ふっふーワールドへ

 一


 お昼ご飯をたっぷり食べて満足した吾輩は、早速シエスタへ入る。

 この職場のいいところは、お昼休憩とは別に、シエスタの時間が設けられていることだ。

 三十分と短いものの、全く寝ることのできない地獄のような職場と比べると、ここは天国かもしれない。吾輩は、そう感じている。

「おやすみなさい」

 勝手に実家から持ち込んだ、よく眠れる枕を大事に抱えて、仮眠室で昼寝をはじめた。

 そう、この職場、なんと仮眠室まで用意されている。

 ホワイトだね!

 ……ホワイトなのか?

「…………」

 吾輩の特徴は、寝ると決めたらすぐに眠れることである。電源オフされたかのように、ストンと落ちる。そして今日も、三十分後に起きるはずだった。

 ……のだが。

「…………」

 今日は時間が長く感じる。まあ、そういう日もあるだろう。

「…………」

 吾輩はそのまま眠り続ける。

 周りはノソノソと起き出して退出するもお構いなし。

 吾輩を、親切に起こしてくれるような人は、編集長くらいしかいないだろう。

 しかし、そんな編集長も今日はたまたま起こしに来なかった。

 ……そして、そのまま眠ること、一時間。

 ……突然、目の前が真っ暗になったような。

 ……いや、目をつぶってるんだから当たり前だろってそういうことじゃなくて。

 さらに、深い闇が増したような……。

 ここで、違和感を覚えた吾輩は起きることにした。

「……あれ」

 まず、寝過ごしたことを確認。あとで謝ろう。

「……あれ」

 目を覚ましても真っ暗闇が続いていることを確認。

「……あれ」

 外はいたって通常業務の音がすることを確認。

 ……この部屋だけ電気が落ちたのだろうか。

 扉の近くにあるスイッチを付けようとしたが、変化はなかった。

「電球、切れちまったのか」

 ちゃんと変えとけよなと思い、扉を開けようとしたところ……。

「……あれ」

 開かねえ。

 閉じ込められた?

 ……やば。

 電話しよ。

「もしもし、編集長―?」

 編集長に電話した。

「どうしたポメ! デスクに戻ってこないが……」

「実は……」

 吾輩は、閉じ込められているかもしれないことを伝えた。

「それは大変だ……」

 ここで、編集長は何やら、電話の向こうで考えごとを始めたのだろうか。

 少しの間が流れる。

「ポメ、ちょっと確認してほしいのだが」

「はい」

「……仮眠室に戸棚があるだろ? そこ、何か、光り出してないか……?」

 ……え?

 何を言ってるんだろうと思い、戸棚を見てみると。

「……光ってますね」

 光っていた!

「やっぱり……。これは、ふっふーの仕業なのかもしれない!」

 編集長が興奮している。

「ポメ、その戸棚を開けてみろ!」

「ふぁい」

 吾輩は光っている戸棚を開けてみた。

 すると……。

「うわ、うわああああああ」

 視界がグニャリと曲がった。

 まるでとんでもない角度で走り回るジェットコースターに乗ったあとのような。

 ……気持ち悪い……。

「編集長ぅ……」

「何だ……!」

 吾輩は、吐き気を抑えながら最後の力を振り絞った。

「気持ち悪い……」

「…………」

 電話越しに、「気持ち悪いって……」と呟く編集長の声が聞こえた。

 その声を最後に、この世界のあらゆる情報は遮断された。


  二


 やがて、グニャリとした感覚は消えていく。

 身体がどこか浮遊しているような感覚があるが、急激に落下しているような様子はない。

 今、どのような状態にあるのだろうか。

 ……そういえば、先ほどまで感じていた吐き気は消えている。

 正直、目を開けるのが怖いが、いつかは開けなければいけないと感じ、夢ではない、これが現実であることをしっかりと覚悟した上で、吾輩は目を開けた。

「うわー」

 超ふぁんしー。

 あちこちにイチゴの置物のようなものが並べられていて、妖精のような生き物がフワフワと飛んでいる。まるで、おとぎ話のような世界観。

 やっばー。

 写真撮ろ。

 ……撮った。

「さて、どうしようかな」

 全くどこに何があるのかわからない場所に落ちてしまったようで、どこへ向かえばいいのか、見当がつかなかった。

「妖精に、話しかけられるのかな」

 近くにいる妖精に声を掛けた。

「バウバウ」

 ……バウバウ?

「?」

 妖精は、「何言ってんだこいつ」という顔をして、飛び去った。

 こんにちはって声を掛けたつもりだったのだが。

 勝手に、バウバウと口が動いていた。

 これは、おとぎ話の仕組みなのかも、しれないな……。

 吾輩は、意外と柔軟である。

「仕方ない、どこかへ歩くとするか……」

 とりあえず、近くにあった木を目印に、その木を背に、真っ直ぐ歩いていくことにした。

「誰かいねーかな」

 とりあえず、日本語が使える生き物に会いたい。

 バウバウではどうにもならん。

 バウバウ。

「おーい! 誰かー!」

 恐らく、この言葉もどこかで「バウー! バウバウ―!」と変換されているのだろう。それでもいい。誰か、来てくれ。

 何度か大声で叫びながら歩みを進めていくと……。

 ……この世界の第一村人に遭遇した!

「こんにちは!」

「……こんにちは!」

 しかも、日本語で話せる相手だった。それに、日本語で返ってきた!

 これは、チャンス!

 ……せっかくなので、名前を聞いておこう。

「あなたのお名前は?」

 お名前を聞くのは、仲良くなるための大事な質問の一つだ。

「ふっふーやあ」

 おい。お前か。ロールケーキ。吾輩のおやつ。吾輩の敵。

「お前を殺す」

「……やあ!?」

 ふっふーは、一目散に逃げ出した。

 ……アプローチの仕方を間違えた。

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