第7話 息子の彼女と会うことになった

 今日、息子の雄二が彼女をウチに連れて来るらしい。

 まあ、だいぶ前に息子の口からその存在は聞いてはいたのだけど。


 一応、息子に事前に写真を見せてもらってはいる。


 ……自分の知る限り、息子の初彼女のはずなのに。

 真面目そうで、かつ普通に美人の眼鏡の子だった。

 おまけにすごく賢そう。


 聞くと、学年1位の成績の優等生らしい。


 名前は水無月優子。


 正直、出来過ぎているのじゃないかと思った。

 いや、別に文句があるという意味では無いのだけど


 不安になる。

 そういう思考になってしまうんだ。


 ……まぁ、長男のせいだろうなとは思う。

 深く考えると辛くなるからやめるけども。


 娘の琴美曰く「将来的に雄二と結婚してくれるって言ってるのよ」らしい。

 そして娘ともとても良い関係を築いているようだ。


 ……出来過ぎている。


 とはいえ、こんなのは言いがかりだ。

 良好過ぎるから不安ってどういうことだよ。


 それで息子の恋愛の邪魔をしたら、入院中の妻に申し訳ない。


 ……いや、どうなんだ?

 女性は息子の嫁の存在に平気ではいられないという話は聞いたことあるしな。


 自分としては、息子を大事にしてくれる相手であるなら多くは望まない、の一言だけど。

 妻の意向はどうなのだ?


 ……とはいえ。

 確認しようがないからな。


 彼女は今のこの状態を認識できないだろうから。

 時間があのときから先に進むことを拒否しているし。


 とはいえ。

 分からんから、放置で良いというものでもあるまい。


 なるべく女性の立場に立って、その目線で息子の彼女に会わなければ。


 ……そんなことを、今日の服を選びながら考えた。


 いつもなら家では楽なスウェットを着るのだが。

 今日はそういうわけにはいかん。

 息子の彼女が来るんだから。


 かといって背広を着るのは駄目。

 仕事じゃ無いんだから。


 普段着として、かつみっともなくないもの。


 ……服選びの視点としては初めてかもしれん。

 こういうの、妻と一緒に悩みたかった。


 これはまあ、考えても仕方ないことかもしれない。


 なので、畏まってない灰色のスラックスとシャツ。

 これなら「みっともない」とは言われないはずだ。


 で、服を着て姿の確認をしていたら。


「お父さん、優子ちゃん来たよ」


 階下から娘の声がした。


「分かった」


 そう返事して俺は出向く。

 ……戦場へ。




 リビングに顔を出すと。

 息子の彼女が、息子の隣に座っていた。

 眼鏡三つ編みの可愛い子。


「はじめまして」


 当たり前のこととして。

 俺は彼女に挨拶をした。


「はじめまして雄二君のお義父さん。ずっと会いたかったんです」


 そう、ニコニコしながら息子の彼女……ええと、優子ちゃん。

 なるほど。


 ちゃんと、交際相手の家族との関係性を大事に出来る子か。


 素晴らしい気がするのは甘いのかな。

 聞いた話だけど、最近の若い女の子は……


 結婚したら、旦那の両親と付き合いたくないから、旦那に親と絶縁しろと命令するとか。

 仕事プライベートを問わず、女の人間関係を切れとか。

 付き合いの呑み会に行くのを禁止するとか。


 そういうメチャクチャな子がいると聞いてるのだけど。

 そういうのでは無いと考えて……良いんだよな?


「私も会いたかったよ。名前だけ聞いていただけだったしね」


 そんなことを考えながら、俺は彼女の言葉に返した。


「そうなんですか! 嬉しいです!」


 ……そこに嘘偽りがあるようには見えないなぁ。

 俺は一応営業職だから、人間を見るのが仕事なんだよね。


 ……悪意を感じない。


 じゃあ、大丈夫なのかなぁ?


 でも、念のために訊いておくかな。

 息子から色々聞いてはいるが、直接自分で訊かないと分からないことはある。


 俺が知りたいこと……それは雄二を大事にしてくれるかどうか。

 その一点で問題無いかどうか。


 それさえ分かればいいんだよね。


 無論、直接は訊かない。

 そんなのは失礼ってもんじゃないだろ。


 だから……


「ウチの雄二はもうキミのご両親には挨拶をしたのかな?」


 この話は、息子の話で出てこなかったし。

 あと、ウチにだけ挨拶して、向こうには出向かない。


 これはどう考えてもおかしい。


 だから質問自体は失礼でも何でもない。


 そしてこの質問から、色々情報が取れる。

 例えば彼女自身の自分の両親への姿勢。

 ひょっとしたら彼女の両親が何者なのかも分かるかもしれない。

 親の把握は、人間の把握に置いて重要な要素ファクターだ。


 だけど……


 彼女はこう言ったんだ。


「私、親が居なくて。養父みたいな人に育てられたので」


 ……え?


 驚いた。

 驚いたが……嘘を言ってる顔じゃ無かったんだよな。


 それにさ……こんな大きな嘘は吐くはずがないだろ。

 それがあるよな。


 吐くならもっとバレにくい、小さい嘘だ。


 だから逆に……信憑性がある。


「そうか……それは悪かった」


 侘びる。

 侘びながら考えた。


 付き合って早々で、息子と結婚すると言ってるらしいとは聞いてはいるが。

 その気の早い態度。


 そのへんの生い立ちから来ているのかも。


 家族に恵まれなかった人間と言うのは、家族を大事にする傾向がある。

 某戦闘民族の王子様なんかが良い例だ。


 無論、例外はあるんだが、傾向としてはあるあるなんだよな。


 で、この子。


 おっさんの身で言うのもなんだが、相当可愛い。

 この可愛さなら、男なら誰でも良い、これは無いはずだ。


 つまり、ちゃんと俺の息子を選んでいる。


 そして俺の息子は……


 俺の息子らしく、カッコイイ顔はしていない。

 普通だ。


 娘は妻に似てとても可愛らしいが、息子はそうなんだ。


 ……だから……顔に惹かれて結婚を決めたというのは起こり得ないと思うんだよな。


 そして俺は息子には常識的な範囲内でしか、金を与えて無いし。


 ルックスや財力では無いはずだ。


「いえ、謝らないでください。今となっては気にしてないですから」


 両掌を前に出してそう息子の彼女。

 今となっては、か。

 つまり今は気にしなくていい状況になってる。

 そんな意図。


 意識してるのか、無意識に出たのか。


 ……無意識だろ。

 さすがにそこまでそんな一言を分析されて深層心理を推測される事態。

 想定するなんてありえない。


 相手の分析力、推理力を前提に、拾わせようとワードを混ぜるなんて。

 ありえん。現実には。


「うん……なかなか良いのかもしれないな」


 思わず小さく呟いてしまった。

 完全な独り言だ。


 迂闊。しまった。聞かれただろうか?


 ハッとしたが、息子の彼女の表情は変わっていない。

 ホッとする。


「いや、悪かった。知らなかったら謝らなくていいって理屈はないよ」


「……気を遣わせてしまってすみません。結婚の話が持ち上がったときに、ここで嘘を吐いたら絶対に後を引くと思ったんです」


 俺が頭を下げると、息子の彼女も頭を下げる。


 ……この言葉も信用度が高いな。

 どんどん、この子への信頼感が高まっていく。


「真面目な子だね、キミは」


 思わず、この子の言葉にそう言ってしまう。


 そしてそれを受け、息子の彼女はこう続けたんだ。


「大切な人の大切な人は、私にとっても大切な人ですから」


 ……この言葉。

 震えてしまった。


 ……この言葉と真逆の言葉を言われたんだよな。

 もう、会社を辞めてしまったが。


 かつての女性部下に。


 その女は、俺にやたらと関わろうとしてきたんだ。

 明らかに上司と部下の関係性を超えた距離で。

 俺が既婚者であると知ってるはずなのに。


 でも、そう思ってるのは俺だけで、ひょっとして知らないのかと思ったから、そう伝えたら


「バレなきゃいいじゃないですか」


 笑いながら言いやがったよ。


 ……あの女はあの瞬間、俺以外の俺に関わる全ての人間を侮辱した。


 パワーハラスメント、セクハラ、不同意性交。

 そんな主張が通るかどうかは別にして、俺が激昂することで、この女が発狂してそういう手に出てきたら面倒なので耐えたが。


 内心、はらわたが煮えくり返る思いだった。


 良いわけないだろ、と返すにとどめたが。

 あのとき、俺は上司としては恥ずべきことかもしれないが。


 あの女を解雇に追い込むために行動を開始したんだ。

 まずはあの女が抜けても問題ない環境造り。


 そしてそれが完了しつつあるときに、あの女はいきなり自発的に会社を辞めた。

 証拠集めをして、合法的に懲戒解雇に追い込む手間は省けたのでホッとしたのだけど。


 ……正直、あの女のせいで、若い女の子に良いイメージを持てなくなっていたかもしれん。


 いや、すまなかった。


 もし息子と結婚することになったなら、改めてお礼を言わせて欲しいよ。


 優子ちゃん。

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