おちつかない会話

私誰 待文

あのさ?

「“浮足立つ”って表現、あるでしょ」

「何だそれ?」

「えっ……言わない?」

「聞いたことねぇよ」

「ほら……落ち着かなかったり、集中できないさまを“浮足立つ”って」

「知らねぇ」

「ほんと? ちょっと待って……ねぇねぇ」

「ん、なんだい?」

「“浮足立つ”って言葉、知ってるよね?」

「うん。それがどうかしたの?」

「ほら! やっぱ知らない君がおかしいんだって!」

「いやいやいや、普通知らねぇよ! ちょっと待ってろ。なぁ」

「ん? どしたん」

「お前さ、“浮足立つ”って言葉、聞いたことあるか?」

「なんそれ。浮いとるんか?」

「ほっら! やっぱ知ってるお前らがおかしんだよ!」

「いやいや! 小学生でも知ってる言い回しだって!」

「小学生も知っているかは怪しいけれど、知っておいて損はないよね」

「なんだぁお前ら! よってたかって俺をバカにしてんのか!」

「バカにしとるゆーか、バカやん」

「うるせぇ!」

「なぁなぁ、“うきあし”ってなんなん?」

「いや、浮足は浮足だよ……“浮”いてる“足”だよ」

「なんで足が浮いてんだよ」

「知らないよそんなの……」

「やっぱ知らねぇじゃんか!」

「語源なんて誰も知らないよ!」

「昔から落ち着かないさまを“浮き足”と表現していたから、その派生だろうね」

「えっ……知ってるの?」

「はー、頭ええんやなぁ」

「知ってるやつもいるじゃねぇか!」

「それはそれだよ! たまたま彼が知っていただけだ!」

「不思議やなぁ」

「おはようございます……」

「おはよー。あっ、ちょうどええやん。なぁなぁ」

「はい?」

「“浮足立つ”って、聞いたことある?」

「なにそれ……?」

「ほれみぃ! 知らん陣営増えたで!」

「そんなぁ……ねぇ、本当に知らない?」

「ごめんなさい……“浮き足”なら知ってるけど……」

「“浮き足”……?」

「へぇ。“浮き足”は知ってて“浮足立つ”は知らないのかい?」

「“浮き足”ってなんだよ」

「“浮き足”は、つま先立ちのことです」

「つま先立ちは“つま先立ち”だろ」

「うん。僕も“爪先立ち”と言うね」

「えっ……!? 皆さん“浮き足”って言わないんですか!?」

「言わんなぁ」

「言わないね」

「うそ……皆そういうと思ってました……」

「“かかと立ち”、やろ?」

「そうそう! 僕も“カカト立ち”って言う!」

「せやろ! ほらなぁー」

「お前らがおかしいんだよ! つま先立ちは“つま先立ち”だろ!」

「“かかと立ち”や! ウチの地元ではそういうてたんよ!」

「こっちじゃいわねぇんだよ!」

「こっちでも“カカト立ち”って言うよ! 君がおかしいんじゃないの?」

「いーや、俺は“つま先立ち”だね!」

「僕も“爪先立ち”派だってことを忘れないでね」

「じゃあ今のところ、“カカト立ち”派と“つま先立ち”派で二対二か」

「つま先立ちは“浮き足”ですよ!」

「“浮き足”とは言わないんだよ!」

「私の地元では言ってました!」

「“浮き足”を知ってて、どうして“浮足立つ”を知らなかったんだい?」

「“浮き足立つ”は知らなくて当たり前なんだよ!」

「せや!」

「そうです!」

「そんなぁ……これじゃあ僕たちがおかしいみたいじゃないか」

「大体、“浮足”って言うけど、足って浮かねぇじゃねぇか」

「えっ? 足は浮くよ?」

「浮かないよ!」

「浮きませんよ!」

「えっ、浮くやろ?」

「浮かないだろ! お前らおかしいだろ!」

「そうだよ! 足は地面に着いてるものじゃないか」

「基本的にはね。だけど、浮く場面だってないことはない」

「だったら浮かせてみせてよ!」

「いくよ……

 ……ほら、足が浮いてる」

「は……? 浮いてねぇじゃねーか!」

「浮いとるやん! 地面についてないやん!」

「違うよ! これは、座ってるんだ!」

「でも、足は地面についてないでしょ? 足は浮いている」

「それは……座って足を“フワフワ”させているだけです!」

「そうだよ! 足を“ぶらぶら”させてるだけだ!」

「どっちだよ!」

「“フワフワ”です!」

「“ぶらぶら”だよ!」

「“ふらーん”やんなあ?」

「どれでもいいんじゃないかな? “プラプラ”させすぎて足が痛いよ」

「ありがとうね。でも、やっぱり足は浮いてないよ」

「浮いてたやん!」

「浮いてねぇよ!」

「そうですよ! ただ椅子に座って足を浮かせてただけです!」

「浮かせてって言うとるがな!」

「あっ……」

「これで“足は浮く”派が三人になったね」

「お前はどうなんだよ」

「どうって……何が」

「今の足を見て、浮いてるっていうのか?」

「いや……変な座り方をしてるとしか言えないよ」

「そうかい? だったら君はどういう状況なら“浮いている”と表現するの?」

「少なくとも、あなたみたいに体が接地してたら、“浮いている”とはいわないです」

「俺もいわねぇ」

「ウチは言うけどなぁ」

「君は?」

「私は……さっきまでは言わなかったです」

「けどよ。だったらおかしくねぇか?」

「何がだい?」

「お前はさ、足が“浮かない”ものだって思ってたんだろ?」

「うん……」

「だったらどうして、“浮足立つ”なんて表現に納得がいってたんだよ」

「それは……語源を知らなかったし、そういうものだと思ってたから……」

「それはええやん。ぜーんぶ知ってるヤツなんておらんやろ」

「私も同意見です。“浮き足”を知ってたのに“浮足立つ”を知らなかったんですから」

「なんだよ、俺が悪いのかよ」

「君を責めてはないさ。今回は偶然知らなかったことで、齟齬が生まれたのだから」

「バカなんやから、無理せんと」

「だれがバカだ!」

「あの……すみません」

「はい?」

「気になっていたんですけど、“浮足立つ”って、どういう意味なんですか?」

「まぁ……落ち着かなかったり、集中できないさまを表すんだよ」

「昔は落ち着かないさまを“浮き足”と呼んでいたからね」

「落ち着かないと、“浮き足”になるんですか?」

「えっ……さぁ、どうだか。君はどう?」

「どうって……ならないよ。ねぇ?」

「なんだ?」

「落ち着かないときに、“カカト立ち”になったりする?」

「“かかと立ち”にはならねぇ。“つま先立ち”にはなるけどな」

「えっ」

「んっ?」

「なるの?」

「なるんですか?」

「なになに、今なんの話?」

「落ち着かないときに“つま先立ち”になるかって」

「“つま先立ち”ぃにはならんなぁ」

「ですよね!」

「“かかと立ち”にはなるけどな!」

「えっ……」

「なるよな! やっぱそうだよな!」

「うん。けど、それがどうかしたん?」

「いや、なりませんよ普通!」

「え。なるってぇ、なぁ?」

「おうよ」

「なりませんよ! ねぇ!?」

「う、うん。ならないよ普通は」

「なーにが普通だ! フツーはなるんだよ!」

「だとしたらわざとやっているんだよ! だって、僕はならない!」

「わざとなわけあるか! 俺は大まじめじゃ!」

「えっ? わざとやないん?」

「はっ?」

「いや、なーんか落ち着かんときって、ちょっと“かかと立ち”してみたりせん?」

「するけどさ」

「つまり、お前は落ち着かない時、反射的に“かかと立ち”をしてしまう」

「“つま先立ち”な」

「でも君は、自分の意思で“カカト立ち”をしてしまうと」

「せや。だって落ち着かんときにする“かかと立ち”なんて、わざと以外ないやろ?」

「あるだろ! 誰だって不安になったら自然と“爪先立ち”するだろ!」

「せんよ!」

「するだろ! なぁ?」

「いや……私そもそも“浮き足”をしないんですけど……」

「僕もしないよ。するわけない」

「あーじゃあ分かった! 今は“つま先立ち”を“する”派と“しない”派で二対二な!」

「それはおかしいよ! “する”派だって、“わざとする”派と“反射でする”派だろ」

「せや! そことここは同じやない」

「だったらそっちも分けろよ!」

「何を分けるんだよ!」

「“わざとしない”派と“反射でしない”派にだよ」

「“反射でしない”ってなんだよ! “しない”にわざとも反射もないよ!」

「せなやぁ」

「ずるいぞ! そっちだけ二人じゃねぇか!」

「ほな、後一人に聞いてみよ!」

「聞いてどうすんだよ」

「そんなん決まっとるやろ。“わざとする”派を増やすんよ」

「なっ、ずりぃぞ! そっちも二人になるじゃねえか!」

「でも、誰に聞くんですか?」

「そんなんもちろん」

「おーい。もうすぐ始まるからな」

「あっ、すいません……」

「やべぇ」

「せや! なぁなぁ」

「なんだ?」

「落ち着かないときって“する”派? “しない”派?」

「何がだ」

「何って“かかと立ち”をやんなぁ」

「かかとだち?」

「えっ! もしかして“かかと立ち”派やないん!?」

「“カカト立ち”って言わないんですか!?」

「初めて聞いたぞ」

「もしかして、“つま先立ち”って言ったりしますか?」

「つまさきだち?」

「えー? 言わないんすか!?」

「じゃあじゃあ、もしかして“浮き足”って言ったりします……?」

「うきあし?」

「えっ!?」

「マジか……」

「嘘だろ……?」

「な、何の話をしているんだ?」

「じゃあ、こう…………こうやって立つことを、なんて言いますか?」

「なっ……!! 君っ、そ、それは」

「皆、もう始まったよ」

「やべっ!」

「ほんまや! ウチまだ準備してへん!」

「ホントだ。私も行かないと……」

「先に言ってよ……すいません、また後で聞きます!」

「あ、あぁ…………はぁ、危なかった」

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おちつかない会話 私誰 待文 @Tsugomori3-0

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