第56話 町長との戦い

「そこまでにしてもらおうか」

「……誰?」


バイラジへの制裁、ゼルの一撃は目の前に現れた男の右腕に止められた。驚愕がルミナの精神を襲うが、怒りに呑まれている彼女はそんなことどうでもいいと言わんばかりだ。


ゼルを肩に担ぎ、現れた男へと向かいなおすルミナ。大槌であったゼルがために見えなかった姿があらわになる。


2mはないほどの長身、それにあった体躯。だが無駄に筋肉が付いているわけではなく、戦士という存在を極めたかのような肉体。そしてそれに不釣り合いな艶めいた綺麗な顔。

まるで戦う男と綺麗な顔立ちの男を無理やり足したような姿に、ルミナの直感が危険だと叫ぶ。


「誰とは失礼な。私はこの町の長だよ」


ネチャリとした声にルミナの嫌悪感が劇的に増幅される。だがそれに屈するようなルミナではない。ミグアのように殺気に魔力を込めるような真似なら、それが信じられない技術を見たと膝が折れる。だがただただ嫌悪感を増すだけならどうとでもなる。


好戦的に笑った顔のままルミナはゼㇽの形態を変える。ゼルの柄が非常に長く頭が短い、まるで棒のような形状へと変わっていく。


「で、その町長様があたしに何の用かしら……殺せなかった腹いせでも?」

「ははは、私が君を殺そうとしたことなんてないじゃないか。こんな男でも我々の一人なのでね。可能なら殺されたくはないのだよ」

「周りの死体はどうでもいいと?」

「力はある程度弱い方が管理しやすい。ただそれだけの話だよ」

「ただの外道か。くたばれ」


伸縮するゼルを振りかざし、ゼルの頭を町長の頭へとぶつける。形状こそ変わっているが魔力による強化は先ほどと変わっていない。当然威力もそれ相応のものになっていた。

町長はそれを無防備な姿で受けた。余りに一瞬過ぎて認識すらできていないのかとルミナは哀れむ。


だがその哀れみは間違いだと即座に気づいた。


「っ!?」


ゼルを縮め町長から物理的に距離を離す。さらに指輪へと戻しゼルを武器として使用しないようにする。

ゼルを指輪に変え、あらわとなったルミナの手は焼け爛れていた。そしてこれが何を示しているのか、直前まで同じことをしていたルミナにはすぐに分かった。


「おやおや、もう降参かね」

「あたしの技術をコピーした?。それとも持っていた?」

「さぁて、どちらだと思う?」


ゼルの一撃を受けてなお余裕のある表情。それに一撃を受けているにもかかわらずダメージを受けたような気配が全くない。あれほどの一撃を喰らえばガイカルドでさえ警戒するというのに……別格が過ぎる。

ルミナは魔力を手の平に回し、回復するように操作する。自然回復能力を高める操作方法であり魔術ではない。コピーされたとしてもこれは問題ない操作だ。魔術をコピーされたらたまったものではない。


だが掌底といった身体能力による攻撃はさっきの二の舞になる。かといって魔術は使いたくない。手詰まりではないが、戦いたくないと思うには十分だった。


「あたしはあんたみたいなのと戦いたくないんだけど」

「そうか、それは嬉しい。こちらもそこらにいる死体やこいつの回収を優先したいが……それもすぐに終わる。そう言う意味では君への対処のためにまだここにいた方がいいだろう」

「はぁ?。……回収?」

「ああ」


町長は両腕を広げる。何かしてくるとふんだルミナは警戒を最大限に高め、右目には認識加速と魔力視を発動させ、でき得る最大限の魔力による身体強化を行う。

誰よりも早く何が起きたか理解し、即座に逃走ができる。そのための強化だ。


それでもなお、町長が何を起こしたのかルミナには理解できなかった。理解こそ追いつかないものの、何が起きたのか目には見えていた。ルミナの瞳には―


「な……」

「どうかね?。何をしたのか理解できたかね?」


―倒れていた面倒屋達が全員服や武器ごとパシャンと水に溶けたかのように変質し、空気中に消えていく光景が映っていた。


理解できない。ルミナは異質極まりない現象が起きたことに恐怖の感情を芽生えさせる。だがそれを表情には出さない。魔力の操作にもだ。目の前にいる相手は明確な敵であり、油断してますと宣言するような真似は避けなければならないからだ。


「随分と派手な曲芸をしてくれるのね」

「曲芸?。……まぁ君にはできない真似だ。そう揶揄するのも仕方ないと言うものか」

「そうね、あたしにはできない。今のあたしにはね」

「ほう?」


だから言葉で時間を稼ぐ。これが話が通じない魔物や災害獣であれば話は変わるが、話が通じるなら会話で時間を稼げる。

同時に何を起こしたのか頭の中で推測する。魔力視で見えなかったなんてことは本来あり得ない。この世界のあらゆる現象は魔力が関係している。だから魔力視を使えば目に見える現象は、魔力がどう動くかが見えて理解できるはずなのだ。


しかもこいつは広範囲に現象を起こす魔術を使ったのにそれが見えない。ということは、周囲一帯の魔力の流れを掌握し偽装しているとしか考えられない。

そうなるとここは既に町長に有利な場所であり、町長が展開している魔力の塊の中にいると考えるほかない。事実、先ほど怒りのままに放出した魔力すら地面の硬質化以外は既に霧散してしまっている。


「ここはあなたの腹の中、といったところでしょう?。そうでなければあたしにも可能」

「なるほど、流石はドワーフ。かつて喰らった者たちもそうだったが、君も相当に優秀なようだ」

「かつて?」

「おっと、ドワーフのような優秀な者にはあまり情報を渡してはいけない。油断してはいけない。そう決めてあたった。……つもりだったが、あまりにこちらに嵌ってくれたので迂闊にもなってしまうな」


ルミナはギリギリと歯を食いしばる。挑発されているのは分かっているが、迂闊に飛びかかると何が起きるか分からない。それ故に手を止めるしかなかった。


現状からできる手は逃げの一手。さっきゼルをバイラジにぶつけた時はゼルが邪魔で見えなかったが。さっきの一撃を避けなかったなら速度はそこまでないとも考えられる。

魔力強化は最大限まで行っている。ならばあとは行動するだけだ。


だがその思考はまたしても目の前にいる男によって、男が起こした魔術によって止められる。


「っ!?」

「まずは腕からだ」


さっきの面倒屋達に起きた魔術がルミナにも襲い掛かる。魔力による強化が効いているのか、それとも単純に町長が手加減したからなのか、パシャンと水のように失ったのは左腕の肘から先だけだった。服も消えておらず、肉体だけが変質させられただけだ。


右腕だと右手の人差し指にあるゼルが使えなくなる。左腕を失ったのは重傷だがまだ戦える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る