第2話 彼女は異世界を受け入れる
霞んだ視界。ふらふらと立つのもおぼつかない足取り。ひどい耳鳴り。
「こ…こ……は?」
身体が重く、地面に膝をつく。地面すら見えない視界、視力はそんなに悪かった記憶はない。何かの疲労でかすれ目になっているだけなのだろう。
目をゴシゴシとこすり、霞んだ視界を少しずつクリアにしていく。
彼女―中山瑠美の視界に入ったのはまず地面。クリアな視界は1mにも届かないが、既にそれは見たことのない地面になっていた。アスファルトではなく学校の砂利でもない。まるで枯れ果てた荒野のようなそれだった。
次に少しずつ見えてきたのは周囲の光景。建物なんて存在せず、植物も生えていない。土、岩、岩山、砂漠や荒野と呼ぶべき場所だった。
そして最後に見えてきたのは地平線、の前辺りに深緑色の何か。遠すぎて明瞭に見えていないだけだが、それは森と呼ぶべき環境であった。
何故こんなところにいるのかと考えるも頭痛が激しく、立とうとしてもうまく足に力が入らない。
四人で学校から帰ってたのは覚えているが、何があったのかあんまり思い出せない。こんなところであたし一人なんて……。……一人?
「圭介?」
周りを見渡しても誰もいない。あたしだけだ。
「圭介!!優香!!晴斗!!」
頭痛を我慢して大声で叫ぶ。返事は帰ってこない。聞こえるのは風と風に舞う砂の音だけ。
「ホントにあたし一人……?。嘘でしょ!?」
理解したくない現実に身体の力は抜け、悲痛に叫び俯き、両手で顔をふさぎ込んでしまう。
ここは非現実の世界なんだって現実逃避したい。でも肌に触れる風の感覚が現実なのだと暗に示してくる。それ以外にも突き刺すような太陽のひか……?
「太陽が二つ?。え?、どういうこと?」
見上げるとそこに見えたのは二つの太陽だった。
おかしい。
あたしの知ってる太陽は一つしかないはずだ。まるで夫婦のごとく寄り添ってる太陽が二つあるなんて見たことも聞いたこともない。
あまりにも非現実的な現実。それは太陽だけに留まらなかった。
「どういうこと!?」
見上げる瞳に映ったのは民間の飛行機よりも遥かに大きい数多くの岩。そしてそれらが連なって蛇のようにうねりながら空を飛ぶ、としか言えないような光景。そのあまりにも非現実な光景に、瑠美は頬をつねってしまう。
「痛い……。現実?。これが?」
よくよく空を見上げてみると明らかに鳥などではない物体が飛んでいる。トカゲのようなものや、明らかにサイズが大きすぎる蝉がいた。
認めたくないけれどこれが現実なのだというなら、この世界はいわゆるファンタジーの世界、というやつだろう。確か圭介がやってたゲームの一つにそんなのがあったはず。
だとしてもなぜそんな世界にあたしがいるのか。あたしがいたのは地球という惑星の現代という時代という世界だ。まかり間違っても魔法でも使えそうな世界にいた覚えはない。
「帰れない……のかな?」
何かのはずみでこの世界に来た、というなら元の世界に帰れないだろう。けれどそれが帰る方法を探さない理由にはならない。何かのはずみで来たのなら何かのはずみで帰れるかもしれない。可能性は0ではないと言えなくもないが、限りなく0に近いとも言える。
だけどあたしはそこまで辿り着く前に諦めるタイプの人間だ。安全が確保さえされればその安定さえ得られれば満足してしまう。
それは言い換えると、もう家には帰れないってことで……。
「帰りたい……ひぐっ……帰りたいよぉ」
突然何の所縁もない土地へ飛ばされたこと、一人孤独であることが瑠美のメンタルをひどく弱らせる。泣いてしまうのも無理はなかった。
そうして10分ほど泣いていただろうか。ここで泣いていても誰も助けにきてはくれないし、何よりここでは食べ物も飲み物も存在しないことに瑠美は気づいた。
「もし砂漠だっていうなら夜は寒いはず。制服なんかじゃ耐えられないよね…。…!?」
スッと立ち上がる。さっきまでとは違い、身体がいつも通りの重さであることに驚く。5じゅ……kgくらいのいつも通りの重さだ。
「いつの間にか頭痛も治まってる?。何だったんだろ……いや、気にしても仕方ないか」
周囲を見渡し、向かう方向に目途を付ける。あたしの今からの目的は食べ物とか飲み物があること、そしてこの荒野みたいなところからの脱出だ。
「食べ物と飲み物となると、あっちの……緑がかってる方へ行ってみよ。もし森なら小川とかあるかもだし、果物とかあればお腹はマシになるかも」
既にお腹は鳴っている。ここに来る前の最後の記憶が学校からの帰りだったってことは、夕飯前の状態でいるってことだから当然だろう。
緑の風景がある地平線の方へと歩き出す。幸いにも地面は砂ではなく、土のようだった。砂漠だったら足をとられる心配があった。その心配がなくなっただけ助かる。
「確か地平線って……5kmだっけ?。もしかするとここが地球じゃない可能性だってあるのかな。じゃあ5kmって決め付けるのもよくないかぁ」
どれくらい歩けばいいのかだいたい予想してみる。とりあえず5kmって出したけど、5km歩くのは面倒と言えば面倒。
とは言ってもそれ以外に方法がないのも事実。他に方法があるならそれを選びたいけど……。
「他の方法……。いや、そもそも方法全部挙げた方が分かりやすい?」
自分の中の目的とそのための手段の整理もしたい。ならいっそ全部挙げた方が早い。
「まず目的は食べ物と飲み物、それに寝るとこ。理想を言うなら毎日食べれて安心に過ごせるところ」
空にあんなのがいるような世界なら安心に過ごせる場所なんてないかもしれない。だからこれはあくまで理想。
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