問題編④

 さて、死体。右後頭部を激しくぶん殴られている。裂傷みたいになっててグロい。花瓶は壊れてない。花瓶、強い。

「背後から殴られたみたいね。しかも何度も。何度も殴ったのは、ベータくんが倒れてからかしら?」

 いやそうだろ。あんたが殴り殺したじゃん。何を他人事のように言ってんのさ。ってか俺が見てたことも知らずに現場検証をするのめちゃ面白いな。笑いこらえるのに必死だぜ。

「扉周辺じゃなくて、窓のほうに水たまりができていることも気になるわね」

 あんたがぶちまけたからだ。雨に濡れた自分が入ってきた痕跡を消すためだろどうせ。死体は肩以外はそんなに濡れてないし状況だけ見ても花瓶の水がわざとぶちまけられたってのはわかるな。

「そして窓は閉まってた。完璧な密室状態。とはいっても、普通に扉からは出れる。この部屋には入れないだけ。どうやってこの部屋に入って彼を殺したのかが一番の謎ね」

 首をかしげる沙織さん。この首の傾げ方は本気だ。なんで窓の鍵が閉まっていたのかわかっていないのだ。だって俺が閉めたんだもん。普通に沙織さんが窓から入って、それで窓から出たってのが事実。そこに謎なんて何もない。ま、ここからどうやってこの推理小説研究会のやつらが犯人を見つけ出すのかが見ものだからそんなことやってんだけどさ。

 沙織さん、問題の窓に近づく。もし指紋を取られたら俺が鍵を閉めたってばれるどころか俺が犯人に仕立て上げられるからそれだけはやめてほしいな。おっと、沙織さんが窓を開けて外を見たぜ。そしてわざとらしいリアクションを取るんだろ。

「あっ!」

 ほれ見ろ。

「梯子がかかってる!」

 はいはい、あんたが仕掛けた梯子。

「どういうこと? 犯人はもしかしてこの窓から逃げたってこと?」

 そうだよ、大正解。ってかあんたらさっき密室だ密室だ騒いでたのに窓の外見てなかったん?

「窓から梯子を使って逃げたのなら、どうして鍵が? まさか本当にミステリみたいな密室トリックを犯人は披露したってわけ?」

 この説明口調は誰に向けてんだ? 自分が犯人だってのに。あ、俺か。俺に証人になれってことか。なるほどね。

「仗介くん、ちょっと外に行ってみましょう」

 はいはい。空間移動はなしね。

 沙織さんについてっておとなしく外へ。雨降ってない。カンカンに晴れてる。雨宿りする必要はなくなったけどでも俺は帰らねえぜ。気になるから。

「うーん。あの梯子はどこから持ってきたんだろ……って見て! 仗介くん!」

 はいはーい、俺は仗介くんですよー。帰るに帰れないわこれは。

 沙織さんが指さす方向には壁にかけられた梯子。そしてその梯子の下から植え込みの裏を縫うように走る足跡。ぬかるんでるところを歩いたらそりゃ足跡くらいつくわな。もちろんあんたが、の話。

「でもよく見て、仗介くん。この足跡、窓の方向からこっちに向かうものしかないわ」

 俺は覗き込む。たしかに、足跡は一方向にしかない。そしてそのまま植え込みから花壇に抜け、そこで足跡は途絶えている。それに、足跡が誰のものかわからないようにわざと広げるような歩き方をされている。

 はい、ここらへんで図1に全部示しとくからあとででも見てね。あ、でもこのフォーマットだと図って挿入できないのか。いいんだよ、別媒体で発表したときは図はちゃんと載ってたんだから。図1は図1なの。おわかり?

「うーん、これだけを見ると、犯人は窓から逃げてきたように見えるね。そして侵入は窓じゃない」

 見ればわかることを丁寧に説明してくれる沙織さん。親切ね。探偵っぽいね。俺はあーねだのはいはいだの適当に返事をするだけでまだワトソンっぽいこと全然できてないけどさ。

「現場の状況はだいたいわかったわね」

 あんたと俺の奇跡のコラボでできた現場の状況確認はこんなものかもな。

「じゃあ次は容疑者たちに聞き込み調査よ」

 登場人物表にいる人物はみんな容疑者ってな。あ、俺もか。

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