第3話 魔物との遭遇

「次にそのための手段、と言っても全然分かんないなー…。方法なんてなりふり構わず生きるためにできることをやるくらいしかもう残ってないし」


こんなサバイバルに何も知らされずにいきなり飛ばされるなんて想像だにしてなかったからどうしようもない。今も飲み物も食べ物もないところにいたら餓死するしか未来がないから移動しているってだけで、その先なんて考えすらしていない。


「不幸中の幸いは空に見えるような化け物が周りに見当たらないことかな。あんなのがもしあたしを食べにきたら一口でパクっといっちゃう」


これだけはホントに助かっている。空であんな化け物がいるなら地上なんてそれこそ弱肉強食待ったなしでしょ。見当たらないのは荒野という場所だから?。だとしたら森とかすっごい危ないんじゃ?


「身の安全の確保……無理ね。空にいる化け物が襲ってくる保証もない。となると逆に逃げることを前提にするのが妥当ね。いっそ気にしない方がマシ―!?」


荒野のど真ん中を歩いていた瑠美は足を止め、しゃがんでうつ伏せになった。視界に入ったそれが彼女の知る動物に該当するものだったからだ。

視界に何か動いた物が入った。しかも四本足っぽかったような形だった。

小型犬くらいならまだしも、この距離から見えるってことは確実に大型犬くらいはある。犬か猫か、はたまた狼かライオンか、どれにしても肉を食べるはず。だったら確実に餌になってしまう、見つかるわけにはいかない。


「……」


息を殺し、すぐ近くにあった岩場まで這って行く。荒野にはいないのかもという希望は幻だった。もともとあってなかったようなものだけど、さっき倒れてた場所ではラッキーだっただけだったんだ。

地面が土のせいで足音が聞こえない。距離がかなりあることもある。岩場から視認できるのはいいが、あの位置に居られると困る。

ようやく緑の何かが森だと分かった程度には近づけたのだ。居座られている場所は通るのが最短であり、迂回するには体力的にかなりきついだろう。


「……!」


推定動物が少しずつ瑠美のいる岩場へ近づいてくる。瑠美の瞳に映ったそれは狼……のように見える何かだった。狼と呼ぶにはそれはあまりにも残虐極まりない外見だった。

四本足ではなく六本足。牙から血がボタボタと流れ、毛皮は鈍色で刃のように反り立っている。さらに尻尾に至っては3本生えている。

そして何よりもその大きさ。全長が1mないくらいの犬なんかとは比較にならない。尻尾抜きでも3m以上は確実にあった。その大きさは人を食い殺すなど容易なことだと本能的に分からせてくる。


「……っ!」


一瞬だけ噛み千切られたあたしの姿が脳裏に浮かぶ。怖い、恐ろしい。そんな言葉でしか言い表すことのできない感情が押し寄せてくる。

漏れ出かかった悲鳴を口に両手を当てて無理やり押し込める。恐怖で涙が流れ出るも、しゃがんでスカートにこすりつける。

狼のような特性を持つなら嗅覚も凄まじいはずだ。そして匂いなんて発するものの少ない荒野なんて恰好の狩場でしかない。


でも逃げ場なんてものはない。できることはここに留まって息を殺すことだけ。

動いているものを見つけたら追いかけてくるのは間違いないだろう。そうなったら待っているのは確実な死だ。それなら留まって見つからないことに賭ける。


「……」


死にたくない、息を殺して両手を合わせてそう祈る。こんなところに神様がいるはずもないけど、何かに縋りたかった。

幸いにも祈りは通じたようだった。

狼らしきものは自らの周囲を嗅ぎまわり、その後グルグルと尻尾を追いかけるように回っていた。が、何かを思い出したかのように明後日の方向に走っていった。


「……助かったぁ」


気が抜けてその場に膝から崩れ落ちる。こんなにも死にたくないと願ったのは人生でも初めてだ。が、これからのことを考えると涙が溢れてくる。


「もぅ……あんなの……グスッ」


こんな何もなさそうな荒野でさえあんなのがいるってことは、この世界にはあんなのがそこら中にいるってことだ。言い換えるとこれからこんな風に祈ることなんて日常茶飯事になる。


「無理……」


弱音が自然と出てくる。こんなのないって叫びたい。帰らせてって吼えたい。お母さんに会いたい。一人はやだって何かにぶつけたい。


…圭介たちに会いたい。


「……圭介、優香、晴斗。会いたいよぉ」


止まりかけた涙がまた溢れてくる。こんな風に弱音を吐いたってどうしようもならないことなんて頭では分かってる。でもそうしないと生きることすらやってられない気持ちになる。

だが瑠美はそこであることに気づき、涙が止まった。


「圭介たち……も、いる?。この世界に?」


瑠美が倒れていた場所は荒野のど真ん中だ。そこには瑠美以外誰もいなかった。だから気づきもしなかった。一緒にいた人全員が、別のところにランダムに飛ばされた可能性に。

その可能性は十分あり得る。だってあたしの覚えている地球での最後の光景は、すぐ横に圭介がいたんだから。


「だったら泣いてなんかいられないね」


さっきまでの恐怖で震えていた足に力を込めて立ち上がる。ここで立ち止まって野垂れ死にするわけにはいかない。圭介たちがいるかもしれない。その可能性のために、まずはあの森まで歩いていく。




瑠美は知らない。かの狼がローヴルフと呼ばれる生命体であることを。かの狼は一匹見つけたら数千匹は確実に周囲に存在する生態をしていることを。そのあまりにも残虐な性格を。

そして、数十数百を超える瞳が、数km先から瑠美を注視していたことを。

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