第31話 リリューの謝罪

「神様が……俺たちを?」


驚愕に目を見開く圭介。リリューは申し訳なさそうな顔で俯いていた。


「我ら魔術師は止めたかった。他世界から呼び寄せるなどできるかどうかも分からぬことを何故しなければならないのか、と」

「……」

「だが魔術師である我らは知識欲に支配される者。なけなしの理性で止めようとしたが…神託であるからという言葉を免罪符に、お主らを呼び寄せてしまった」

「嫌々じゃなかったってことか?」


どうも言いたいことがよく分からない。呼び寄せたくなかったと言いながら自分たちはできるか知りたいからやってみた?。二律背反とか言ったっけか、それに囚われたとでも言いたいのか?。

圭介が困惑しているのを横目にリリューは話し続ける。


「やりたくなかった。だがやらなければ神罰が下り死ぬ。それに、やるのであれば知識欲も疼くものがあった。それにまんまと釣られたのが我ら魔術師よ。軽蔑してくれても構わん」

「よく分からんが、俺から見たらそれは脅迫されたようなもんだろ。軽蔑する気も起きないな」


脅迫されて、餌を準備されて釣られたというなら前提が違う。それならリリューたちには怒りはしても軽蔑したりはしない。

怒りはするけどな。

怒気を高めている圭介の表情を見てリリューは下を向き謝罪した。


「すまぬ」

「謝られるよりか先に知りたいことがある。呼び出したってことは呼び出した人は分かっているんんだよな。俺と、あと二人。他にはいなかったのか?」


弱ったリリューに今最も気になっていることを尋ねる。

他にもいろいろ聞きたいことは多い。だが一つ一つ答えるようになるのはデルーゼさんが戻ってきてからだろう。ついさっき出て行ったところなのだからいつ帰ってくるかも分からない。

それに……直感だが、待ってる時間はないと判断した。


「3人だけだ。男が二人と女が一人。…もしや他に?」

「いたんだ、こっちに来る前に。もう一人女の子が。こっちに来てるかどうかも分からない」

「なんと……、だがすまぬ。我らにはそれを知り得る術がない。唯一知り得る方法があるとするならばそれは―神託に縋る以外にないと見てよいだろう」

「神託?。神様のお告げってやつか?」


なるほど、確かに呼び出させた当人ならば知っているはずだ。仮に知らないとしたらよっぼどの事故でもあったくらいだろうか?。

全く関与がないなら力を貸してくれるかもしれない。そう考えると一番の早道にも思えた。


「それが瑠美の場所を知るのに一番早そうだな」

「うむ。だが神託といったことならばまずは神使に話を通さねばならん。わしは魔術師だから手は出せん。デルーゼの方に頼む必要があるぞ」

「デルーゼさんにか。でも帰ってこないんだが…」

「いい加減落ち込んでいる頭を叩いてくるかの」

「残念ながらその必要はないですよ」


リリューの言葉に反応でもしたからのようにデルーゼが部屋に帰ってきた。だがそんなに元気はない様子だ。


「あんまりな事実過ぎて高位神使が軒並み倒れてましたよ」

「こちらとしてはおおよそ予想通りだな。ハークスには?」

「あの人は知っていたんでしょう?。全く動じていませんでしたよ。リリューさん、あなたから教えたんでしょう」

「さてな。ついつい口を滑らせたやもしれんが、神器とは禁忌の扱い。それを蹴っ飛ばした輩が相応の報いを受けるのは当然よ」

「ああ……。やっぱり倒れたんですね。目の前で」

「くくく。ハークスがあんなことになるなぞ笑いが止まらんかったわ」


リリューは悪戯が成功した子供のように笑っている。釣られて圭介も少しだけ笑ってしまう。

デルーゼさんが戻ってきたのは神託について聞きたかったから助かった。戻ってこなかったらリリューが呼びに行ってただろうけど、リリューはその後どっか行ってしまっていただろう。話を聞いている限りリリューと共に話を聞いた方が良いようにも思える。


「まぁそれはよい。こちらの急ぐべき話は終わった。あとはデルーゼに話は任せよう。……わしはいるか?」

「いりません。どっか行ってください」

「お願いできませんか?」


圭介とデルーゼの声が重なる。

リリューからすればどちらの意志を尊重するのかは明白だ。魔術師の長であるリリューは神使の長であるハークスとは親友と言っていい仲であり、神使たちの事情も多少は知っている。それ故に立場を考える必要もあまりないが、デルーゼたち神使しか知り得ないこともあるのは事実。

とは言っても圭介がこれからどうするのかといったことならば、魔術を教えることになるであろうリリューも知っておきたかった。


「ふむ。デルーゼ、わしも聞いてはいかんか?」

「構いませんけど。そんなに面白くもない話ですよ?」

「圭介殿に悪影響があってはいかんからな」

「どの口がいいますか?。さっき私たちに悪夢のようなこと仕掛けたばっかりだというのに」

「あの、俺からはお願いしたいです」


デルーゼの顔が曇る。デルーゼは葛藤するような百面相を一通り繰り広げると、凛とした表情になった。


「仕方ありませんね。圭介のお願いというならば、本当に仕方ないです」

「すみません」

「ハークスにも魔術師と神使共に居て説明するよう後で伝えておくとするかの。あいつも同じことになるかもしれん」

「………………別に構いませんよ」


かなり間が長かったがデルーゼさんも落ち着いてきたようだ。ようやく俺がこれからどうするのかという本題に入れる。


「リリューさんからは何を?」

「俺が知りたいことは神託くらいしか方法はないって話をしてました」


俺が馬鹿正直に答えると、デルーゼさんはまた驚いた顔をした。さっきまでの悲壮なそれではなく、鳩が豆鉄砲を食ったようなそれだ。

しかしさっきから随分と表情がコロコロと変わる人だな。これが神使という人たちなのだろうか?。それともデルーゼさんだけなのだろうか?。


「意外ですね。リリューさんなら魔術師にできぬことはない!、くらい言いそうなものですけど」

「わしとて出来んことくらいあるわ。ましてや今回は別世界のこと。完全に埒外のことじゃな」

「それで最も知り得る可能性のある神託、というわけですか。ふふん、納得です」


さっきとはうってかわって非常に上機嫌になるデルーゼ。だがそれも無理もないことだ。

神使は魔術師を下に見ており、いがみ合っている。それゆえに下手に出た方が格下と認識される。

もっとも、魔術師が下手に出た場合は調子に乗った神使が自滅する、ということが非常に多かったが。


「リリューさんも私たち神使の方が人の役に立つということがようやく分かったみたいですね」

「いいから早く圭介に説明せんか」

「ふふ、生意気ですね。ですがまぁいいでしょう」


デルーゼはコホンと息を一つつき、話を改める。


「神使とはラネルコ神を神様とする宗教の修道士と呼ばれるものです。宣教師になることもあります」

「そこまではリリューに聞いてる」

「ふむ…。先に神託について話しましょう。どうやらそちらを先に知りたがっているようですし」

「すまないな」

「いいえ。…神託とはラネルコ神様からのお言葉。三日に一度、教会にて下ります。魔術師以外なら受け入れていますので圭介さんも大丈夫です」


魔術師は無理、という言葉に引っ掛かりを覚える。いがみ合っているとは言え排斥がやり過ぎているのではないだろうか?。


「リリューは無理なのか?」

「無理ですね。魔術師がいると神託が下りません。そしてタイミングがよかったですね。今はまだ日が昇り切ってもいないところで……神託は今日の夕暮れの予定です。話し終わって移動しても十分に時間はあるでしょう」


神託が下りないというならば仕方ないのかもしれない。だがタイミングは確かによかった。起きて一日もかからずに瑠美の安否を確かめられるというのは幸運が付いているという他ないだろう。

だが足に力が入らないことに気づく。


「立ち上がることもきついんだが」

「両脇から支えれば大丈夫であろう。ハークスに話はつけておこう」

「あの人なら両脇どころか肩にでも乗せるんじゃないですか?」


リリューはデルーゼの話を無視して立ち上がる。ハークスという人に話をつけにいくのだろう。

どこか心細そうな視線に気づいたのか、リリューはコツンと持っている杖で地面をつつく。


「わっ!?」

「おお…!?」


地面からズズ…という音と共に円柱が生えてきた。そして円柱が何かの刃でカットされていき、球体が6つほどできる。4つは部屋の上の隅に、二つは圭介の頭の横辺りに浮かばせていた。

悪戯をする子供のようにリリューは笑う。


「監視じゃ。デルーゼが圭介殿を襲ったら問題だからの?」

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