第10話 あたシを…カエシテ

荒野の中心でローヴルフの群れが崩壊に向かう最中、荒野の外縁付近にあるドワーフの女性の死体の近くに幽霊が如き魔物が現れた。

ふよふよと地上から1m程浮かび、下半身はなく上半身だけの存在だった。レイスと呼ばれる魔物である。

レイスは魔力視と呼ばれる技法を用いなければ見ることすらできない存在である。故に、身体のない厄介なモンスターとしても扱われていた。代わりにその力は非常に弱く、赤子を精神的に傷つけることが精一杯な上、非常に強い光に当てられれば消滅するほどの存在だった。

だが今は太陽は落ちかけているものの晴天であり十分に光量は強く、レイスなど存在できない時間帯だった。

だがそのレイスは消滅などせずふよふよと浮かんでいる。消滅する気配など微塵もないが、動く気配もなかった。


……目覚めなどとっくになくなり、身体は悉くを失った。だがなぜか右目の半分ほどが残っている。なぜ意識に近いものがあるのかすらあたしには理解できない。


(返セ)


けれどあたしは確かにここにいる。狼たちの群れは既に姿を消し、どこか遠くへと去っていった。それを見てはいないけれど、彼らはそういう動きをしていたように感じ取っていた。

あたしは動くことはできないし、五感の全ては存在しない。だけど、五感以外の何かによって、周囲の動きを感じ取ることだけができた。

言うなれば身体のない……ゆうr……?。そんな名前の何かがあったような気がする。


(キオク、返セ)


周囲に生きている存在はいない……わけではなさそうだ。生きているか生きていないか分からない存在を感じ取ることができた。

だけどあたしは何ができるのだろう?。近づく?、身体もないのにどうやって?。

でも感じ取ることができる。感じる方へ行けばいい。今あるのは意識だけ。それなら意識を傾ければ近づくことくらいはできるかもしれない。


(アタシ、返セ)


瑠美はこの時、ふよふよと死体へと近づいていた。それはまさにレイスと呼ばれる幽霊が如き魔物の動き方であり、瑠美はそれに近い存在となっていた。

しかし瑠美は指先のほんの欠片程度ではあるが実体が存在している。故に完全に実体が存在しないレイスとはまた別の存在だった。

さっきから意識に響く声。あたし自身の声のようにも聞こえるけれど何が起きてるのか分からない。

声はねっとりしていて纏わりついてくるようだ。今のあたしは不快などといった感情も持ち合わせていないけれど、声がしみ込んでくるような意識的感覚はある。

しみ込んでくるのはまるであたシが苦しむような感覚、恨みや憎しみのような痛みのような感覚。そして言葉に直球に伝えてくるカエセという意味。

意識だけとなっているあタシがそれに影響されるのは当然だった。


(あタシを……カエシテ)


周囲に濃く残っている魔力にあてられ、魔力で構築されている瑠美の意識は染まっていく。だが濃く残っているローヴルフの魔力ではなく、別の魔力だった。

大地からこぼれる微量の魔力にも似たそれは、近くにある死体から濃く流れ出ていた。その魔力は確かに瑠美だったモノに影響を与えていた。

そもそも魔力がなければレイスは現れない。恨みや憎しみが籠った場所に、時間をおかずにその感情に相性のいい魔力がなければ現れることはないのだ。


(返セ)


死体に近づいていく瑠美であったモノ、それに引きずられるかのように瑠美だった欠片が動いていく。傍から見れば念動力か何かで動いているようにしか見えない。瑠美であったモノは知らないが、無意識下で魔力を使って実体を動かしていた。

いつの間にか近づく、が引き寄せられているに変わっていることに気づかないまま瑠美は近づいていく。瑠美は意識しかない。だがその動きに迷いはなく、誘蛾灯に誘われる蛾の如く本能的に近づいていく。

瑠美だった欠片が死体の口に触れた瞬間、グチャッという音と同時に瑠美と呼ばれた存在は世界から消失した。






こうしてこの世界から瑠美という存在が消失した。だが瑠美がかつてこの世界に存在していて、消失したということを知る者は、この世界に一人だけいた。

それは最も強い繋がりを持つものだったから。失った時に誰よりも瑠美を想っていたから。そして―彼は繋がりを紡げるものだから。


「る……み……」


彼―圭介が目を覚ますのは全てが終わった4日後のことだった。

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