第54話 食べたのは…?

「で、小麦を集めているのはここね」


ルミナ達が北の方へとゆっくりと歩いていくと数軒の家が建っていた。少し遠めに見れば森のようなものが見え、明らかに魔物の領域に入りかけている。

しかし掘っ立て小屋程度だがこんなものがあるということは人が住んでおり、それなりに戦う力を有しているということだ。


「何でこんなの探してたの?」


ミグアにそう問われ、ルミナは目的を思い出す。

小麦を作れるのは災害獣から逃れる術を持っている可能性があったから、それを知りたいためだった。しかし既にそんな術はなさそうなことは畑の場所から察している。つまり悪い方にだが目的はほぼほぼ達成できていた。


「あー…。畑が安定的にあるなら災害からどう避けてるのかなって」

「それは無理。ああやって小屋があるのは災害を察する人を置いてるから。災害が来たら町を捨てて逃げる。あとあれ小麦とかいうのじゃない」

「そうでしょうね。それ以外ないとは思ってたし。え……麦の種類間違えてた?」


災害察知の最前線と食糧供給の最前線を同じ場所に置くのは馬鹿かと思ったが、どうせ災害が来たらこんな町なんてすぐに滅ぶ。それなら全てを一蓮托生にするというのはある意味正解とも言えた。


そういう町なら必要なのは災害察知を継続的に行えることであって、町の住人は二の次なのだろう。道理で数軒の中に職人のような亜人がいる訳だ。

透視してルミナは数軒の家の中の様子を確認する。そこにいたのは集中して魔力の感知をするハーフエルフや岩人が麦の粉を練っている様子。ここだけで生産から消費までが成立していた。


「亜麦という麦。五大種族のとこから盗んだ種にその辺の毒の無い穀物を混ぜたやつ」

「なるほどね。それなら対して美味しくなさそうだと直感したのは正解だったみたいね」

「……否定はしない」


顔を背けるミグアを横目にルミナは思考に没頭する。

災害を避ける術はなく、全員生きるか死ぬかという民族そのものの一蓮托生。それは亜人という五大種族達から追われるものとしての特性故に仕方ない。むしろ社会を作ってこのレベルまで押し上げたというのだから褒めてもいいくらい。

……いや、品種改良までやっているのだから手放しで褒めても十分だとすら言える。


惜しむべくはその後の各人の特色を使い切れていないことか。確かに魔力操作に長けたハーフエルフを災害察知や町の移動に、力が必要なところにハーフジャイアントや岩人をあてがうといった各種族の特徴を割り振られてはいる。


しかしフェアリーの特徴が使いきれてない。リガードが使っていたが、フェアリーの粉とは本来ああやって直接振りかけるのではなく、周囲に撒いて魔力効率を上げるためのものだ。それをフェアリーが知らないのはフェアリーの国では空に舞っているほどに多過ぎるからであり、知っているのはドワーフやエルフだけ。


要するに亜人は知識が不足しているのだ。知っていれば使い方が間違っていると言えるが、それを責めるのは流石に酷もいいところだろう。


「ルミナ?」

「……となるとこのまま放置して社会発展は任せた方がいいか」

「ルミナ!」


ミグアの大声に耳がキーンと鳴る。没頭していた思考が完全に中断され、ルミナは現実へと引き戻された。


「何するの!」

「声かけても反応しなかったから」

「え?、あ、ごめん。それで……何?」


ミグアに声を掛けられていたのに気づかなかったとルミナは軽く謝る。ミグアの表情は変わってないため分かりづらいが、気にして無さそうな雰囲気をしていた。


「これからどうするの?。もうお昼超えてる」

「あ」


空を見上げると太陽は既に真上を通り過ぎていた。ルミナはお腹が減っているというわけではない。

と、そこまで考えてこちらの社会では食事はどうなってるのか確かめる。


「ミグア、お昼って食事はどうしてるの?」

「パンを食べるくらい。ラビットは獲れるからそれも付くことが多い」

「……夜は?」

「昼と同じ」


なるほど。食事タイミングや食べている物は近いものがあるらしい。確か人間がそれとほぼ同様の食事だったはずだ。ドワーフやエルフ、フェアリーは果物とか他の食材も使うが、パンやラビットの肉を食べないという訳ではない。共通と考えてもよさそうだ。


が、それはそれとしてこの町の亜人と同じものを食べるのは何か危険な気がした。

朝の時と同様に、ルミナは二の腕のバングルからグレイオーガの肉塊を二つ取り出す。そして片方をミグアへと放り投げた。


そこに纏われている魔力は明らかにグレイオーガのそれではないと気づかないままに。


「これ、そのままガブリつけばいい」

「これってグレイオーガ……ではない?。いや、そんなことはない?。何の肉?」

「グレイオーガだよ」


ルミナはガブリと肉へと喰らいつく。それを見たミグアも毒ではないとでも判断したのか、渡した肉へと喰らいついた。

ダイダク達と食べた時とは違い肉汁を止める草はないため、噛んだところからぼたぼたと汁が溢れていく。そのため食べれば食べる程にミグアの服が少しずつ汚れていく。

ルミナは一瞬で噛み千切っているため、魂喰らいとしての力が使われており汚れることはなかった。


ミグアは食べきったと同時に、ドクンと身体の中から跳ねるような昂ぶりが起きた。それはまるで封じ込めていた何かへの鎖が千切られたような感覚であり、膝をついても抑えつけることができなかった。頭も下を向き、毒でも食べたのかと言わんばかりだ。


「え、ミグア!?」


ルミナが慌ててミグアへと近寄る。はぁはぁと息を荒げて身体から汗を噴き出しているミグアの正面から肩を揺さぶり、大丈夫かと声をかける。

ルミナ本人は気づいていないが、魔物の肉には元の魔物ほどではないが多量の魔力が存在している。それを食べた者の魔力総量を超えていたら身体に深刻なダメージが入ることになる。仮に超えていなくても、食べた者の魔力総量の半分を超えていれば一度に多量の魔力が身体に侵入し、体調を崩すことになるのだ。


ルミナがそれを知らないのは魂喰らいという魔物の特性に加え、本人が持つ途方もない魔力総量からだった。例えグレイオーガの肉であろうと1%にすら届かない程だ。


「ん……、大丈夫」

「どう見ても大丈夫じゃないでしょ?。町に戻るわよ、歩ける?」

「歩ける」


ふらふらと立ち上がり、こけそうになりながらも町の方へと歩こうとするミグア。一人で動こうとする姿に、原因がさっきの肉と判断したルミナは憤慨した。


「ああ、もう!」


ミグアの腕をとり、ルミナ自身の肩へと回す。ミグアも意図を察したのか、ルミナの肩に重心を寄せた。


「ごめん」

「あたしのせいだから、ミグアは悪くないよ」


自分のせいだと語るルミナは心配そうな、どこか泣きそうな顔をしていた。

その表情はどうやってもあのルーナと言っていた存在にはできないとミグアは言葉に出そうとした。けれどできなかった。それはミグアが、ルミナは今見ているルミナだけが全てのルミナではないと確信したからだった。


そしてそれはルミナだけなのかと、疑問を抱いたからでもあった。

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