第20話 彼女は目覚めル

好機。ガイカルドがそう判断するのも無理はないことだった。

あの武器は途轍もない力を持っている。自分でさえ砕けそうな力だ。だがそれだけだ。使い手のいない武器に何の意味がある。

それを作るために目の前で倒れ込むなど、災害獣足る自分からすれば殺せと言っているようなものだ。

小さなドワーフへとガイカルドは右手を振り上げ、そのまま振り下ろした。それで終わるはずだった。


「baa……aa!?」


地面に亀裂は走っている。右手は振り下ろしたはずだ。それは間違っていない。


なのになぜこのドワーフはそこにいる?






ゆらゆらと漂う意識の中、誰かに呼ばれた気がした。


「る……み」


男の人の声だ。懇願するような、涙を流すような声。あたしを知っているのだろうか。あたしはあたしのことを知らないというのに。

けれど暖かい何かを感じる。この人に会わなければいけない、声が聞こえただけでそんな想いが強くなってくる。


「あなたに身体をあげる」


今度は女性の声。それは気高い女王のような、しかして気弱な少女のようにも聞こえた。この人は男の人とはまるで真逆。悲しむような、何かを失くしたような声。会ってはいけないとあたしの何かが囁くような、そんな気持ちにさせる。


「知識をあげる」


同じ女性の声。身体に知識に……この人はあたしが知ってる人?。あたしはこんな声を聴いたことなどないというのに、尽くしてくれるのは不気味ですらある。と言っても今のあたしは不気味を通り越してるような存在だ。頂けるものがあるなら頂きたい。


「経験をあげる―けど、私の想いだけは渡さない。」


そんなものはいらない。あたしはあたしだ。第一そんなものをもらっても使い道なんてないでしょう。

とはいえ……あたしのために、それが役に立つというなら頂くけれど。


「これを、あなたの道標にはしてもいいわ」


これって、どれのこと?。近くに感じ取れるハンマーみたいな何かのことなのか、聞こえている女性の身体のことなのか、……それともちょっと離れたところにいる山みたいなデカさをしたトカゲみたいなののことなのか。


(どれにせよ、有難く頂きましょう)


今のあたしには何もないと言っていい。あるのは右目に針の穴ほどの視界だけだ。それ以外は何もない。だから身体が、知識が、魔力が、自らを構成するモノが欲しい。

あげるというなら頂くし、なんなら一度土くれに移ったときのように実体を得て奪おうともしましょう。それが今のあたしが唯一望むこと。


「返セ」


それを言葉にしようとするとなぜかこうなってしまう。寄越せと言いたいのに返せという言葉に変換される。あたしが今みたいになる前に起きた何かでこんなことになってるんだろうけど、何が起きたのか覚えていない。

けど今ならなんとなく分かる。針の穴ほどの視界であのトカゲの頭に見えた、小さなモノ―眼球が一つと、脳のようなモノ。あれはあたしのモノだ。あたしの一つだ。


「返セ」


返セ、アレはあたしだ。誰にも渡サナイ。奪ったヤツラなど絶対二、許サナイ。


視界が暗転する。






身体が勝手に倒れ込んでいた体勢から即座に立ち上がらせる。そして目の前にはさっきまで見ていた山のようなトカゲの姿。さらにトカゲは足を振り下ろしてきていた。トカゲの足といっても大きさはその辺りの大岩よりも遥かにでかい。

深紅と金が混じった色の指輪から彼女の背丈の倍以上はある大きな槌が展開され、彼女は振り下ろされる手に向けて思い切り振り上げた。

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