問題編⑦

「お前は誰だ?」

 湯之元弘大さんからの痛烈な質問。

 魔法使いです。うぃんがーでぃあむれびおーさ、って唱えれば空を飛べます。嘘です。そんな魔法で空なんて飛べません。

「じゃあピーリカピリラらポポリナペーペルトって唱えたら毎日が日曜日になるの?」

 ぴーり、え、なんて?

「弘大さん、そんなの今の若者に言ってもわかるわけないですよ。えっと、仗介くんは何歳だったっけ?」

 十七。普通だったら高校生だぜ。

「ほら。十七歳が知ってるわけがない」

「でも沙織ちゃん、君は知ってるじゃん」

「それは弘大さんんのせいですー」

 猫なで声。なんか沙織さんの態度が他の人間に対してと違うぞ。惚れてんのか? まあなんか大学生らしくないんだよな、湯之元弘大。もっと大人びてるっていうか、若い西島秀俊って感じ。どういうことかって、なんか女子大生受けしそうな顔してるってこと。偏見。

 弘大さんは玄関入ってすぐのホールにいた。テーブルの上のパソコンをひたすらかたかたしてた。殺人鬼なんかと一緒にいられるか俺は部屋に帰るぜ、って言わないタイプの人間っぽいな。

「弘大さんは今うちの研究会で一番作家デビューに近い人って言われてるの。『弘大さんがデビューしてないのは誤差でしかない』って」

「そんな大げさな。俺なんて、他の学生より少し長生きしてるだけだよ」

 長生き?

「一浪して大学に入って、三留して、今休学して三年目」

 ちょっと待てよ、十八に一足して、大学四年過ごして四足して、それに三流して三足して、三休で三足して……アラサーのおっさんじゃねーか!

「大学が俺を離してくれなくて……ね」

 彼はキメ顔でそう言った。いや全然かっこよくないからね。最終学歴小学校中退の俺が言うのもなんだけど。まあたしかに、よくよく観察してると、こうやって会話している間もすごいスピードでパソコンに文字を打ち込んでる。これだけ早く文字が打てるのなら小説の完成スピードもすごいんじゃね? でもいっぱい書いてまだデビューできてないってことはそれってつまり――

「で、弘大さんは事件の間どこにいて何をしていたんですか?」

「いいね、探偵が様になってきたようだ。俺のところにくるまでにしっかりと経験を積んできたんだね」

 えへへと笑う沙織さん。だからなにこれ。俺は何を見せつけられているの。そういえば弘大さんはあの口調がめっちゃお嬢様とつき合ってるんじゃなかったっけ。奪おうとしてるのか。略奪愛か。なるほど。でも犯人だから捕まっちゃうんだよな。かわいそうに。

「俺は編集長と一緒にいたよ。編集長と同じことを言えば本当にふたりでいたって証明になるだろ? だからこそこうやって離れてるんだからな。死体が見つかってから打ち合わせをする暇はなかった。まあ、その前に『もしも殺人事件が起きたら俺たちは一緒にいたことにしような』なんてことを話していたら俺たち共犯で容疑者になっちゃうな。そんなこと話してないけど。編集長、俺がいくら話しかけてもずっとノートパソコンの画面に張りついてにらめっこしてたな。集中してたのか、返事も空返事だったし。喋りながらでも執筆くらい普通できるよな?」

「いやそれできるの弘大さんだけだし」

 たしか波人さんはほとんど会話を交わさなかったとか言ってなかったっけ。ただ波人さんが反応しなかっただけなのね。なるほど証言自体はそれなりにかみ合うぞ。ってなんで俺は探偵みたいな思考をしてんだ。

「二階に行ったのはやもりとベータ、そしてすでに死んでいたであろうベータを呼びにいった翔子。降りてきたのはやもりだけだな。そしてこの館を玄関のほうから出ていったのは雨の前に沙織、雨のあとにやもり。沙織は雨のあとに帰ってきて、そのあとにやもりが出ていった」

「証言は一致しますね」

「そもそも俺は密室恐怖症なんだ。沙織も知ってるだろ? 密室に入ると震えが止まらなくなって人を殺すどころじゃない。あの部屋はオートロックで、かつ窓に鍵がかかっていた。中からは開けられるが、外からすれば密室だ。それを認識した時点でもう駄目だからな。まあ、もしも俺が犯人だった場合はこれも嘘になるがな」

 犯人だった場合はこれも嘘になる、だとか、さっきからここにいる人間たちはいったい何を言っているんだ。

「みんなが基本的に守る犯人あてのルールってか暗黙の了解さ、魔法使いさん」

 魔法使いと言われて一瞬ドキッとした。けどその根拠は俺の言った嘘だった。驚かせやがって。

「これだよ。この間弘大さんが書いたやつ。これ読んだらわかるよ」

 どこからか沙織さんが髪の束を取り出した。いつのまに。なんで持ってんだそんなん。

 俺は受け取る。最初から読み始める。十分後。読み終わる。

 いやすごいっすね、これ。まさか海外からの留学生がセカンドフロアを二階って直訳しちゃってそれで階層の誤認が発生するなんて。犯人全然わからんかった。すごい。

「読むの早いね」

 そりゃあな。俺は小学生のときは一応町の神童だったんだぜ? 夏休みの宿題の読書感想文で毎年優秀賞取ってたんだぜ?

「そう言ってすごいってもらえるとありがたいけど、読者への挑戦状ってのが途中に書いてあったでしょ」

 犯人は単独犯。犯人以外は故意の嘘をついていない。地の文に嘘はない。あーね、そういうことか。って俺ってばこのままじゃ嘘つきまくってて犯人だしそもそも俺の言葉が地の文だとするとそこにも嘘ばっかなんだけど。どうすんのこれ。嘘でーすって言えば嘘ってことが本当になるからそれでいくか。よしそうしよう。

「まあ、俺が嘘ついてないことは編集長の証言とすり合わせてみてよ。それで問題が生じるならまた別の、俺が犯人じゃないってシナリオを考えるから」

 そう言ってる間もカタカタずっとパソコン叩き続けてた弘大さん。これでデビューできてないならもうできねえんじゃね? って言葉はちゃんと飲み込んだぜ俺。えらいだろ。

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