第55話 ただの八つ当たり

ミグアを連れて宿に戻ったルミナ。門にいた検閲兵もミグアを見たら通してくれた。どうやらミグアとは知り合いらしく、助けてくれたなら問題ない人だろうとのこと。

半ばマッチポンプみたいな形であったが故に罪悪感が少しだけあった。


宿に入るとバイラジがいた。町に来た時の影が薄いと言われていた呑気な目つきではない、針を突き刺すような敵意をむき出しにした目だ。

そんな目を向けられたことに一瞬だけ衝撃を受けるも、すぐに立ち返りキッと睨み返す。


「そんな目を向けられる筋合いはないのだけれど?」

「黙れ。お前の力さえあれば我々はもっと上に行ける。だから協力しろ」

「断るわ。話がしたいならミグアをベッドに連れていってからよ」

「ふん。それくらいなら構わん。監視がそこら中にあるから逃げようとは思わないことだ」

「はっ」


ルミナはバイラジの言葉に嘲笑いを漏らし、ミグアを宿の奥へと連れて行く。バイラジはルミナやミグアにどうこうできるような戦闘能力は持っていない。ただの当てつけもいいところだ。

それに加え、監視の目があると言ってもそれほどの強さはないことは明白だ。ミグア程なら話は変わるが、それほどの魔力や殺気は全く感じられない。


ミグアをベッドのようなクッションに寝かせる。ミグアも抵抗することなくルミナにされるままに寝かせられる。ミグアの無表情は変わらないが、ルミナの服の裾をちょこんと掴んで離そうとしない。……不安なのだろう。


「ルミナ」

「安心しなさい。あたしがあんなのにやられると思う?」


子供に諭すような声でルミナは話す。見つめる視線も慈愛に満ちたようなものになっており、昨日まで殺そうとしていた相手に向けるものではなかった。


「思わない。けど」

「じゃあそのまま落ち着いて寝てなさい」

「……分かった。ルミナも、無事で」


ミグアは安心したのか掴んでいた手を離す。声色に不満が少し詰まってこそいたが、ルミナが笑って見つめていたからか、後ろの方の言葉はいつもと変わらないものになっていた。


そしてルミナは怒っていた。その矛先はバイラジにだが、彼だけにではない。むしろ彼に向けるのは極小でありその大半は―自分自身にだ。


バイラジが何か事を起こすとダイダクが暗に言っていた。そんなことはすぐに打ち砕けると自信を持っていたし、何より自分だけの問題と見ていた。……他の誰かさえ傷つける可能性を考えていなかった。それを考えなかったのはルミナの怠慢だ。


ミグアは死にはしないと分かっていても、回復するのを邪魔しかけたバイラジが許せない。そして何よりもあたしに降りかかる問題はあたし自身だけへの問題だけだと思っていたあの時のあたしを殴りたい。


ルミナはミグアの部屋から出て受付の方へと歩く。バイラジは既に外にでも出たのか、そこにはいなかった。

ルミナの拳を握る力が強くなる。この力をぶつける先は外にいるだろうやつらへのものだ。


「八つ当たりになるけれど、許してちょうだい」


宿の扉を開け、外に出るとそこには荒くれ者と言わんばかりの亜人が十数人が宿を囲むように立ち塞がっていた。

そしてその真ん中にバイラジはいた。まるでこいつらを集めたのは自分だと誇示するかのように。


「抵抗するか、しないか。選べ」

「最初から選択肢がまるでないわね。分かりやすくていいけれど、こういう時はもっと大物感出した方がお得ってものよ?」

「ほざけ。碌な魔力操作すら使えないのは知っている。あのハーフエルフは口が軽くて助かったよ」

「ハーフエルフ」


脳裏に浮かぶのはファイネの姿。ミグアはさっき連れてきたばかりだからルミナの能力をそこまで知っているはずはない。

そして口が軽いという言葉に混じった嘲笑うような感覚。それが示すのはただ一つ。


ただでさえ怒りっぽいルミナの怒りがさらに急速に高まっていく。魔力操作がまだ未熟なルミナの怒りは周囲に物理的な現象として発現されていく。ただルミナの放出できる方向は一つだけ、それゆえにその方向にだけ魔力は流れていく。


すなわち土が固く、より強固なものへ固まっていき、ルミナ以外では壊すことなど不可能なほどに変わっていく。

岩盤と見間違えてもおかしくないほどに固まった地面、そしてルミナの魔力の奔流に集まった亜人たちは顔を引きつらせた。


「バイラジ。まだ口をきけるかしら?。……ファイネは殺したのかしら?」

「そんな小娘知らんよ。少なくとも俺が手を出したわけではないさ。知っているのは、確かにあいつは口を漏らさなかったことだけだ。そして目の前にいる未熟さが表に出ている小娘一人、面倒屋の腕利きたちが相手にできんわけがない」

「それはそれは、嬉しいことね。それじゃあ勇気を持って立ち向かってきなさい。たかが凡百が十数人、このルミナが潰し切れないと思わないことね」


ルミナが挑発したその瞬間、左右にいた獣人と岩人が一歩で踏み込みルミナに剣と斧を振り下ろした。

ゼルを展開していないルミナはこの攻撃を緊急回避では躱せない。


だがそもそも避ける必要さえなかった。


ルミナの頭に振り下ろされた武器はガギンという音ともに砕け散る。そして武器を砕かれて何が起きたのか理解できない二人へ両手を広げるように掌底を叩き込む。


「ガッ!?」「ッ!?」


それだけで崩れ落ちる獣人と岩人の二人。何が起きたのかすら分からずに倒れられたのは間違いなく幸運だった。

なにせこの技術は……かつてドワーフの国で拷問のために作られたという歴史を持っている。そこから利便性が高すぎたことから改良され、国全体に知れ渡った。だが本来の目的を知る者は当時作った者たちしか知らない。


「何だ今のは」

「ただの魔力操作。あんたたちは知らないでしょうね」


バイラジが目を見開き驚きに身を任せている。バイラジだけではない、周りにいる面倒屋たちも脅威を感じ取り、後ずさりしていた。

ルミナは知らず知らずのうちに口角を上げていた。ルミナは元となったモノも好戦的な性格だった。それが明確にその顔に現れていた。


「魔力を相手に合わせて叩き込む。それだけよ」

「あり得ねぇ!。それは威力強化だけのときだ!。今のはちげぇだろう!?」


面倒屋の一人から声が上がる。未知の技術が故に昂っているのは間違いないだろうが、それ以上に声が震えていた。

ルミナはそれに答えない。いや、答えられない。ルミナはこの技術を正しく使えるわけではないからだ。


一番近くにいた魚人に歩く素振りすら見せず、直立したままに足の親指だけへ魔力を込めて一瞬で懐に入る。


「なっ!?」


さっきと同様に掌底を叩き込む。使い方を変えていない以上、起きる結果は変わらない。

しかし魚人は自ら後ろに吹き飛び衝撃を軽減した……が、それに意味がなかったことに着地した瞬間に気づいた。


「がはっ!?。これ……は……」


言葉を少しだけ溢してそのまま息絶える。まるで毒のような症状に、面倒屋たちは困惑の表情を隠せないでいた。


ルミナが使ったのは相手に魔力を叩き込むだけ、というのは間違いではない。だがそれは相手自身の魔力を阻害し、まるで即死するような毒に変貌させる技術。かつて拷問の際、生きているだけで無条件に苦痛を味わうという目的のために使われたものだ。


どの程度の阻害にするのかは使い手次第。だが今のルミナはその操作ができない。ルーナは戦闘にゼルを用いない戦闘にてよく使用していたためルミナも使えたが操作が難しく、文字通り「全力で扱う」ので精一杯だった。


さらにその技術は対生命体だけにとどまらない。武器を目標に扱えば、叩き込む多量の魔力は余程の業物でもなければその形状を脆くさせる。最初の一撃を防いだのもこれだ。


即死の掌底に即死の毒を副次効果で打ち込むようなことを行えると面倒屋たちは気づく。そして武器を砕かれたことから身体強度の強化が途轍もないレベルであることと察していた。

それが示すのは蹂躙されて死体になる未来。彼らには到底受け入れられるものではなかった。


「やってられ」

「次はあなた」


背中を見せて逃げようとした人間らしき亜人に先ほどと同様の動きで一瞬で近づき、背後から掌底を叩き込む。打ち込まれた亜人は受け流すことすらできずに身体の内部を砕かれ即死する。


「馬鹿な……あり得ん」

「バイラジ、あなた勘違いしてたわね?。ドワーフの強さというものを」


言葉は冷静だが、怒りのままにルミナは暴れる。より効率よく殺しにくるという、亜人からみたら災害か厄災にしか見えない光景だった。


一人、また一人とルミナの拳の前に倒れていく。武器を振れば砕け、逃げようとすれば瞬時に目の前に現れ、防御は一切として通用しない。誰一人として対等に戦える者は存在せず、ただただ蹂躙されるだけだった。

数十秒もかからずに面倒屋たちは一人残らずその命を落とし、残ったのはバイラジだけとなった。


「あとはバイラジ、あなただけになったけれど……言い残すことはある?」


ルミナは一歩でバイラジの目の前に現れ、膝に魔力で強化した蹴りを放つ。バイラジは認識する間もなく膝から下と上で離され、絶叫を放つ。


死屍累々、その表現にふさわしい状況の中、膝立ちになったバイラジの首を掴むルミナ。いや、正確には膝から下が千切られ、吹き飛ばされ瀕死のバイラジというべきか。


「は、はは……俺たちが全滅することは想定内だ」

「随分と可愛らしい言い訳ね。あ、そういえば町長とやらがあなたたちの親玉でしょう?」

「なっ!?」


バイラジは分かりやすく反応を返してくる。それだけで答えになっているのだからもはや真偽を問う必要すらない。


「ミグアから聞いたわ。襲った理由は町長からだって」

「あのゴミめ」

「あなたの方がゴミでしょう?。それじゃあ最後だし他の面子とは違って粉々にしてあげる」


指輪のゼルを展開し、大槌へと形を変える。そして魔力を流し威力を上げる。地面が溢れ出た魔力で強化されていなければ周囲一帯に地割れが起きかねない威力へ高まっていく。


「さよなら」


ゼルを振り下ろす。下手すれば町に重大な損害すら出る程の一撃。だが怒りに囚われているルミナにそんな理性はなく、ただ感情のままに叩きつける。


人の身では到底耐え切れない一撃がバイラジを襲う。バイラジも目を閉じ、ゼルの一撃を受け入れていた。


―割り込む人影すら見ることもなく。


「そこまでにしてもらおうか」


長身の男が、ゼルとバイラジの間に入り込んだ。

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