Step2-2

「『好きだ』」


 ボキッ


 上本くんの声に驚き、シャーペンの芯が折れた。

 日誌から顔を上げると、前の席に上本くんが座っていた。


「……ってさ、文化祭の『意見主張』で言われたら嬉しい?」


 私が黙り込んだので上本くんは慌てて、言葉を付け加えた。

 心配しなくても勘違いはしないのに。


 『意見主張』とは。

 我が高校の文化祭で実施されるイベントである。具体的には、主張したいことがある人が中庭の壇上にて、それを叫ぶやつ。

 そしてそれは、多くの生徒が好きな人への告白に使う場である。


「私はヤだな。だってさ、あれって……ズルだと思うし」


「ズル?」


「うん。そこで告白されたら、断りたくても断れないでしょ? だって、観客を味方につけて、相手に選択の余地を無くすんだもの。私なら即刻そこを逃げ出すわ」


 人によると思うけどね、と意見して口を閉じた。

 上本くんは「ふ~ん、なるほどなー」と納得しているようだった。


「そんな風に考えられるって、やっぱ凄いね! 川中さんは」


「褒めてもなにも出ないよ」


「小説書いてると、考える癖がつくってこと?」


「えっ? なんで、小説書いてること、知ってるの!?」


 確かに私は文芸部所属で小説を書いている。

 しかし、うちの部誌はペンネームで作品を出してる上、イラスト、小説、短歌に担当が分かれているから、バレるはずが無いのに。

 自分で、言った覚えも無い。

 上本くんは不思議そうに首をかしげた。


「そりゃあ、知ってるよ。だって、県ベスト3でしょ? 終業式で表彰されてたじゃん」


 あーーーー。忘れてた。

 あの時のことを、覚えてくれていたということか。


「もう、それは黒歴史みたいなものだから、忘れて」


「えー? 凄いじゃん! どんな小説なのか読んでみたいなー」


 上本くんがチラリとこちらを見てくる。

 小さな子犬みたいな目。

 そんな目をするなんてズルい。


「うぅ~ん……。じゃあ、今度、県に出品した部誌をあげるから、読んで」


「えっ! くれるの! ……待って、部誌ってさ、ペンネームで載ってるんじゃなかったけ?」


 くっ……何で、知ってるんだ。

 そんなに有名なことなのか? てっきり、運動部は知らないと思っていた。


「それでも、作品を読むことには変わりないでしょ」


 そう言い逃れをして、日誌に顔を戻した。

 上本くんは、まだ言いたいことがありそうだったけど、私の態度に諦めてくれたようだ。


 日誌を書き終わり、筆記用具を片付けていると、再び上本くんが近づいてきた。

 黒板は新品のように美しくなっていた。


「さっきの『意見主張』の話さ、……どうして川中さんに聞いたのか、理由、聞かないの?」


 上本くんは私の顔を覗き込んで問う。

 そんなこと、聞いても空しいだけだし、そもそも聞ける程の間柄じゃないから。

 でも、それをそのまま伝えることはできない。


「上本くんが話したいなら聞くけど……相手が話したくないのに聞き出す趣味はないから」


 上本くんはくすっと笑って、「川中さんらしいや」と呟いた。


「川中さんはさ、そういう相手いる?」


 そういう相手。

 文脈からして、さっきの『意見主張』の相手にしたい人、と言うことだろう。


「婉曲な聞き方ね。正直に言うと……私にも、分からない」


「好きかどうか分からないということ?」


 自分が世間の女子高生像とかけ離れていることは分かっている。

 あれが好き、これは嫌い。

 そう言う感情は人並みに持っているのに、色恋になるとさっぱり分からなくなる。

 例えて言えば、近所の地形は分かるけど、一歩、余所よそへ行くと全く道が分からない……みたいな感じ。

 でも、やっぱり、これをそのまま伝えるのは恥ずかしい。


「う~ん、そうかな? そう言う上本くんは分かるの?」


「分かるって言うか、その人と話したりしてる時に幸せだな~好きだな~って思うんだ」


 そう言うと、うっとりと宙を眺めた。

 端から見ても分かる。

 これが恋する者の目であるということが。

 なぜか、私の胸はきりりと締め付けられた。


 上本くんが手伝ってくれたお陰で、いつもより早く日直の仕事が終わった。

 教室を出て、鍵を閉める。

 後は、鍵と日誌を職員室に持っていくだけだ。

 上本くんの方に向き直り、感謝と疑問を伝えてみる。


「ありがとう。助かったわ。……そういえば、どうして、ペアダンに誘ってくれたの?」


 今なら、さりげなく聞けると思った。

 しかし、思いを口に出してみると、とても恥ずかしいことに気づいた。

 沈黙が訪れて、我に返る。

 上本くんは目を見開いて、固まっている。

 失敗した。

 きっと、相手がいないだろうって、憐れみで誘ってくれただろうに。

 昨年、同じクラスだったよしみで、選んでくれただろうに。

 言ってしまった言葉は取り返せない。

 できることは、言ってしまった言葉を取り繕うことだけ。


「ごっ……ごめんね。し、小説の参考にさせてもらおうと思って……」


 私の言葉に上本くんは、はぁ~と息をいた。

 そして、いつもの太陽の笑顔に戻った。


「こちらこそ、なんかごめんね。理由が無い訳じゃ無いんだけどさ……」


「分かってるよ」


 私は、首を横に振り、上本くんに微笑みかけた。

 ちゃんと分かってるって、伝えるために。

 私は自惚うぬぼれてないって、自己暗示をかけるために。


「去年、同じクラスだったから、憐れみで誘ってくれたんでしょ? 分かってるよ……迷惑かけてごめんね」


 「それじゃあ、また明日!」と声を掛けて、その場を逃げ出した。

 そうだよって、肯定されるのが恐くて。

 違うよって、嘘を言われるのが恐くて。

 真意が分からないのが、恐くて。

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