問題編⑥
「あなたは誰ですの?」
姶良翔子さんからの痛烈な質問。
ユーチューバーです。『道に迷ってみた!』って動画を撮ってました。嘘です。
「カメラ持ってないから嘘だってことぐらいすぐにわかりますわよ」
持ってないけどドローンで空から撮ってるんですよ?
さっと上を向く翔子さん。かわいい。でも上にあるのは天井だけですよ。嘘だから。
「事件当時、どこにいたのか教えてくれない?」
「あらあら、なんて探偵らしいこと。私、感激ですわ」
すごい。女VS女って感じだ。バチバチ火花が散ってやがる。今火種でも近づけたら引火して大火事になるんじゃないか。
「私は今日は部屋から一歩も出ていないわ。引きこもりよ引きこもり。部屋から出ていないことは編集長と弘大さんが証明してくれるわ。ああ、そうね。これがもしミステリだったなら、もっと厳密に話をしなくてはね。部屋にはいたけれど、私は誰といたわけでもなくただひとりだったわ。そして編集長と弘大さんから見える部屋のドアからは出ていない。可能性としては、窓から出ることは可能でしたわね。窓から出て、どうにか二階の部屋に行って殺すことは可能ではあるわ。そうやって殺した場合は、どうやって密室にしたのかしら。うふふ、それは探偵さんがちゃんと答えを出してね。でも私は親切だから、もっと教えてあげますわよ。私は左利き。何でもかんでも左利き。ほら、右手に時計をつけているでしょう? そしてここにいる人間は私以外全員右利きですわ。それは確認済み。あと私が嫌いなものは水。小さいころに溺れて以来、水が大嫌いで大嫌いで仕方がないですの。濡れるのもいやですわ。拒絶反応、というかパニックになりますの。ああ、お風呂は大丈夫ですわ。お湯は大丈夫、水が嫌い。どう? 限定条件としてはこの上ない情報提供ですわ。ああ、でもこんな情報を使うのなんて、消去法で犯人がわかっちゃうミステリ執筆初心者がやりがちロジックですわね。まさかそんなしょうもない犯人の絞り込み方をしているわけじゃないですよね、探偵さん?」
すっげーイヤミ。イヤミったらしく言うね。ただ事情聴取しているだけなのに。女は怖いね、ほんと。
「ええ、そうね。そんなつまらないことをしてしまったら読者に失礼よ」
沙織さんも応じる。でもなあ、つまらない以前にすでにわかってんだよなあ、犯人。
「ふん、せいぜい頑張るがいいですわ」
「でも私、もっと面白い方法知ってるわよ」
「もっと面白い方法?」
「犯人あて形式のミステリにはルールがある。『犯人以外の人間は故意の嘘をつかない』。これは知っているよね?」
「当たり前じゃない。今わたくしが書いている原稿でもそのルールは適応されてるわ」
「じゃああなたに質問するわ。もし厳密性を求めるなら、今この場でじゃなくて今まで貫いてきた故意の嘘についても適応されるってことじゃないかしら?」
「故意の嘘? 何かしら」
「弘大さんに隠していた嘘よ。あなた、弘大さんとつき合ってるでしょ?」
なぜそれを、という顔をした翔子さん。俺は見逃さなかったぜ。少し離れたところから。
「でもその彼氏の弘大さんについていた嘘がある。あなた、彼氏いたことないって弘大さんに言っていたけど、でも本当はすでにベータさんとつき合っていたし、実はまだつき合い続けていた。二股をかけているのよね? これでしらばっくれるなら、故意の嘘をついているとみなしてあなたが犯人になっちゃうわよ?」
え、ナニコレ。俺は何を見せられているの? こんなまったく関係ないことで犯人指摘しちゃうの? しかも冤罪やんけ。翔子さん犯人じゃないし。
苦悩する翔子さん。でもこれさ、YESと答えようがNOと答えようが証拠がないから嘘か本当か沙織さん以外わからなくない? ただこれ翔子さんいじめてるだけじゃない?
「ま、いいわ。この答えが嘘ならあなたは嘘をついていて犯人だし、もし本当ならそれで犯人にはならない。でも逆に本当ならあなたにはベータくんを殺す動機があるってことになるからね」
ひらひらと手を振って部屋を出る沙織さん。慌てて追いかける俺。わなわなと震える翔子さん。ごめんよ翔子さん。でも俺はあなたが犯人じゃないことを知ってるから。
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