第14話 魔術双槌バル、ウル

数十分かけてハウタイルの森を抜け、バウル平野へとたどり着いたルーナ。

だがその表情は険しかった。


「……災害獣。ハウタイルの森地下から出てきてる。魔力が3割程度しか回復してないから探知精度が悪かったわね。全力も出せない、武器もない私じゃ太刀打ちできない……逃げるしかないか」


森を抜けて魔振探知を行ったところ、抜けていた森の中心付近にかなり大きな地割れが発生していた。そこからあふれ出る馬鹿げた魔力も感じ取れた。

災害獣だ、間違いない。となると動きを把握しないといけない。逃げる方向を間違えて鉢合わせになることだけは絶対に避けなければならないからだ。

しゃがみ込み手の平を地面に当てる。魔振探知は地下への探知も行えるが、体調が万全でないと地下への精度はそこまでよくない。代わりに地面に直接手を当て、地面の揺れる振動を探知する。

ルーナは二分ほどそうしていた。その後、ホッとした表情を浮かべて尻もちをついた。


「ナルゼラ荒野へ向かってるみたいね。助かったわ」


おそらくあの災害獣は岩石喰らいの竜、名前は確か……ガイカルド。地中に眠る宝石や魔石を喰らい、大きくなり続ける竜。たまに地上に現れ、肉を持つ魔物を喰らう。それくらいしか分かっていない災害獣だが、それだけで十分だった。

ガイカルドはナルゼラ荒野にローヴルフを喰らいに行ったのだろう。ローヴルフは千体規模で群れれば災害獣と同格とすら言われる魔物だ。それが事実なのかは別の話だが。

どちらが勝つかは分からないが、十分に時間ができたと言える。


「逃げたいけど……武器を先に造らないと。災害獣以外との戦闘で逃げるしかないってのは避けたいし。戦うって選択肢は手に入れておきたいわ」


ルーナは立ち上がり、魔力を周囲に放射する。それは彼女を中心に数百mに届くほどの円となった。

続いてルーナの近くに地震が起きる。地震と共に魔力円内の地面が垂直に上昇していき、円柱となっていく。


「これだけあれば十分ね」


ルーナが両の手の平を地面にかざす。円柱が元の地面の高さで綺麗に切断され、真ん中から二つに裂けていく。


「おっと」


裂け目から元の地面の高さへと降りるルーナ。30mはあろう土の塊を前に、気分が高まっているようだった。嬉しそうな顔がまるで隠せていない。


「圧縮と……魔力加工」


二つの土の塊が無理やり丸め込まれ、二つの球体が出来上がる。さらに球体がそれぞれ小さくなっていき、4mも無いほどの大きさへと変わった。

ルーナから魔力が放出され、二つの土の塊へ浸透する。同時にかなりの速度で振動を始める。

振動が速くなり、さらに速くなり……少しずつ土が剥がれていく。その大きさはさらに小さくなっていた。

剥がれていく土は明確に剥がれやすい場所と剥がれ辛い場所とに分かれていた。まるで棒のようになった場所もあれば、あまり削れていない場所もある。色が深紅に変わるほどに振動が高まっていく。

深紅になったその土の塊をルーナは手を伸ばして二つとも握った。

握った場所は棒のような箇所。だがその棒の先には二つの出っ張りがある―すなわち、槌の形状をしていた。


「こんな体調なのに出来は悪くないわね」


見た目は簡素極まりなく、装飾は微塵もない。だがこれは武器である以上、そんなものはいらなかった。


「あとは……。これでよし」


槌の頭の部分にチョンと人差し指を当てる。当てられたそこには指の先ほどの字でルーナと刻印された。その文字は原始魔術文字と呼ばれる、現在では知る人は存在しない文字だった。


「これで愛用の武器のベースが完成ね。素材による強化はまた今度ね」


柄と頭が同じ長さという異様な槌が二振り。それこそがルーナが愛用している武器だった。

3m程度の長さというルーナの倍ほどもある大きさであり、密度が途轍もなく大きいため重さは数百トンを超える。だがルーナだけは重さなどないかのように扱うことができ、二振りあろうとルーナ自身が振り回されることはないというモノだった。


「名前は……バウル平野だし……バルとウルでいいわね。バル、ウル、指輪になりなさい」


ルーナが両手に持つ槌、バルとウルを空に掲げる。

それぞれに刻印された文字からほんの一瞬だけ周囲に光が走る。そして光が治まると、ルーナの両の人差し指に同じ指輪が嵌っていた。


「これであとは魔力を回復すればひとまずの問題は解決ね。災害獣ガイカルド……無視しても問題ないのよね。どうしましょう?」


ルーナは自身の知識と経験から、あの災害獣なら問題ないと判断していた。

まず向かった先がナルゼラ荒野であること、ガイカルドが喰らうには十分すぎるほどにローヴルフは存在していること。そしてガイカルドは基本的に地下で眠る、ということを知っていたこと。他にもいくつかあったが、それらをまとめるとハウタイルの森にいても問題ないと判断出来た。

ハウタイルの森には岩場がある。そこに洞窟みたいに掘って寝るとしましょう。


「時間もそろそろ日が落ちるところだし」


ハウタイルの森の方へ足を運ぶ。森に入る直前、周囲を見渡すと近くに兎が数匹集まっていた。森や平野では当たり前の光景だがちょうどいい。


「あら、ちょうどいいわね」


見つけた兎、グリンラビットと呼ばれる兎は警戒心を持たない。だがそれは彼らが警戒心がない代わりに、ある特性を持っている。それは繁殖能力の異様な高さだった。

一匹見たら万匹いると思え、そう口伝されるほどに繁殖能力は高い。そしてその繁殖能力の高さ故に、他の魔物の餌となることは森の日常と化しているほどだった。

ルーナはグリンラビットへと近づき、指輪からいつの間にか展開していたバルとウルを振り下ろす。

二度三度振り下ろすだけで数匹いたグリンラビットたちはひき肉と化した。


「うん、バルとウルも問題なし。あとはこれを燃やしてっと」


パチンと指で音を鳴らす。音は大きく響き、周囲の草や木もひき肉を少しずつ震えさせていく。火がつくものもあれば、ただ熱くなるだけのものもあった。ひき肉は後者であり、焦げない程度に内部まで熱くなっていた。


「骨で刺せば……って骨も砕かれてるから無いわよね。仕方ないしここで食べましょうか」


ただ熱せられただけの肉だが、何も食べないよりかは遥かにマシだ。水は大気中の水分を魔力でかき集めれば問題はない。

手刀で毛皮を削り、内臓のある肉の部分へとガブリとかぶりつく。肉質は良くもなく悪くもない。いつも食べていたのと変わりはない。

一口二口と食べていく。ところどころに骨の砕けた後が混じっているが、魔力で咀嚼能力や消化器官を強化しているので特に問題はない。

グリンラビットは繁殖さえどうにかなるなら家畜として扱われるはずの魔物だ。繁殖を収めるだけの施設を作ることができないから家畜として扱われないが、家畜候補に挙がるのは数だけが理由ではない。血肉にする際に毒を無害に近づける能力も高いからだ。焼くだけで毒が全て消えるほどに。


「お腹は十分。二日は余裕でもつわね。それじゃ岩場を探そうかな」


バウル平野からハウタイルの森へと戻るルーナ。日没が近づいているため少し早足で駆けていく。


ちょうどその頃、ハウタイルの森から離れたナルゼラ荒野では一万を優に超える雄叫びと、大地を揺るがすような地響きが轟いていた。

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