無いから。


「私も自信なんて無いよ」


 夕の声にはっと俯いた顔を上げる。

 夕は苦笑いしていて、何だか辛いことを飲み込んだ様な顔だった。


「美月からは、自信がある様に見えるかもしれないね。でもね、私から見ると、美月の方が自信も芯もある」


「そんな……お世辞はいいよ……」


「お世辞なんかじゃない。美月は小説という形で自分の意見を主張して、それに救われる人もいる。だから、自分で気づいていないだけで、美月は自分に自信……って言うか、誇りを持っているでしょ」


 夕の言葉は新鮮で、私の心に刺さったトゲが消えて、癒されていく気がした。

 夕は人を分析するプロだ。

 だから、慕う人も多いのではないだろうか。


「いつも、ありがとう、夕。夕は人を勇気づけるプロだねっ!」


 夕に笑いかけてみせたが、目尻には涙が溢れていた。夕の言葉、仕草。その全てから、優しさと気遣いを感じたから。


「ははっ! 美月はおもしろいこと言うね~」


「いやいや、事実だからね。お礼にさ、今度の週末にうちに遊びに来ない? 美味しいお菓子、用意するよ」


 夕は私の涙を見なかったことにしてくれたようだ。

 本当に助かる。

 そうしてもらえなかったら、また涙が溢れてしまいそうだったから。


「いいねっ! それ。私もお菓子、持ってくね!」


「うん!」

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