第22話 ゼルの性能

ガイカルドの攻勢は終わらない。口の中に全身から集めた魔力を溜め込む。咆哮と共に全身で放つブレス、その前準備である。3秒ほどの時間がかかるが、先ほどの咆哮程度のブレスとは比べ物にならない破壊力を持っており、ハウタイルの森ごと消し飛ぶほどの威力だった―放たれればの話だが。

ガイカルドの瞳に、目の前にワープしてきたかのように彼女が映し出される。


「baa!?」


あまりにも突然に、文字通り右目の前に現れた彼女にガイカルドは驚く。しかも既にゼルは振り上げられており、あとは振り下ろすだけで瞳が削られるのは避けられなかった。

故にガイカルドは右目で瞬きを一つした。その巨体のために瞬きさえも時間がかかるものだが、振り下ろされる前にギリギリで間に合う。


たかが瞬き一つだが、災害獣の巨体で行われる瞬きである。目の前で受ければ突風のようにしか感じられない風が吹き荒れる。その勢いは人の大きさ程度の物体を吹き飛ばすには何の問題もなかった。

だが直後、ガイカルドのまぶたは削られた。槌の振られた跡が綺麗に傷跡として残り、その傷跡は瞳まで届いていた。


自らの身体に傷が付いたガイカルドが緊急的に魔力を堅さという強度へと変換し、動けない代わりに誰にも傷つけられないように鎧のように魔力を纏う。

ガイカルドは感覚的に行っていたが、それは鉄塊化と呼ばれる魔術だった。自身が動けなくなる代わりに何も受け付けなくなるという防御魔術の一つだった。


ブレスのためのガイカルドが溜め込もうとしていた魔力が再び全身へと散っていく。ブレスは放たれなかったものの、溜め込んだ魔力は消えはしない。ならばちょうどよいと言わんばかりに魔力を全身に循環させ、そこからガイカルドは適切に全身に魔力を纏わせていく。


それは言うなれば全身外殻。見た目は皮膚が外殻のように変化しただけだが、ゼルの前身たるバルとウルではほんの少しの傷しか付けられなかったものが全身へと展開される。その意味が分からない彼女ではなかった。

さらにガイカルドは彼女が尻尾から避け、目の前に現れた現象。傷つけられた今、それらがなぜ引き起こされたのか理解できていた。あの槌が危険だ、と。


「タス……カッ…タ」


ガイカルドの頭のほぼ真下に着地した彼女が両手に構えるゼルという槌。扱っている彼女がこれが途轍もない性能を持っているということに気づいたのは生えてきた角によって吹き飛ばされた後だった。

あの瞬間、一瞬魔力が途切れ両手に力が入らなかった彼女はゼルを手放していた。吹き飛ばされ、上空から落ちてくる尻尾を見て死を覚悟した彼女だが、それが当たった瞬間、ガイカルドの近くに落ちているゼルの場所にいた。


何が起きたのか分からなかったが、本能のままガイカルドへの攻撃を仕掛けた。魔力が途切れたままガイカルドの頭に跳躍し瞳を削ろうとした。ガイカルドの瞬きによって再び吹き飛ばされそうになったが、今度はゼルを離さないと魔力を込めた。その結果、その場に引力でも発生したかのように吹き飛ばされなくなり、瞳を削ることに成功した。


つまりガイカルドの攻撃を避けたり受けきったりできたのは全部ゼルのおかげだった。そしてそれを彼女はなんとなく分かっていた。同時に使い方も感覚的にだが把握しつつあった。


「……コ…レ」


腹部にささったガイカルドの角に右手で触れる。目の前に本体がいるからか、とんでもなく硬質化されている。傷つけることなど許さないと語っているようにも感じ取れた。

引き抜くか押して貫通させるか、彼女はどちらも選ばなかった。


両手槌ゼルの大きさが小さくなり、片手で持てるハンマーほどになる。身体と一体化するように考えつつ魔力を込め、その頭を腹部の角にカツンと当てる。ゼルの機能をなんとなく分かっているからこその行為だった。

腹部に背中まで貫通していた角は形を保ったままに液状化していく。そして彼女の肉体の損傷箇所へ液状化した角がはまり込み、それ以外は重力に従って地面へと落ちていく。損傷箇所の液体は即座に固まり、形状は元の彼女の肉体へと復元された。


ガイカルドが目の前にいるためすぐさまゼルを元の大きさに戻しておく。こいつが魔力でとんでもなく硬くなる代わりに動けなくなるってやつを使っているのは分かっている。外見が変わっていっているが、それよりも今がチャンスだ。

ゼルの最大威力を使って、こいつの頭をカチ割ってこいつの中のアタシを手に入れる。


「返セ……。ア…タ……シ」


全身から残っている魔力を噴出させ、ゼルへと纏わせる。魔力を込める際に乞い願うはこいつの中のアタシを除く全身を粉々に砕くイメージ。それを強く、ただ強くイメージする。

彼女のゼルへの理解は正しいものだった。ゼルの主な魔法の能力は、「魔力を込められたイメージを可能な限り再現すること」と、「込められた魔力で使い手の危機を回避すること」の二つである。この機能により前者にてガイカルドの瞳を削ることが、後者によりガイカルドの尻尾から回避することができていた。さらにゼルに込められた魔力はルーナが生成した段階で貯蔵できる最大限まで詰め込まれている。その性能ならば例え硬さに特化した災害獣だろうが、正しく運用さえすれば粉々に粉砕することさえ可能だった。


ガイカルドはその異変には気づいていた。だがこの状態となったガイカルドに決定的な一撃を与えたのは、戦ってきた災害獣でさえ一匹もいなかった。それは自身の攻撃も含めて、である。それゆえに自信の魔力を循環させて全身外殻をひたすらに強化させ続ける。絶対に破れない強固な鎧、それこそがガイカルドが災害獣となり得た武器なのだから。


「返セ……」


彼女は迷わずガイカルドの頭へと跳躍する。全身が外殻のようになっているガイカルドだが、右目の共鳴がガイカルドの頭はそこだと彼女に教えてくれる。

ゼルを振り上げる。魔力の収束がゼルの頭を中心に衛星を描くように線や点を描き出す。それはさながら一つの天体だった。

彼女はそれがかつて魔法と呼ばれた技術の一つとなっていたことは知らない。だが彼女の身体が、ゼルが、無意識的にその魔法となるように魔力の込め方を行っていた。


ガイカルドの頭は外殻と同様に鋭利な刃が所狭しと並んでいる。その全てが彼女の全身を切り刻むことができるほどのものだ。さらに鉄塊化の影響もあり、同じ災害獣でさえ傷つけることさえままならないほどになっていた。


「返セェェェ!!!」


ゼルの柄がガイカルドの外殻刃を超える程に長くなる。そして彼女は咆哮と共に全力でゼルを振り下ろした。

ゼルの頭がガイカルドの外殻刃へ当たる瞬間、ガイカルドの全長ほどもある魔法陣が展開される。それはただ破壊のためだけに展開されていた。

本来なら衝撃はガイカルドの頭ただ一点のみである。だがこの魔法陣はその衝撃を無数に分裂させ、全身に同時に当たるように変貌させる。そしてその威力は分散されず、同じ威力が全身に走るという破格の性能を持っていた。


衝撃によりガイカルドを覆う外殻刃が砕け、外殻にゼルの頭が迫る。

鉄塊化により動けないガイカルドは生命力すら燃やして外殻をさらに硬くしていく。破壊されないと分かっているが、あの槌だけは余りにも危険が過ぎる。さらに力を注ぎ、外殻を硬くすることで不安を取り除いておく。

その判断がガイカルドにとって致命的なミスだった。生命力を燃やすという行為は、自らの生存本能を刺激する行為に他ならない。それは身体の至る所に影響し、活性化させることで熱や魔力にも近しい力を生み出すというものだ。



もちろんガイカルドが持つ異様な力の源、彼女との共鳴を生み出している箇所も例外ではなかった。



「ba」


ガイカルドの外殻は生命力によって確かに硬化された。しかしガイカルドの頭、ゼルが振り下ろされる場所だけは外殻が周囲に引き寄せられるように剥がれ、生身をさらけ出してしまう。


さらけ出した直後、ゼルの衝撃がガイカルドの頭を貫いた。

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