問題編⑨
「君、探偵なんだろ?」
おっと、今までのやつと反応が違うぜ、桜ヶ丘やもりさん。でも俺は探偵じゃないよ。探偵ってのは、全部すべてまるっとお見通しのやつが名乗る肩書だろ? あ、俺ってば全部まるっとお見通しで犯人指摘できるんだったわ。探偵じゃないのに。
登場人物最後の男であるやもりさんは被害者であるベータさんの部屋の扉が見える位置にパイプ椅子で座ってやがった。で、俺と沙織さんの動きを観察してた。やもりさんの部屋はベータさんの隣だから別におかしくないか。外にいるのは意味わからんけど。
「いきなりぼくたちの前に現れて、現れたと思ったら殺人事件が起きて。探偵ってのは、殺人事件を招き寄せる疫病神寄りの迷惑な存在なんだよ。だって考えてもみろよ、どんな物語だって、事件が起きるから探偵がいるんじゃなくて、探偵ありきで事件が起きているんだぜ? 探偵さえいなきゃ、事件なんて起きないんだ」
「でもあなた、最初は探偵に立候補したじゃない」
「それは事件が起きたあとだからだ。事件が起きたら誰かが探偵にならなきゃいけない。でないと、犯人が見つからないからな」
にらみ合うふたり。それを眺める俺。なんか仲悪そうだな。もしこいつらが共犯だとしても絶対に手は組まないだろうな。アンパンマンとバイキンマンが手を組む可能性の千分の一もないだろうな。
「さっきから君の動きを見させてもらっていたよ、探偵くん」
探偵くんって俺? そんなに俺が探偵に見えるのか? 目が腐ってんじゃね?
「だって君は沙織さんが情報収集をしている間、話を聞きながらも周囲を観察して少しでも多くの情報を得ようとしていたじゃないか」
それは俺が田舎もんだからだよ。田舎もんは都会に行くと物珍しくてついきょろきょろしちゃうだろ。
「ちなみに俺にはアリバイもないし、犯人じゃない証拠だの条件だのが一切ない。だからもしいつも読んでいるような下手くそな犯人あてなら消去法で俺が犯人にされてしまうに違いない」
「だからあなたは最初に探偵に立候補したのね」
「探偵ってのはだいたい犯人じゃないからな。よほどひねくれた作品じゃない限り。ってかそれはお前も同じっしょ、沙織さん」
なるほど、これはひねくれた作品だから探偵が犯人なんだな。でもなんか俺が否定されてるような感じだぜ。
「いいや、私は犯人じゃないわよ。だって二階に上がってないことは編集長と弘大さんが証明してくれているし、だいたい私、外にいたし」
「そこだよ。外にいたんだろ? ベータさんの部屋には梯子がかかっていた。それは確認した。そしてそこから逃げるように延びる足跡もね。だから犯人は窓から入って窓から出た可能性が大いにあるのさ」
「でも窓には内側から鍵がかかっていた。その密室はどうやってできたの?」
「それを今考えているんだ。でもずっと引っかかっていることがある。ベータさんの部屋は君の部屋の真上だ。窓からは梯子が見える。それにまさか気づかなかったとでも言うのかい?」
「それは、そのとき部屋の外にいたから」
「でも帰ってきたら窓に梯子がかかっていたんだろ? それで気づいてもおかしくないのに、どうして君が第一発見者じゃないんだ?」
「……カーテン閉めていて外が見えない状態だったから」
おっと、なんか本来なら探偵役のはずの沙織さんが押されてるっぽいぞ。
「君もだよ、探偵くん。君は沙織さんの部屋で雨宿りをしていたんだろ? 雨が降っている最中に部屋に入ったなら、それなりの時間を部屋の中ですごしたはずだ。それなのに、どうして君も気づかなかったんだい?」
まさか俺に飛び火してくるとは思わなかった。それはえっと、あれだ、もうすでに犯人って知ってたし、俺が部屋に入ったときには梯子はかかった状態だったし。
「それもそうね」
同意する沙織さん。同意しちゃうんだそこ。まあ、犯人だから梯子がかかってることくらい自明ってわけだもんな。
「じゃあ聞くけど、私がずぶぬれで部屋に戻ってきたあと、外に出ていったらしいよね。編集長も弘大さんも言ってた。それに、事件現場にきたのはあなたが最後じゃなかった? あなた、いったい外で何をしてきたの?」
「散歩だよ。雨上がりのあの何とも言えない臭いが好きなんだ」
「変人。ベータとできてるホモ」
「はあ? なんで今そんな悪口が出てくるんだよ。へぼ寄りのへぼ探偵」
なかわる。仲悪っ! こいつらはたとえどんな事件が起きたとしても絶対に共犯にならないな。いや、これ逆に仲いいのか……?
「部屋を出たのはそれだけ?」
沙織さんの真面目な質問。真面目な顔で。
「それだけだよ。そういえば自分の部屋にいたとき、隣のベータさんの部屋が少し騒がしかった気がする。あのとき殺されていたのかもしれない」
「ところであなたの部屋の扉はずっと開いた状態になっているけど、どうして?」
「風通しをよくするためさ。クーラーが嫌いでね。風通しをよくするために扉と窓を開けている」
「それはにわか雨のときも?」
「まさか。そのときは閉めたさ。扉は開けておいたけど」
「あなたの部屋の前を通らないとベータの部屋に行けないけど、部屋の前を通った人間は?」
「俺が把握している範囲ではいない。誰も」
沙織さん、訊きたいことを訊いたら礼も言わずに帰っていく。いっそすがすがしい。俺もそのすがすがしさを見習いたいものだぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます