第11話 魔術師ルーナは立ち上がる

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私は何が間違っていたのだろうか。

全てを知っていることは罪人たる証拠だ。

知っていることが罪ならば、私は間違いなく罪人だ。だからきっと、天の裁きが下ることだろう。

知っていることが罰ならば、私は間違いなく罰を受けている。だからきっと、私はいなくなることだろう。

私は全てを知っていた。知っているからこそ、渡せなかった。



だからあたしは間違い続ける。



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目を覚ます。思いっきり倒れ伏していたようだ。


「あー……?。そうだ、確かローヴルフに襲われたんだっけ。流石の私と言えど装備も魔力も無しじゃ勝てやしない」


狼や瑠美から死体と思われていた彼女、ルーナが立ち上がる。衣服は破け、身体も傷だらけだ。

だが彼女は意にも介していない。まるでそんなものは当たり前のことだと言わんばかりだ。

頭に手を当てて記憶を探る。何が起きたのか忘れている様子だった。


「それで確か……偽死魔術使ったんだっけ。記憶がなんか混濁してる?。これはいったい……違うな。単純に魔法の副作用ね」


偽死魔術、それは世界で使えるのは数十人しかいないと言われる希少な魔術である。その最大たる特徴は死という現象を偽死にすること。身体の欠損さえなければ、数日程度の死亡なら偽死扱いにすることができる。

代償として発動する際に持ちうる魔力をほぼ全て使用すること。そして欠損があった場合は記憶に障害が起きることもあった。


「服も武器もない。まずはそこの調達から―っと、その前にまずは両腕からか」


普通の人間ならかなり上位の神使でもなければできないことを、軽い口調で行うと宣言する。

とはいえ、ルーナは人間ではない。ドワーフと呼ばれる種族である。そしてドワーフの種族の最大の特徴はその技術力にある。他の種族に比べ数世代は先を行くほどの技術力、その技術力があれば腕を無くしたとしても、自身の身体の情報から腕を創り出すことすら容易だった。

そして魔術陣と呼ばれる技術がドワーフは使うことができた。頭や魂といった自身を構成する存在に使用したい魔術を直接刻み込むという技術である。これにより、困難な魔術でさえ容易に行使することができるようになる。

人間は刻み込む技術がなく、無理に行おうとした結果として廃人を量産してしまった過去があり、禁忌扱いされている技術でもあった。

ルーナは足で円を描く。彼女からしたらそれだけで十分だった。


「まずはこの中に私が入って、と」


足の指先をトンっと、一度二度ほど軽くステップを踏む。それだけで描いた円は消え、彼女の周囲に砂が集まって、幾何学模様のような文字を示した。


「ふむ。それじゃこれを構築」


集まっていた砂が地面へとサァッと落ちる。ルーナは地面に落ちた砂が魔術陣を構築していることに見向きもしない。ただもう一度さっきと同じようにステップを踏んだ。


「さ、集まりなさい。私の両腕よ。今一度私に歩むための力を」


砂が地面から盛り上がり、ルーナを中心にドーム状になっていく。中心にいるルーナは砂に埋もれ、息もできず身体を動かすこともできなくなる。

だがルーナの表情は変わらない。目を瞑り軽く口角を上げ、見上げるように立ちつくす。

数mの高さになったところで砂の動きが止まる。同時にドームの中にいるルーナが魔力を浸透させていく。その速さは水が少しずつ砂に染み込むなどというレベルではなく、3秒とかからずに砂のドームはルーナの魔力によって侵食されきった。

そしてドーム状の砂と魔力は胎動するように小さくなっていく。数mから、ルーナの身体程の大きさへ。さらにルーナの上半身程へ。それはルーナの両肩にくっついたままだった。

小さくなったそれは二つに別れ、少しずつ形状が変わっていく。初めは棒状のようなものから、5本の指が作られ、関節が作られていく。色も焦げ茶色だったそれが肌黒い程度に、徐々に生命を宿すような血色がついていく。

そしてその腕はルーナの肩と完全に同化し、無くした腕の傷口も綺麗に消え去った。


「よし、これで……動くかな」


両肩をぐるぐると回したり、手をグーの形やパーの形にしたりと、腕の感覚を確かめていく。ルーナが使う魔術ならその確認をするまでもないことはルーナ自身分かっていた。が、ルーナはほとんど魔力を使い切っていた状態だった。その状態で行う魔術などルーナ自身の感覚では久々過ぎたため、確認せざるを得なかった。


「うん、問題なし。それじゃあ次は衣服かな」


キョロキョロと周囲を見渡す。今いる場所は荒野、……ナルゼラ荒野だろう。背後に見える森がハウタイルの森だと分かりきっているからこそ分かった。

ここまで派手な色をした森はハウタイルの森以外に知らない。いや、もう一箇所心当たりはあるが、あそこだったら私は遺体も残らずに死んでいるはずだ。


「助かるなぁ。この森なら服なんてすぐだし、ここを抜けたバウル平野なら武器を作るのも簡単ね」


鼻歌でも歌いそうな気分で森の方へと歩き出すルーナ。



だが魔力がほぼない状態のルーナでは、10km以上離れていた地中の喧騒には気づけなかった。


魔力視を使えるルーナなら、既にその魔力の大きさは視界に入れることはできたというのに。

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