第9話 喪失
瞼を開く、ただそれだけの行為だというのに、ひどく疲労が溜まる感覚がした。
(倒れたまま……。前と同じね)
上半身を起こそうと身体に力を込める。だが身体は反応しなかった。鉛のような身体を動かすどころではない。文字通り身体の感覚が失われていた。
疲労で倒れ込むなんてものじゃない。経験はないけど、まるで麻酔を打ったけど意識だけ残っているような、そんな感覚。
(前の時とは違う!?)
一つ前の時のあたしはまだ身体が動いた。でも今のあたしは完全に動けなくなっている。いったい何をされたの?。
無くしたのは左腕、口、右足だったはず。身体の感覚なんてものも無くされたとなると、それらを無くしたことすら確認することができない。
「guruuuu」
(え!?、嘘!?。あたしは何もしてな)
身体を動かすことができない瑠美だが、世界は残酷にも瑠美を待ってはくれなかった。
現れた狼は木の棒を咥えていた。両端が槍のようにとがっており、殺傷力を有していることは明白だった。
どうやって作ったのか、何でそんなものを持っているのか頭に浮かぶ。だが狼は悩む思考よりも早く行動を終えていた。
(え、何!?。何をする気なの!?)
瑠美はずるずると服の襟を咥えられて狼のいいように地面を動かされる。数秒もしないうちに移動は終わったが、最後に空中へと放り投げられた。
(!?。いったい――)
何かが当たったと瑠美が認識した瞬間、瑠美は命の灯を消した。
彼女の散り際は、地面に突き刺さった槍のような木の棒に、股から首の後ろにかけて串刺しになっていた。
瞼を少しずつ開く。身体の感覚がない。
気がつく、それと同時に生命の火が消え、ぐったりと身体は眠りにつく。
目が重い。意識が重い。眠りから目を覚ましたくない。
だが焼けつくような光が見え、身体は眠りから覚める。重い瞼を開き、目を開く。
目を開くとほぼ同時に身体の感覚が消え、命の所有権をなくす。
深い、深い海の底にいる。そんな身体の感覚がする。
このまま眠りについてしまえば、何もかも全て忘れられる。そんな感覚すら錯覚するほどの心地よさがした。
だが何かに声をかけられる。起きろ、と。起きないといけない、と。
声の向くままに少しずつ海から浮上していく。
重い、重い目を開く。何故か物凄く時間が経った気がする。1時間や2時間なんてレベルじゃなくて、1年とかそんな時間だ。
(これは……!?)
目の前の光景は瑠美にとっては地獄絵図と言っても過言ではない光景だった。
狼の群れが大量に現れており、吼え合う、舐め合う、毛づくろいし合うなどといった彼らの生態的行動を行っていた。
さらに身体は1mmたりとも動かない。それどころかまるで自分自身の身体ではない、そんな違和感すら覚える。
(いったい何が起きてるの!?)
瑠美の身体は地面に固定された木の槍で串刺しにされていた。股から首の後ろにかけての串刺しであり、人間でなくとも死ぬ傷である。仮に人間でなくても動けなくなるのは当然だった。
視覚で見ることができないというのは、感覚がない彼女はそれに認識できないという意味で幸運だったかもしれない。
狼が一頭、瑠美へと近づいていく。それはどこか、にたりとした顔のようにも見えた。
(ひっ!?)
口を開いた狼は瑠美の顔に近づいていく。その口が閉じた瞬間、瑠美の左の視界が消え失せた。
(左っ……目っ!?)
左目を喰われた。目だけなのかは分からないが、残っている感覚的には肉ごと抉られたようだった。
血の匂いに気づいたのか、喰われたほんの一瞬後に狼たちは瑠美の方へと顔を向ける。そして彼らは瑠美へと殺到した。
顔面、眼前を埋め尽くす狼の群れ。身体が動かない瑠美はそれを見ることしかできなかった。
ハッと目が覚める。瞼が重いなんてことはなく、清々しい目覚めのようだった。
だが眼前の眺めは相も変わらず地獄絵図だった。
狼の群れ。前の時と変わっていない……どころか、数が増えているようにも見えた。
(視界がおかしい。……前の時の、か)
感覚がなくなっておりどうなっているのが分からないが、これまでのことからしてなんとなく分かっていた。
そして瑠美の予想は間違っていなかった。瑠美の外見は左腕と右足がもがれ、口と左目が肉ごと抉られて木の槍によって串刺しになっていた。
瑠美の瞳にはもう光は灯っていない。この後どうなるのか、一度体験したからだ。
文字通り、死に至ることで。
「gaa……」
二頭の狼が近づき、左足と右腕が同時に喰われる。瑠美の血が流れると狼の群れが殺到した。半分となった視界で、瑠美は自らの身体が喰われていくのを瞳に映すことしかできなかった。
目が覚める。地獄絵図は変わらない。両手両足がなくなっていた。口と左目も。
狼は口を開けて噛み砕く。鼻だった。狼の群れが襲い掛かる。視界が消えていく。
目が覚める。変わらない地獄絵図。両手両足がなくなっていた。口と左目、鼻も。
狼は口を開けて噛み砕く。右の脇腹に噛みついた。狼の群れが襲い掛かる。視界が消えていく。
目が覚める。地獄絵図。両手両足がなくなっていた。口と左目、鼻も。身体も右脇腹がおかしい。
狼は口を開けて噛み砕く。左の脇腹に噛みついた。腰が物理的に離れ、視界が消えていく。
目が覚める。地獄。両手両足がない。口と左目、鼻も。身体も下半身がおかしい。わき腹から下が物理的に離れていた。
狼が一頭、口を開けて噛み砕く。離れていたお腹から下を一度に咀嚼する。さらにもう一頭が心臓を抉り取った。視界が消えていく。
目覚める。身体は……。
狼の群れが上半身を食い散らかす。視界はとっくに消えていた。
狼たちの群れは瑠美の身体を貪り食い散らかした。何度も何度も、瑠美を喰らいつくすまで。
群れで襲ったのは狼たちの生存本能だったのかもしれない。防衛本能だったのかもしれない。だが、少なくとも脅威に見えたから襲ったのは間違いではなかった。
「garu!?」
そしてその脅威に見えたというのは……予想を遥かに超えて当たっていた。
「ruru!!??」
「gaaa!!」
「guuuuu!?」
瑠美を喰らった個体、彼らによって群れは滅びに近づいていく。
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