第29話 繋がりの目覚め

「どこだここ」


目が覚めると知らない天井が目に入った。

天井には何も描かれていないものの、ところどころ凸凹なところがあり模様なのかと疑ってしまう。

塗装などされていないような造り。それは現代の家や施設には当てはまらないものだった。


「息ができる。身体は……重いけど、一日寝れば治るくらいの疲労感ってところ」


圭介は自身の身体を一つ一つ確認していく。疲労感はひどかったものの、耐えられない程のものではなかった。

夢、あの腕輪と話していたのは何かの間違いだったのだろうか?。瑠美が狼に殺される光景は何を示したかったのだろうか?。

上半身を起き上がらせて掛けられているシーツをどかす。右腕を見下ろすとそこには夢に見ていた腕輪が嵌められていた。


「こっちは夢じゃないのか」


腕輪は右腕にがっちり嵌っている。まるで外れる気配はなさそうだ。


「夢でみた時みたいに話しかけてはくれないのか」


圭介は右腕をぶんぶんと振り回したりしてみるも腕輪には何の反応もない。

何か条件があるのだろうか?。例えば俺が疲労しているときだとか、寝ているときだとか。

右腕に向けていた顔をあげる。部屋の中を見渡すとベッドは自分のも含めて3つあった。

そこにあった顔はよく見知った顔だった。


「晴斗に優香?。お前たちも一緒に来てたのか。……いや、確かあの時は二人と瑠美といっしょにいたな」


ここに来る前のことを思い出す。

学校からの帰り道、コンビニに寄ろうって信号機の近くだったはずだ。俺、瑠美、晴斗、優香の4人で帰ってた。

そこで何でか分からないが距離感がおかしくなって、徐々に五感が曖昧になって呼吸も止まり、まるで眠るように倒れた。

気づいたら何かすごく苦しいことがあって、夢の中にいた。


「何が起きてるのかさっぱりだ。だけど分かることが一つだけ……瑠美はどこだ?」


何があったのかが全く分からない。気づいたらここにいた、みたいな話だ。だけど四人が巻き込まれたはずなのにここにいるのは3人だけ。瑠美の所在が不明だ。

巻き込まれなかったならそれが理想だろう。けれどあの悪夢がそうではないと告げているようだった。


「腕輪があるならあの悪夢も何か意味がある?。もし瑠美がこっちに来てるならはぐれた?。……分からないな」


夢がどういう意味をしていたのか説明があるのなら受けたいところだ。もっとも今はそれよりも二人を起こすのが先決か。


「おい晴t」


圭介が晴斗に声をかけようとしたその時、部屋の扉が開かれた。確かスイングドアとかいうやつだ。RPGの酒場とかに使われていた記憶がある。

入ってきたのは白髪の老人だった。木の杖と黒いローブにとんがり帽子という、まるで童話の魔法使いのような出で立ちだ。

老人は圭介のベッドへと近づき、声をかける。


「気づいたか。異世界人アー」

「誰?。あとアーって何だ?。俺の名前は圭介だ」


異世界人という言葉の意味といい、いろいろと説明を受けさせてもらいたいところだ。


「圭介殿か、失礼した。アーとは数える単語の初めの言葉のことだ」

「1ってことか?。異世界人一人目って意味か、随分とひどい言い方をする。あとそもそも異世界って……」

「ひどい?。名前も分からないのだから仕方あるまい。質問が多いのは仕方ないことだが…先にこちらの名前を教えておこう。長い付き合いになるやもしれんからの。わしの名はリリュー=マニス、リリューと呼べ」


白髪の老人はリリューというらしい。長い付き合いになるかも、リリューと呼べ、ということはそちらが名前と見ていいだろう。

英語と同じだ。先に名前がきてあとから苗字がくるのだろう。


「リリューさんだな、分かった。質問したいことは山ほどあるんだが、二人が起きてからのがいいんじゃないか?」


効率的に考えれば同時に説明した方が楽なはずだ。が、二人の方を見ても熟睡しているのか起きる様子は見られない。


「それには及ばん。一人一人に我ら魔術師と神使が付くことになっておる」

「魔術師?神使?」

「うむ。だがその前に……場所を移そう。ここではそこの二人に響く」

「場所を?。今の俺はマトモには動けないんだが……。なっ!?」


動けないと話す圭介をリリューはベッドごとほんの少しだけ浮遊させていた。

リリューはベッドごと浮かべて移動させるつもりのようだ。さっき我ら魔術師、とか言ってたことからするとこれが魔術だろうか?

異世界、というのもなんとなく分かってきた。地球とは別の法則の世界なのだろう。

リリューはベッドごと浮かせた圭介と共に部屋を出た。出たところは通路になっており、見ただけでも100mはあろう長さとベッドごと移動しても問題ない広さをしていた。


「広い……」

「これくらいは当然。ここは王城。人の国でも最上に位置する場所よ」


王城。ということは王様がいるということだ。さらに言えば王政をとっていると考えていいだろう。完全に地球の日本とは別の場所だ。突如拉致されて来たようなものだからか、実感などまるで湧かない。


「……感動に浸っているところ悪いが、そちらの世界を知りたいがために記憶を少し覗かせて頂いた」

「は?」


リリューの言葉に驚く圭介。それも当然である。まず地球の人間であれば記憶を覗くという行為ができることが信じられない事実である。それに加えて、日本の人間である圭介からすればプライバシーの侵害であることもあった。


「安心しろ。友との関係性といったことには触れてはおらん。文化や独自の言葉を知りたかっただけよ。まさか魔力がない世界とはな……信じられん」


リリューは白いあごひげをさすりながら目をそぼめる。表情こそ見えないものの驚いてはいるようだ。

プライバシーには触れてないと言ったがホントかどうかは疑わしい。


「ホントか?。全く信用できないんだが」

「わしは魔術師、知りたいものなど魔力が関わるところだけよ。知りたいのは魔力のなかった圭介殿の身体構造ではあれど、他の人との関係などどうでもいい」


魔術師とは研究者のような性質を持っているようだ。一つのことだけを追求しそれにしか興味はなく、それ以外のことは心底どうでもいい。人によっては寝食すら忘れることもあるという。

そして俺の身体に興味がある、ということは俺は研究材料といったところだろうか?。モルモット気分なんてごめんだが。

リリューはため息を一つ吐くと愚痴をこぼすように圭介に告げる。


「興味はあるが安心せい。圭介殿には魔術師だけでなく神使も付く。魔術師と神使は敵対こそしてないものの、牽制し合う関係。そう簡単に手出しはせん」

「……何でそんな関係のやつと同時なんだ?。どっちかだけでいいんじゃないのか?」

「原因は二つ、いや三つだな。だがそう易々と話していい内容ではない。こんな場所ではな」


通路を歩くリリューは圭介だけに伝えられる程度の声量で話す。通路はベッドを横にしても余裕があるほどであり、反響音も大きくはない。

だがそもそも重要な話なら誰にも聞こえないところで話すはずだ。三者面談で一部屋貸し切るようなものだろう。


「分かった。それでどこまで行くんだ?」

「あと少し。三つほど隣の部屋だ」


一つ一つの部屋が学校の教室よりも大きいからか一部屋先へ移動するだけでも20秒ほどは歩く。リリューは黙ったまま通り過ぎていく。

圭介も話しかけても話してくれないと判断し、話しかけることはしなかった。

リリューは一分ほど歩き、扉の前で立ち止まる。


「ここだ」

「ようやくか。二人と離された理由とかも教えてくれるんだろうな?」

「当たり前よ。圭介殿たちには全て伝えねばならんからな」


リリューは不満顔を隠さずに扉を開け、ベッドごと圭介も一緒に連れて部屋の中に入っていく。。ここに来るまでもだがどうやら扉は全てスイングドア形式らしい。

それだと会話が筒抜けになったりしないのだろうか?。というかそんな扉だから通路で重要な会話をするなと言われているのでは?。

部屋の中はさっきまで寝ていた部屋とそこまで変わらない。違いは剣や槍といった武器が数本立てかけられているくらいだろうか。


「その辺でいいか」

「ん?。わっ!?」


浮かんでいたベッドが地面に降ろされる。操作が雑になっていたのか少し衝撃が走った。敷いてある布団のようなものがなければ腰を痛めていたかもしれない。


「びっくりさせないでくれ…」

「む?、肉体強度が低いのだな。やはり魔力がほぼないからか……この程度で傷を負うのでは生きてはいけんな」


リリューはあごひげをさすり、眉をひそめている。馬鹿にしているようにも聞こえたが表情は心配そうにも見えた。


「どういうことだ?」

「魔力がないということは」

「待たせましたリリューさん!」

「……説明を続けても?」


リリューが話し始めたタイミングで扉を開けて入ってきたのは20代にも見える女性だった。白いローブに黒い長髪。リリューの服装とはまるで正反対になることを意識したような服装だ。


「ダメです。神使の私が来たんですから彼の扱いについて話すのが先です」

「デルーゼ。彼は」

「ダメです。どうせ長くなるでしょう?」

「三刻もいらんくらいだが」

「十分過ぎます!。こちらの話の方が重要なんですから」

「重要だと!?。こちらの方が彼にとっては重要な話だ!」


いがみ合う関係というのは本当のようだ。魔術師が研究者ならもう片方はその説明を受ける側なのだろう。分かりづらい説明が長いのは授業でも眠くなるから仕方ないとも言える。

このままだと話が進まないので口を挟むことにした。


「あの、どっちも話は聞くので早く済む方からお願いします」

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