犯人は……

「君たち、ちょっといいかな」

 吾輩は、編集長から山のように送られてきたLINEから、盗まれたロールケーキの情報を選択した。

「これ、見たことあるかな」

 吾輩はふっふーたちに端末を差し出した。

 ふっふーたちは、ロールケーキの画像を覗き込んでいる。

 バナナ、キウイ、メロン、イチゴなど、これでもかというほど大量のフルーツが、生クリームの中に閉じ込められている。

 甘酸っぱい、みずみずしい、トロッという味わい……。

 想像するだけで幸せが広がるこの体験が……。

 ……誰かが、吾輩が堪能するはずであったロールケーキを、幸せな時間のひと時を、奪ったのだ。

 決して、それは許されることではない。

 しかし、そんな吾輩の憎き心は報われない。ふっふーたちの反応は、残念ながら思わしくなかった。

「知らないやあ」

「見たことないやい……」

「美味しそうな食べ物だーやえ」

「食べてみたいんだやお……」

 ……おや、やうふっふーがいない。

 今、語尾に「やう」と付けているのがいなかったよな?

「ねえ、やうふっふーは?」

「ああ、ずっとトイレに籠ってるやい……」

「トイレに行きたいやお……」

「何か、調子悪そうだったもんやあ」

 ……たぶん、あの変な液体を飲んだせいだろう。紫色をしていた怪しい液体を。

 何かあれ、魔女の薬みたいだったもんな。

 吾輩なら、絶対に飲まない。

 まあ、やうふっふーもきっと、ロールケーキを知らないだろう。

 あの予告状を書いたのは、やうふっふーではないし。

「君たち、色々ありがとう。あ、最後にちょっとだけ、君たちを写してもいいかな」

「やあ」

「やい」

「やえ」

「やお」

「……おお」

 拒否されている様子はなかったため、思い切ってムービーを撮ることにした。

「君たちは普通にしていていいからね。リラーックス。こちらは気にするな」

 その言葉に同意したのか、各々好き勝手動き始めた。早々にやおふっふーが画面から外れる位置まで動いてしまったが、不審そうな目で睨むやあふっふーと、包帯ぐるぐるやいふっふー、世話焼きなやえふっふーが撮れれば十分だ。あとは、うまいこと記事で誇張すれば……。

 ……よし、撮りたいものは撮れたし。帰るか。結局、犯人はわからなかったけど。いいや。

 吾輩は、いつまでも一つのことにクヨクヨしない。世の中には、もっと美味しいお菓子がいっぱいある。それを帰ってたんまりと食べるのだ。そのうち、ロールケーキのことも、忘れるだろう。

「よし、君たち、ありがとな」

 吾輩は、手を振りながら超ふぁんしーな小屋を後にする。

 ふっふーたちは、手を振って見送ってくれた。

 なんやかんや、いいやつだったな。

 やうふっふーは、そのままトイレから出てこなかったけど。

「さて、編集長にLINEしますか」

 吾輩は編集長に、無事にふっふーの姿をカメラに収めることに成功したことを報告した。

「……連絡早っ」

 数秒後には、「よくやった!」の一言と、可愛い猫のスタンプ。

 ……こいつ、ちゃんと仕事してんのかよ。

「えーっと、お、これが帰る方法か」

 吾輩は、編集長から送られてきた帰る方法を早速試してみた。

「生麦なまぎょ……」

「にゃま」

「なまみゅ」

 早口言葉を成功させると、帰れるらしいのだが。

「…………」

 吾輩は、絶望的に早口言葉が苦手だった。


 そして、頑張ること数分……。

「……ここは」

 ついに、あの閉じ込められた仮眠室へと戻ってきた。

「ポメ―!」

 甲高い声が響く。うるさい。編集長が、今か今かと吾輩の帰りを待っていたらしい。

「……編集長、何とか戻れました」

 吾輩は、ぐったりした表情を、編集長に向けた。すっごく、疲れた。

「ポメ、本当によく頑張った、お疲れさま」

 恐らく他の社員には掛けないであろう最高の労いの言葉を、編集長は吾輩に惜しみなく注いだ。

 ……ちょっと、心がくすぐったいぞ。

「ところでポメ、ロールケーキを盗んだ犯人は、わかったのかい?」

「……いや、わかりませんでした。どのふっふーも、ロールケーキのことは知らないし、予告状も書いてはいなかったし……」

「そうか……。そうだ、早速、ふっふーとやらを見せてくれ」

 吾輩は、色々と撮影したふっふーたちを編集長に見せた。

「何だこの細い身体は……。白い、毛が生えている、そして二足歩行……。不思議だ、不思議だ……!」

 編集長は、かなり興奮しているようだ。ちょっと息が荒い。

「ああ編集長、これ、見てください……」

 吾輩は、やうふっふーが書いた文字の写真を見せた。

「これを、ふっふーが書いたというのか!?」

 編集長は、完全に興奮状態だ。目と鼻の穴が大きく開いている。

「しかし、汚い字だな……」

「ええ……」

 編集長は、その汚い文字を愛おしそうな目で眺めている。

 よかった。これはかなり、良い素材を入手できたかもしれない。やったね!

「色んなことが、あったんですよ……」

 吾輩は、ふっふーワールドで出会ったふっふーたちの話を、手短に済ませた。

「なるほどなるほど……。ポメ」

 急に編集長は、真面目な顔になった。

「俺は、このロールケーキを盗んだ犯人が、わかったかもしれないぞ」

「……な、何ですと!?」

 吾輩は、文字通りちょっと飛び上がった。

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