第19話 あたしへと託すために

「baaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」


頭上に乗られる、ということがガイカルドの逆鱗に触れる。

それは誇りであり、竜という種族に生まれ落ちたが故に常に上位であれという種族的本能であり、災害となり果てた自らの存在意義であった。

故にガイカルドは激昂した。たかだか少し強い程度のドワーフが、災害足る自分の誇りを明確に汚しきたのだから。


外殻の刃がさらに鋭くなる。ナイフ程度の鋭利さが刀のようにさらに鋭く。

外殻の色がさらに黒くなる。灰色に近い黒から、漆黒のような黒へ。

背中の山が吹き飛ばされる。両前足を地面から思い切り離し、まるで立ち上がるようにして山をナルゼラ荒野へと吹き飛ばす。

牙が、爪が、太く鋭くなっていく。それはローヴルフを思わせるような鋭利さにも似ていた。


「……やっぱり、か」


臨戦態勢と言うにふさわしい姿となったガイカルド。その正面の地上にルーナは立っていた。ルーナは臨戦態勢を解き、素手となっていた。

右目が疼く。まるで目の前のこいつと共鳴するかのようなそれだ。ガイカルドを臨戦態勢にすることで、左目の視界での小さく見えていたところ―共鳴していた部分が強く発光していた。

ルーナはこの現象を知っている。かつてドワーフの国で魔物を研究していた時に極々稀に起きていた現象だった。まさか自分自身がその被験者となるとは思いもしなかった。

そしてこの現象が起きた以上、私自身の死は免れない。


「もう一人、私がいるのでしょう。ならば私の身体をあげる、知識をあげる、経験をあげる―」


まるで諭すかのようにルーナは言葉を紡ぐ。それが最期であるかのように魔力を一気に周囲へと放出・浸透させていく。


「―けど私の想いだけは渡さない。あの人への想い、私の全て。例え私がどんな存在になったとしても私にだけ繋ぎ続ける」


臨戦態勢となったガイカルドも、いきなり起きた目の前の魔力の噴出に脅威を感じ動けないでいた。だが勢いが良すぎるがためにこの噴出はそう長いこと続かない、それもガイカルドは分かっていた。

噴出する魔力はルーナを中心に周囲の土を吹き荒らす。それは嵐のように吹き荒れていく。


「これを、あなたの道標にはしてもいいわ。っ、私のっ、最期のっ!、魔術!!」


星の地殻から噴出するが如く、ルーナの周囲に土や岩の嵐が荒れ狂う。それは現存する魔術師に使い手はいないとされる魔術―否、魔法。

自身の生命力と魔力、さらに精神力、そして魂や自らの存在すら削ることで発動される、数万年以上前に消失したとされる技術。


「星魔法―アームズ」


自らの両手にはめている指輪が展開され、バルとウルが槌となって現れる。二つの土は回転し、まるで一つの球体のように高速になっていく。

さらに大きさは変わらないままに周囲に吹き荒れる土や岩も呑み込み、どんどん加速していく。それはさながら全てを呑み込むブラックホールのようだった。

噴出していた魔力すら呑み込み始めた時、二つの球体はそのサイズを胎動するように小さくしていく。3m程から2mへ、2mから1mへ、小さくなっていく。それを視認すると、ルーナは魔力の噴出を止め、魔力を別の形へと変えていく。


球体の大きさがルーナの拳程になると同時に、その加速は終わり、ぼろぼろと崩れ始めた。崩れた破片がルーナが形成した魔力に張り付いていく。

それは全てを砕くことを叶える槌。かつてルーナが愛する人と共に作った相棒。ドワーフという種族においてさえ余りにも突出し過ぎた頂点の武器。


「ごめんなさい…あなた」


愛槌―ゼルの誕生を見届けると、ルーナの生命力と魔力は尽き果てた。

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