第7話 届かない声

目を開く。ただそれだけの行為だというのに、何故か恐ろしく感じた。


(ここ……嘘……でしょ……?)


目の前の光景、それは目の前に死体がある荒野だった。瑠美は余りにも信じられず、嘘なんだと声に出していたはずだった。だが声は出ておらず、頭の中に声はエコーするだけだった。


(声が!?。何で!?)


声が出ない。だがそれは声帯が動いてないわけではなく、ただ口そのものがなかったためだった。

恐る恐る右手を口に触れる。痛みは……ないとは言えない程度だが、完治した傷口を上からつつくようなものだった。

だが口がないことよりもはるかに瑠美が怯える理由がそこにはあった。


(傷跡がまるで牙で噛みつかれたような……!?)


口があったところに触れて、気づいてしまった。その傷跡の形状から何が原因でこうなったのか。そしてこんな傷を受ければ、普通なら死ぬようなことになっているはずということも。

唇を奪われる前にそれらしいことに気づいてはいた。だがそのときはこれ以上悪化することはないと無意識的に判断を行っていた。


(ま、さか)


左腕の感覚が存在していない。右手で触れようとしても左腕はなく、左肩に傷跡が残っているだけ。その傷をなぞるように右手で触れる。

そして瑠美は、その傷跡がほとんど同じものだったという事実を知ってしまった。


(あ、あ、あ……)


これは夢じゃない。夢ならあんな激痛や恐怖を味わうはずもない。


(い、や)


夢ではないのに死んだことが二度もある。死んだのに夢ではないというなら、それは夢ではない何かであってそこでは死んだことが認識できてしまうことだろう。


(いや!いやぁぁ!!!!)


だが欠損している左腕と口や顎。そしてこの傷跡は喰われたところ。これが意味することはつまり―


(誰か……助けて)


―喰われたところをそのままに、それ以外を元の生きている状態にすることで死んだことをなくしてる。


余りにも恐ろしい事実を前に瑠美はへたりと座り込む。そこが狼のテリトリーで、逃げられないことは知っている。だが死んだところで再び喰われる事実、瑠美は抵抗する気力すら湧かなくなってきていた。


(助けて……誰か……)


涙が溢れ、誰かに助けを求め続ける。それが叶わない願いだとしても、今この時を変えられる何かに縋るしかなかった。

誰でもいい。あたしだけじゃどうしようもできない。圭介、優香、晴斗……誰でもいいから助けてよぉ。

瑠美は泣き崩れ、涙を溢し続ける。


泣き続けてどれだけの時間が経ったのだろう。数秒な気もするし、1時間以上経った気もする。

あたしは泣き続けていたけど、狼たちは襲ってこなかった。狼からしたら場所も分かっている上に襲いやすいのに来ないのは何でか全然分からない。

けどそのおかげで別のことは分かった。狼たちはあたしが動かない限り襲ってこないってことだ。


確か左腕を無くした時は目の前の死体に近づいたはずだ。それがきっかけで襲ってきたんだろう。口を無くしたときは森に逃げた。

だったらここから動かなかったら?。間違いなく餓死するだろうけど、また身体が喰われるなんてのは嫌。


(餓死か、喰われるか。何でこんな二択なんだろ……)


あんまりな二択に頭を抱えてしまう。どちらも死ぬことは確実。違いは苦しみ方くらいのものだ。

酷すぎる選択に空を見上げる。照りつける太陽……もう一つ死に方はあるみたい。


(太陽の熱で脱水症状なったら動けなくなるからそれで死んじゃう)


もう一つの苦しみ方に気づき、それがいいなぁなどと思い大の字に寝そべる。そうして倒れ込んだ瞬間、右足に激痛が走った。

だが瑠美には痛みよりも、目の前に現れたそれへの恐怖が上回っていた


(あ…これだけでも……ダメ……なんだ……)


覗き込むように瑠美に顔を向けている狼が3頭。牙から流れ出る血のような液体は変わっておらず……あたしの顔に降りかかる。

ジュワッという音と共に顔が溶けていく。

痛覚はまだ残ってるし、思いっきり痛いって叫びたい。けれど口は喰われて声は出せない上、液体が掛かった時から身体が途轍もなく重くて動かすことができない。


仰向けになり顔を動かすこともできない瑠美は気づけなかったが、瑠美の周りに狼は3頭どころではなく、数十頭はいた。そして彼らは食い千切った右足を貪るか、瑠美の身体を押さえつけていた。これにより瑠美が身体を重く感じさせられていた。


瑠美の顔は徐々に溶けていき、少しずつ身体の反射的反応も遅くなっていく。瑠美の意識は既に消え、身体だけが勝手に反応していた。



そして瑠美の身体の反応がなくなる。それとほぼ同時に、瑠美の頭は噛み砕かれた。

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