第30話 魔術師リリューと神使デルーゼ

「失礼しました。まず私の名ですが、デルーゼ=サエルル。デルーゼとお呼びください。神使であり、あなた……圭介でしたか。あなたの付き役です。圭介のこれからについて…他の二人にも話しますが、これから私たちの国に慣れてもらいます」


デルーゼと名乗った女性とリリューは圭介の言葉に落ち着きを取り戻したのか、ベッドの横に椅子を置いて座った。

神使というのはよく分からないが、デルーゼさんは俺や晴斗たちのこれからについて話してくれるようだった。さっきの様子を見てさえいなければ落ち着きのある大人の女性と見えたが、後の祭りだ。


「慣れる?」

「はい。あなたは別の世界から来ました。事前に教えることはできなかったことから、こちらがどういった世界なのか知らない」

「はい」


当然だ。何も知らされていないのに知っていると言う方がおかしい。知っていると言えるのは詐欺師か何かだろう。


「なのでまずは知っておかなければならないことやどういった暮らしをしているのか。それを教えます」

「当然か。そもそも何で言葉が通じてるのかすら分かんないし」


圭介はデルーゼの方針に納得して頷く。

確かに二人と合流するだとか瑠美に会うだとか考えなきゃいけないことは山ほどある。けれど今は歩くこともできないし、歩けたとしても目的の場所までの道が分からなかったりと困ることが多いだろう。

それならまずは周囲のことを知ることから始めるのは妥当だろう。


「待て、その前に一つだけは伝えねばならんことがある」


デルーゼとの会話に横槍を挟むリリュー。

デルーゼさんは苦々しい顔を隠そうともしていない。デルーゼさんの方の話をする流れになっていたので当たり前かもしれない。

圭介も話が長くなるのなら…と考えたが、どこか切羽詰まっているようなリリューの表情を見て態度改める。

そして圭介にとってはそれは間違っていなかった。


「その腕輪。絶対に外してはならん。外したら死ぬと思え」





「この腕輪を外したら死ぬ?」


圭介だけでなくデルーゼも目を見開いたまま固まっている。

デルーゼもこの事実は知らなかった。魔術師と神使で連携がうまくとれていない現状、情報共有ができていなかったのだ。

もっともそれは同時にデルーゼたち神使が独自に知ることはリリューたち魔術師は知らないということでもある。

いきなり告げられた言葉に理解が追いつかない。死ぬ?、俺が?。


「それは神器と呼ばれる道具。圭介殿が魔力を全く持たなかったゆえ装着できるものだ」

「神器。この腕輪が?」

「待ってください、リリューさん。魔力を持たなかった?、ありますよね?」


今度はリリューが苦々しい顔を隠そうともしない。苦々しいといよりも怒っていると言ってもいいかもしれない。


「デルーゼは黙っとれ。そもそも神器を準備しろと言ったのは神託であろう。あれらの神器は本来であれば調査することすら禁忌。それを使用するというのだから禁忌すら折り曲げて調査したのだ」

「その結果が外したら死ぬ?」

「圭介殿、過程はちゃんと聞くものだぞ?。調査したところ、あれらは魔力が無きに近い者でなければ装着できないことが分かった」

「神託だったのは事実ですが……、そんなことが」


リリューはどこか嬉しそうな顔をしながら話す。圭介が説明を聞いてくれていることとデルーゼが驚いているのがその理由だった。


「そしてどういう訳か、装着した者の魔力適性を一時的に引き上げる効果を持つようだ。まるで先人に教えられるような仕組みなのは分かったが、調査できたのはそこまでだった」


リリューが調査した結果を話し終わったと同時にデルーゼが驚愕の声をはり上げた。


「魔力適性を引き上げる!?。冗談はやめてください!。そんなことができるなんてあり得ない!」

「それは私ら魔術師でさえ同じ意見だ。信じられなかった。こんなものがあるなぞあり得ない、と」

「だったら調査がおかしかったんじゃないですか!?」

「いいや、それはない。なぜなら神器の装着できる条件もまたあり得ないものだったからな」

「あ…、魔力がない…」


納得と共に意気消沈するデルーゼ。圭介にはリリューがデルーゼさんの扱い方が分かっているようにすら見えた。

圭介は話についていけなかったが、要点だけは分かっていた。魔力とかいうのがない人だけが使えて、魔力を使える適性を付けてくれるといった腕輪だと。

予想を立てるとこういうことだろうか?。


「外したら死ぬっていうのは、魔力ってのが分からなくなるってことですか?」


リリューは満足そうな顔をしながら圭介に頷く。対照的にデルーゼは下を向いて俯いていた。


「うむ。この世界に満ちている魔力、それが分からないということは世界が分からないということ。すなわち自分自身が分からないことと同じ。最後は呼吸も何もかも分からなくなり、死んでしまう」

「自分自身が、呼吸がなくなる?。それは…」


心当たりが、ある。

あの時、この世界に来る前。感覚が分からなくなって呼吸ができなくなった。あの時は分からなかったが、自分自身が分からなくなるという表現はしっくりくるものだった。


「安心しろ。神器は装着している間だけ一時的に魔力適性を引き上げるだけだが、その状態で魔術を使えば適正も成長する。そうすれば外しても死ぬなどということはなくなる。時間は……それほど太陽が落ちることもないだろう」

「なるほど。身体が回復するのが確定してる時の生命維持装置みたいなもんか」

「いじそう……?。すまない、まだ言葉が慣れていないようだ」


あ、それも分からないことの一つだった。


「リリュー、何で言葉が通じるんだ?。さっきアーとか言ってたのにもう結構通じてるし」


さっきデルーゼさんにも少しだけ疑問だと話したことだ。地球でも日本語と英語で全然違う言葉になるし通じなくなる。別世界と地球ならなおさらひどいことになるはずだ。

デルーゼさんも興味はあったようで、口を挟むことはなかった。


「それも神器の効果の一つだ。どうやら神器とは複数の種族に関わり合いのあるものであり、言葉が通じないのが面倒だったからと……なぜかこれだけはすぐに調査完了したな」

「待ちなさい。複数の種族に関わる?。そんなものを使わせたのですか?」


鼻持ちならない様子でデルーゼはリリューに詰め寄る。

圭介は魔術師についてはリリューを見てなんとなく察しているが、デルーゼの神使というのは全く分かっていない。知ったのは魔術師とはいがみ合う関係というだけだ。

その程度の知識であるがゆえに何がデルーゼの琴線に触れたのか分からなかった。


「ラネルコ様の神託だった。神罰が下っていない以上、あれらの神器で間違いではなかったことも証明されておる」

「だからって…いやラネルコ様を疑ってるわけではないけれど……」


デルーゼはやるせない感情が隠せない。それは神使というラネルコ教信者だから。神と崇めている存在が特別な扱いをしている。それも限りなくグレーな部分でだ。

ラネルコ神は人族には基本的に平等だ。但し魔術師と人族以外にはその慈悲は与えられない。その神が魔術師に人族以外と話せるようになる道具を与えた。

熱心なラネルコ教信者であるデルーゼには余りにも信じられない事実だった。だがその事実を否定することはできない。なぜならば―


「―ラネルコ様との約束を破れば神罰が下り、破った者は死に至る。…わしは今生きておるな」

「っ!!!。そんなっ!!」


詰め寄ったデルーゼが膝から崩れ落ちる。リリューが、リリューたち魔術師が生きている以上、神託に従ったのは否定のできない事実。

意気揚々と神託を行った結果、その先に神器の性能という落とし穴があったことは魔術師を下に見るデルーゼたち神使たちには知ることができないことだった。

リリューは崩れ落ちたデルーゼを見下ろす。だがその表情は見下すようなものではなかった。


「デルーゼ。わしは圭介たちの体調には興味はある。だが彼らに何をさせるのかといったことは知らぬ。それはお前が教えねばならんことであろう?」

「……少しだけ時間を頂戴」


そう言ってデルーゼはとぼとぼと部屋から出て行った。

そんなに衝撃的なことだったのだろうか?。確かに神様との契約があって、それを破ると本当に死ぬなんてことには驚いた。けれど俺からすればこんな世界にやってきてマトモな契約なんてできるかも分からない状況だ。それなら重い条件を括り付けられれば対等に扱われるというのは逆に助かることだろう。


「圭介殿。先ほど圭介殿には魔術師と神使の二人がつくといった。そのとき三つの原因があると言ったであろう?」

「ん?、あ、ああ」

「それがこれよ。神託による約束が二つあった。そして破れないことで三つだ。そして二つの神託は呼び出した者へ付く者は魔術師だけにするな、神使だけにするな、だ」


契約が破れないのであれば確かに納得だ。神託の二つで神様が何をしたいのかは全く分からないが。


「それとあれは気にするな。デルーゼは盲信的な神使ゆえに耐えられなかっただけよ」

「神使ってさっきデルーゼさんが名乗った時の?。何なんですか?、それ」

「神使か…。圭介殿の世界で言うところのシスターと言った修道士に近い。ラネルコ教と呼ばれる宗教の修道士だ。なのだがな…」


リリューは頭を軽く掻くと説明するのもめんどくさいと言いたそうな表情になった。さっきまでの真面目な顔はそこにはない。


「…あの宗教は信じれば信じるほどラネルコ様から力を授かる。そこに魔力の発展も何も考えずに、信じるだけでよいのだ。それは我ら魔術師からしたら面倒極まりないことでな」

「信じるだけで?。何だそれ…って待ってくれ。神様?、実際にいるのか?」


圭介には信じられないことだった。

地球でも宗教はあるし、日本でも八百万の神々という考え方は存在する。だがそれは実在しないものであり、あくまで考え方に過ぎない。

それが実在するとなると、圭介にはまるで理解の及ばない領域の話だった。

リリューは顔を背けてから断言した。


「いる。間違いなくな」

「じゃあそのらね……神様に頼めば俺たちは元の世界には帰れたりしないのか?」


地球では神様とは全知全能の存在とも言われる。それならもしかしたら帰れるかもしれないという希望は存在するはずだ。

だが額に一筋の汗を流したリリューの口からは絶望的な言葉が飛び出した。


「それはできぬ。なぜなら圭介殿たちを呼び出すよう指示を出したのがラネルコ様だからな」

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