第17話 災害との遭遇
(返セ……返セ……)
「っ痛……レイス?。なんで私の作った洞窟に入ってこれるの?」
ルーナは頭に手を当てて目を覚ます。寝起きを邪魔されたためかひどく不機嫌だった。
私の洞窟は凶悪とされるローヴルフですら警戒して入ってこないレベルのものだ。たかだか夜徘徊する程度しかできない魔物のレイスが入ってこれるはずもない。
洞窟は夜になるギリギリ前に造ったから夜にしか現れないレイスは昼間に入ってこれなかったはず……いったいどこから現れたのだろうか?
「返せ?。身体を魔物に喰われたならそんな恨み言するレイスにもなるか。それじゃあ先に討伐といきましょう」
パンと両手の手の平を合掌する。私の魔力が浸透しているこの洞窟なら魔術の起動はそれだけの動作で十分だ。
立ち上がったルーナの真正面に土でできた人形が作られる。精巧さなどは全くなく、両手足と頭が分かるくらいの土くれだ。
「邪魔よ。あれにとり憑きなさい」
ルーナにこびりついていたレイスはするすると離れていき、土くれの中に入っていく。少しずつレイスの魔力が取り付いていき、土くれが動き出す。
ギギギというような壊れた機械みたいな動きだが、レイスが取り付いたのは明白だ。そう判断したルーナはバルを展開し、一瞬で打ち砕いた。
「まったく……しかしどこから現れたのかしら?」
考えられるのは3つ。外から強引に洞窟内への侵入、洞窟に自然発生、そして……私に取り付いて入り込んだ可能性。
外から強引に入るのは無理だから除外。残りは二つだが、私の作った洞窟に自然発生はあり得ないから実質一つ。
一つなのだが、私の作ったモノは私の魔力が浸透している。仮に私に取り付いて存在を偽装していたとしても私が作ったモノからすれば異物と判断され、私から異物を取り除くような動きをする。
つまりレイスを私が持ち込んだとしても洞窟に入った時点ではじかれるはずなのだが、それもなかった。
「分からないわね。あたしが受け入れたとか?。余程似た魔力ならあり得る?……これは今後の課題ね」
技術の進化、即ち真理の探究を至上の喜びとするドワーフの血が滾る。他人には見せられないような笑顔を浮かべたルーナだったが、直後発生した地震によってその顔は再び警戒したものへと戻った。
「嘘でしょ。この魔力、あの時のガイカルド……じゃ、ない?」
洞窟が流動し外へと直線で出られる道を形成し、すぐさまルーナは外へ出る。外に出たルーナの瞳に映ったのはまだ星の見える空の下に、2、3km先にある高さは1km以上は優にある山が動いている光景だった。
それも正確ではない。高さが見えないほど高いといった方が正しいだろう。
魔力視で見るが、どうもおかしい。私がバウル平野にいた時に現れたガイカルドだとしか思えないが、どうもあの時とは魔力の質が違う。
魔力は魔力視で見ると量と質で表せる。量は天に昇るほどに大きいため遠めにどれほどなのか分かる。対して質はその魔力に物体を何か当てるかしなければ特性は分からないが、濃淡で色が付いているため感覚的なものを掴むことはできる。
バウル平野で感じた時は灰色に近い青だったが、今は黒に近い灰色になっている。明らかに何かしらで進化したか何か起きたのは見て分かった。
「逃げ……痛っ!」
右目に激痛が走る。魔術師であるルーナならば痛覚の制御など簡単にできるが、不意打ち気味に襲われたため口に出てしまった。
「これは……っ!」
右目に両手を当てて押し付けるが痛みは変わらない。まるで作り変えられるかのような痛み。かつて初めて腕を無くしたときに、新しい腕へと繋いだ時のような異物感。それが示すことは一つ。
「何かっ、分からないけどっ、攻撃されてる!」
痛みは変わらないが右目から両手を離しバルとウルを展開し、臨戦態勢へと移行する。どこから攻撃されているか分からない上、災害獣という危険からも逃げなければならないという二重苦が襲いかねない。
少しずつ山が、ガイカルドがこちらに近づいてきている。本体は地面の下で移動しているようだが地表に背負っている山は見えるし、魔力が地面から噴き出しているから丸わかりだ。しかしその動きは……私という生命体を追っているのかはたまた近くの地割れに戻ろうとしているのか分からない。ならまずはその二択からだ。
「痛っ……。……森の西へ」
地割れから大きく離れる方向へ走る。右目の激痛は収まる様子はないが、災害獣に加えて魔物が大量に襲ってくるなんて事態だけは避けなければならない。
全力で走るルーナ。ルーナだけではない、森に住むグリンラビットや小さな魔物たちもガイカルドから逃げるように似た方向へと走っていた。
その様子はまさに災害から逃げる動物そのもの。ガイカルドは既に森の入口を超え、身体を地上に表そうとしていた。彼らなどどうでもいいと言わんばかりにゆっくりと山がせり上がっていく。
それは山を背負った亀のようにも見えた。だが地中から現れたその目が、目に秘められた魔力が、亀などと言う生易しいものではないと存在感を放っていた。
「マズい……。あれだと全部が地上に出るわ」
ルーナの呟きがガイカルドが動くだけで響く地響きにかき消される。
地響きはさらに大きく、バウル平野にルーナがいた時にハウタイルの森で地割れが起きた時のように大きくなっていく。
ルーナからは山しか見えていなかったが、ルーナから見た山の後ろ側に、一直線に地割れが走った。それは尻尾にも似た何かだった。ユラユラとする動きは尻尾と言えるだろう。だが、そこからムカデのように足が生えていた。それこそ百足のように地面に突き刺すだけの機能しか持たないような足を、大量に。
「まずっ!?」
ルーナが全力で跳躍した。100mを超えるような跳躍であり、森など軽く突き抜けて空へと跳ぶ。
空へと跳んだ瞬間、ルーナが跳んだ場所の遥か先まで地割れが走った。それは跳ばなければ確実に地割れに呑まれていたことを示していた。
続けて土砂崩れがその地割れに呑まれていく。土砂はガイカルドの背中から流れ出てきていたものだ、それが地割れを勢いよく埋めていく。
右目の激痛を抑え、身体をガイカルドのいる方へ振り返す。そこには岩石竜と呼ばれた災害、ガイカルドの姿が全て映っていた。
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