第18話 ルーナの選択

竜のような体躯、だがその大きさは桁外れだ。全長にすれば数kmを超えており、身体を支えきれないのか百足のような足が身体や尻尾から生えている。

何よりその夜よりも暗い漆黒の体色。外殻と呼ばれている部位だが、傍目から見ただけでも恐ろしく強固だということが分かってしまう。


「これ……」


だがルーナはそんなことよりも右目の激痛が収まったことに気をとられていた。正確には、右目に現れたルーナ自身の視界ではない光景に、だ。

ルーナが見ていたのはガイカルドの姿だけのはずだった。だがガイカルドの姿を見たと同時に右目の激痛が収まり、視界がブレた。左目と右目で見え方が違かったからこそ、それは起きていた。

左目ではガイカルドの姿が、右目ではガイカルドの姿―だけではなくガイカルドの中にある極々小さい何かが、ルーナの視界には映っていた。

あれに近づけ、頭の中の何かが囁いた。


「仕方ない!。近づいたらすぐ逃げるからね!」


本音を言えば今すぐに逃げたい。災害の真ん中に突っ走る馬鹿がなぜいると思うのか。

だが即決で行くと決めた。それが何故だかは私には分からないが、そうしなければ失うモノが大きいと、あたしの中の何かが叫んでいた。


ガイカルドが動くたびに地響きが鳴る。地上から近づこうものなら即座に吹き飛ばされるほどの衝撃だ。跳躍したなら後は落ちるだけのルーナだったが、魔力を足に込めて空中を蹴り、空を駆けていっていた。地上を走るよりも遥かに燃費の悪い消費での移動だったが、地上を走る方が遥かに危険な今は仕方のないことだった。


「背中の山の中、ではなさそうね」


ガイカルドを構成する箇所でも比較的安全な背中の山に足を踏みいれた。だが山の中枢のさらに下にでもあるかのようなところに……、つまり右目に映る小さな何かはガイカルドの身体の中のどこかにあるようだ。

これ以上身体に近づくと敵として認識されかねない。災害獣が敵として認識するということは即ち身体は消滅し死に至ることを意味する。

それほどの危険を伴うというにもかかわらず、あたしの身体は真下へ、ガイカルドの身体へと動き出していた。


「それほど大事なモノをこいつは持ってる?。私に心当たりはないけど……仕方ない。全力を出す覚悟を決めましょう」


ガイカルドの背中の山からガイカルドの外殻へと走るルーナは魔力を放出し、バルとウルに力を込める。


「baaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」


ガイカルドの中から身体を微塵にするかのような方向がハウタイルの森全域に響く。咆哮によって空からは鳥やワイバーンといった魔物が墜落していく。地上は魔物や周囲の木々が全て吹き飛ばされていた。


「かはっ!」


間近にいた私も瞬時に魔力を放出して鎧のように扱っていなければ死んでいただろう。身体にダメージがないとは言わないが、この程度で倒れていたら……かつて愛するあの人と共に災害を討伐した者として恥をさらしているようなものだろう。


「はぁぁあああ!」


バルとウルに魔力を込め、走ってきた勢いも込めて外殻へと振り下ろす。グシャ、という音が聞こえ外殻がほんの少し割れる。だがそれは数kmを超える巨体に数mmの亀裂だった。


「やっぱり硬過ぎる!」


不意打ち気味、それなりの全力でこの程度となると戦う気が失せてくる。倒せるとは考えてないが、これで身体の向きを変えてくれればそれだけで十分だ。

足場の揺れと共に風景が変わっていく。どうやら気を逸らすのに成功はしたようだ。だがお礼代わりに外殻から刃のような鱗が生えてきたのは流石に予想外だった。


「ぐっ」


咄嗟に跳躍し回避には成功したが、外殻に足を付けるのが困難になった。

空中を蹴り、外殻の刃を回避しつつガイカルドの顔の方へと駆ける。

ルーナがガイカルドの背中の山から見た時、顔に近い方に小さな何かはあった。そして外殻を壊すことができない以上、ルーナにできることはそれぐらいになっていた。


「……見つけた!」


ガイカルドの頭に近づくとそれは見えてきた。だがまだ小さい。2,300m程度の距離があり、それの大きさはルーナの指一本程くらいしかなかった。

左目ならその程度でも問題なく見えるのだが、右目は視力の強化ができていない。せめて50mほどまで近づく必要があった。


「これ以上近づくと死んでもおかしくないんだけどねぇ……。」


竜の頭上の空中、これ以上近づくとなると頭を踏むなりしてガイカルドの身体に着地する必要がある。ガイカルドは元は岩石竜であり鈍いと言われても竜だ。プライドは高く、頭に乗られるなどとなればハウタイルの森が消えたとしても納得できる。

仮に私が全力で戦えば戦うことはできるだろう。もしかすると倒すことができるかもしれない。だが恐ろしく疲弊するだろうし、災害は災害を呼ぶということわざがある。それは災害獣が討伐された時、別の災害獣が現れやすいという意味だ。


怒らせて逃げることができるだろうか?。できないとは言わないが面倒なことになるだろう。

全力で戦って生き延びることができるだろうか?。可能性はあるが、好き好んでやる馬鹿はいないだろう。

このまま逃げる?。それはダメ、何か可能性があるのにあたしが許せない。


「……?。あたし?」


私は私だ。あたしなんて呼び方をした記憶はないし、呼ぶ予定もない。そんな呼び方をするなんてまるで自分が自分でないようだ。


「いやまさか、あり得ない。」



……けれどそのまさかがあり得るとしたら。



ルーナはガイカルドの頭上へと跳躍する。ルーナはそれが自殺行為だと知っている。してはいけない行為なのだと分かっている。


だが自分の命を対価にしても、自分に起きているかもしれない事実を証明しなければならなかった。それはルーナの全てと言えるものを奪いかねない事実だったからこそ、奪われるくらいなら死を選ぶルーナだからこその行為だった。

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