第53話 紅く灯るしるべ
「縛られていたってところかしら?」
「違いない。今もだけど、かなり強いもの」
さっきまでとは別人のように話すミグア。契約で話し方が変わった、というのは実はよくある話だ。何かを依頼した時に契約をするが、あまり話したくないような内容であれば伝える情報を減らすように契約内容を追加できる。
とはいえ文字通り言葉の量を減らすなど碌な契約内容ではなさそうだ。表情が変わらないのも別の契約によるものだろうか?
「その表情が死んでるのも?」
「……表情が死んでる?」
「あ、そこは素なのね」
「素?」
ピキッっと頭に怒りのマークが走る。ミグアの無教養どころか無知識とさえ言える反応があまりにもルミナを刺激した。
口々に何もかも言い放とうと口を開き、だがそこで踏みとどまった。ミグアがクォーターだということを思い出したからだった。
「ミグア、あなたどこから来たの?」
「知らない」
「生まれ……育ちは?」
「あの町ではないことは確実。ただどこから来たのかは思い出せない」
「亜人でも最も迫害されそうな生まれのに?。……いや、そっか。そんな人でも生きられるような仕組みなんて簡単極まりない社会でないといけない。その結果がこの町ってこと」
「さぁ?。よく分からない」
流れの孤児、というやつだろう。何処から来たのかも分からない、何処で生まれたも知らないとなればそう呼ぶ他ない。
……いや確か、誰かの記憶にかなり大事なこととして載っていたような。
そこまで思い返したところでルミナの頭がぐわんと揺れる。そして右目に
「あなた……希少種ね?。ということは町長が本体。……いえ、そういうこと」
「希少種?。本体?、何の話?。……あなた誰?」
「答える義理はないわ。どおりで魔力が少しずつ削られているわけね。あの子は気づいてないでしょうけど」
そこにいるのがルミナであってルミナではないとミグアは気づく。縛られていたときに一瞬だけ見えた者だと、魔力を感知して理解する。
ミグアの無表情は変わらないものの、殺気が途轍もない勢いで彼女へ向けられる。それは町に入る前に会った時とは比べ物にならない。
しかし彼女はそよ風のように受け流した。殺気を向けられても変わらず自然体であり続けている。
「……やはり中に誰かいた。しかもそちらの方が危険。力の塊はあなた?」
「それはあの子に聞きなさい。一つ言えるのは、あの子の魔力を私が使えれば力の塊なんて言葉では表せないくらいの力でしょうね」
「あなたは契約対象じゃない。排除できる」
ミグアがそう口にして武器をとろうとした瞬間、トンカチのような大きさのゼルが見えない程の速度でミグアの首元に突きつけられた。ミグアの首からはツーっと血が垂れ、ゼルは槌の形状をしているだけの何かと化していた
「私はあの子ほど優しくない。あの子に災いを呼ぶというなら消し去ってあげるわよ?」
ミグアは武器をとろうとした手を元の位置に組み直す。殺気も収め、敵対する意思はないのだと示していた。
彼女もそれを察し、ゼルを元の指輪に戻した。
「……あなたと戦って生き延びる未来はなさそう。ルミナは生きてる?」
「生きてるに決まっているでしょう。言っておくけど私もルミナよ?」
「それはない」
きっぱりとミグアは否定してきた。自信あふれる否定の仕方だった故に何か知っているのかと疑問を抱くほどだ。
「さっきまでのがルミナ。あなたはルミナっぽいだけ」
「あなたの印象だけでしょう……まぁいいわ。希少種なら答えられないのも納得。流浪でなければ成立しえないし、本体に辿り着いたなら居着くのも理解できる。だから―」
「だから?」
一呼吸の間を置いて彼女は告げる。
「―あの子に手を出すなら覚悟しなさい。この私、ルミナでもあるルーナ=アスがその存在の全てを塵一つ残さず消し去ってあげる」
拙い頭でもミグアはそれが脅しであることは理解できた。だが脅しであるという事実よりも、こんな者すら取り込んでいるルミナという存在がどれほどの危険な者であるのかということの方への驚きが大きく上回っていた。
「分かった」
「ホントかしら?。それじゃあの子に代わるわ。次に会う時が悪い方向に進まないことを願うわ。さよなら、災厄さん」
ルミナの右目から
「う……ん。あれ、ミグア?。あたし寝ちゃってた?」
「えーと、多分そう?」
「何それ。契約魔術がそんなに魔力使ったのかなぁ?。……いきなり倒れるみたいな寝方してなかった?、ミグアにもたれかかったみたいな感じでさ」
「そんなことはなかった……よ?」
ミグアが首をかしげる。眉だけがへの字になり、困っていることが顔だけで分かるようになっていた。
ずっと無表情のミグアしか見ていないルミナはジーっと見つめるくらいに驚く。
「直立で寝るなんて器用なことしてたのかな。それにしてもミグアってそんな顔もできるんだね。意外なものが見れた」
「意外……顔が?。どういうこと?」
「だっていつも無表情じゃない」
言いにくいことをズバッと言葉にするルミナ。ミグアは表情にこそ出ていないが、ほんの少し後ずさりするくらいにはショックを受けていた。
ルミナは言葉にしたと同時に振り向いて元々向かおうとしていた北の方へ身体を向けている。ショックを受けたミグアの様子は見ていなかった。
「ひどい」
「知らないわよ。だったら少しは表情豊かになる努力でもしたら?」
ぶっきらぼうに話すルミナと、それに頷きながらてくてくと歩いていくミグア。そこにある距離は暗殺者とその対象ではなく、護衛する者とされる者……でさえなく、どこか親しい者同士にすら近かった。
「どうやって?」
「さぁ?。表情豊かな誰かでも見ればいいんじゃない?。……視線を感じるのは気のせい?」
「多分、一番豊かなのルミナ」
「はぁ……好きにすればいいわ」
変な付き添いが出来てしまったとため息をつく。そう思いながらも何故か口角が上がっているルミナだった。
それが話せる相手ができたからなのか、それとも一人ではなくなったからなのか、全く別のことからなのかは誰にも分からなかった。
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