第3話 二人の想い

まさかこんな日が来るとは思わなかったなぁ。


屋上で弁当なんて。

どこのラブコメの主人公だ、みたいな状況。


いや、嬉しいんだけど。


俺は、水無月と、姉さんと一緒に屋上で弁当を広げていた。

作ったのは、水無月。

メニューは、塩むすび、牛ニラレバ、ラム肉の野菜炒め、鯨肉の一口ステーキ。

普通のメニューじゃない。

弁当と言えば、ハンバーグに茹でたブロッコリー、人参、レタス。

後は白飯が定番だが、そこから激しく逸脱したメニューだった。


水無月は料理が得意なんだろうか……?


この食材のチョイスを見て、とてつもなく下手か、得意なのかの2択だと思ったが、まぁ多分何でもそつなくこなす水無月の事だし。

多分、得意なんだろうな。


水無月の作ってくれた弁当を見ながら。俺は今日の昼休み開始時のことを思い出していた。




今日の昼休み、俺はいつも通りビスケット二枚を食べて昼ご飯を終わろうとしたら。

ビスケットを開封直前。


「はいストップ。ちょっと待って雄二君」


いきなり背後から俺の彼女である水無月優子に声をかけられた。

振り返ると、長い髪で、三つ編みの眼鏡の可愛い女の子……水無月が布で包まれた直方体……どうみても段々弁当箱……を持っていて。


「今日はまともな昼ご飯を食べよう?作ってきたから」


俺に向かって微笑みかけながら、制服の袖を摘まんで引っ張ってくる。


ざわっ。


クラスが何故か騒然となった。


……あぁ。


そういや、誰にも水無月と付き合ってるって言ってないもんな。

友達居ないから。


水無月が俺と会話するのは前からだし。

その頻度が少々増えたくらいで、誰も不審には思わんよな。


キスどころか、手も繋いでないし。

そりゃ分かりませんよね。


「え?水無月さん、いつの間に北條の彼女になったわけ?趣味悪っ……」


「水無月さん、北條みたいなのがやっぱり好みなのか……ショックだ……」


はいはい。聞こえてますよ。

慣れてるから平気だけどさ。


気を落ちつけるために目を閉じて深呼吸すると。


……


………


おや?


急に悪口が聞こえなくなった?

……何で?


目を開けて、見回した。


……?


いつも俺を見下している女子連中数人と、俺を快く思ってない男子数人が、何か真っ青になっている。


……?


何?何かあったの?


「さ、行こう?自信作だから。屋上で食べようよ」


水無月は変わらず俺をグイグイ引っ張る。

応じないなんて選択肢、あるわけもなく。



★★★



「え?水無月さん、いつの間に北條の彼女になったわけ?趣味悪っ……」


「水無月さん、北條みたいなのがやっぱり好みなのか……ショックだ……」


……あ”?

今なんて言いました?


前からイラついてましたけど。

今はもう、状況が前と違いますからね。


雄二君の彼女になり、お義姉さんに義妹の地位も認めてもらった今の私。

前と状況が違うんですよねぇ。


私への罵倒はまぁ、耐えましょう。

でも、雄二君の……私の旦那様への罵倒は見過ごせません。

それを見逃したら、妻の沽券に関わりますからねぇ。


……本気で殺すつもりで睨みつけてやりました。

無論、本当にやったら社会に居られなくなるからしませんけど。


内心、連中の重力を100倍に上げて、骨格内臓全て100倍になった自重で圧し潰してペチャンコにするイメージすら膨らませながら。


そしたら、私の殺気に気づいたのか、震えあがってやがります。

……この程度で青くなるなら、最初から他人を罵倒するんじゃ無いですよ。

まったく、くだらない連中です。


こんな奴らは置いといて。


さ、行きましょう雄二君。

実は、お義姉さんにも話を通してあるので、先に待ってくれているはずです。


ホントに自信作ですからね。

はじめて作れたまともな料理ですから!



★★★



屋上に着くと、左右で髪を結んだ大人しそうな少女……俺の姉さんが先に待っていて。

場所を取っていたのか、手を振ってくれた。


「お待たせしましたお義姉さん」


「ウチ、雄二はビスケット、私は購買でパンが定番だから、嬉しい。優子ちゃん」


並んで座る彼女と姉の女子二人。


……うーん。

仲、良過ぎ。


この前姉さんに紹介するために、家に連れて行ったとき。

一体何があったんだ?


まぁ、姉さんと仲良くなってくれるのは嬉しいけどさ。

姉弟間で姉弟の彼氏彼女でトラブル起きるって、絶対避けたいし。


でもなんだ。


だんだん俺の家が水無月に支配されていく。


そんな危機感みたいな意味不明な感覚が沸き起こる。


……俺、文句言い過ぎの我儘野郎なのかな?

いやね、別に水無月が彼女であることが嫌なんて、そんなことは全然無いんだけど。


なんかね、どんどん退路を断たれているような。

新しい扉を開けた瞬間、背後の扉の鍵が閉まる。

そんなような感覚。


……まぁ、俺、ガタイだけはいいから、直接暴力によるイジメは受けてないけどさ。

基本的に陰キャだしな。


そのせいで、ネガティブに考えてしまうだけなんだろうと思う。


で、話を弁当に戻そうか。


メニューは、塩むすび、牛ニラレバ、ラム肉の野菜炒め、鯨肉の一口ステーキ。

さっきも言ったけど。


うーむ……。


ラム肉、鯨肉は食べた経験が無いので、分かんないんだけど。

牛レバーは正直、良い思い出が無い。


昔、まだ俺の家族が何もなってないときに、家で焼肉をしたんだ。

そのときに、母さんが


「レバーは身体にいいのよ。食べなさい」


って言って、無理矢理自分の取り皿に放り込まれて。

食べさせられて。


ねっとりとしてて、何か妙な後味。


マズイ。


その一言で。


それ以来、自分から進んで牛レバーを食べたことが無い。

スーパーの惣菜でも買わないし、無論家でも調理しない。


だから、メチャクチャ不安だった。


作ってきてもらっておいて「美味しくない」なんて言いたくないし。

かといって、美味しくないのに「美味しい」なんて言おうものなら。


これから弁当を作ってもらう機会があったときに、毎回ニラレバが入る恐れが……


それは嫌。

折角の水無月の手作り弁当が、苦痛の時間になるなんて。


……この場合、ベストの対応って、何なんだろう?

悩む……


……まぁ、まずは食べてみないとはじまんないよな。

食べもせず「牛レバーダメ」は一番ありえないだろ。

アレルギーでもあるなら別だけどさ。


意を決して、俺はニラレバを取った。

ご丁寧に、取り皿用に紙皿まで持ってきてる水無月。

用意良いな。


で。


一口、食べてみた。


……お?


レバーって、こんなもんじゃ無かったはずじゃ?


家の焼肉のときに食べた牛レバーと、全然違っていた。

臭みが全くなく。

大蒜と塩コショウでしっかり味がついていて、ニラのシャキシャキ感と合わさって非常に美味い。


……すごい。

レバー食べて美味しいって思ったの、はじめてだ……!


「……レバー嫌いだったんだけど、これはイケるわ。すごいな」


思わず、呟いてしまった。


★★★


「……レバー嫌いだったんだけど、これはイケるわ。すごいな」


よしっ!

想定していた反応で、最高評価ですよ!


本来は嫌いだったものが、私の場合はイケた。

これが最高評価でなくて何なんですか!?


私は心でガッツポーズをとりました。

これで「水無月優子は料理上手」というイメージがついたはずです!


……まぁ、昨日までは料理のイロハもろくに知らないメシマズ女だったんですけどね。

ゆりちゃん。本当にありがとう……!


「そっか。ありがとう雄二君。下処理頑張った甲斐あるよ」


思わず笑みが零れます。


「下処理って……?」


私の言葉に、お義姉さんがそう反応しました。

お義姉さん!!あなたもですか!?


……まぁ、私が言えた義理じゃ無いですけどね。

私だって知らなかったんだし。


この場にゆりちゃんが居たら「センパイがそれを言いますか?」って突っ込まれますね。


聞けば、お二人は一応自炊してるらしいんですが。


基本的に「焼けばOK」「煮ればOK」的な料理しか作ってないらしく。

そのまま調理をはじめると、食べられないものになる食材は食卓に上げない生活だそうで。


……なるほど。


ならばますます、料理を覚えて北條家の食卓を豊かにする必要がありますよね。

しっかり勉強しますよ!ゆりちゃんから!


「……なるほど。そうしたら、レバーは食べられるようになるのね」


私の下処理の話を聞いたお義姉さんは、私に感心してくれました。

ドヤ顔で得意な反面、それが全てゆりちゃんの受け売りであることが、少々心に引っかかりました。




そうして、私が義妹としての承認欲求を存分に満たした昼ご飯が終わり。

放課後になったとき。


「水無月、ちょっといいか?」


帰り支度をしているときに、私は教師に声をかけられました。


比較的若い教師で、生徒に人気があります。

確か今年で35でしたっけ。

既婚者で、名前は出阿井圭(であいけい)。

わりと小奇麗な格好をしている、国語の教師です。


「なんでしょう?」


「いいからちょっと来なさい」


……何だか嫌な予感がしたので、雄二君に「先に帰って」と言い残し。


私は出阿井教師に連れられて、生徒指導室に行きました。




「水無月、お前、昼休みに他の生徒を脅したらしいな?」


……は?


その断定口調に、一瞬呆れ果てましたが、まぁ、事情は呑み込めましたよ。


つまり、あれですね?

あの連中、他人の旦那様を一方的に侮辱して、その妻に激怒されたことを根に持って、教師にチクったと。

なんて、見下げ果てた連中なんでしょうか?


まぁ、それを真に受けてこういう行動に出たこいつもこいつですが。


「目撃証言がある。お前、何か悪い連中と付き合ってるのか?優等生だと聞いていたんだが」


……はぁ。

私の意見も聞かずに、一方的に断罪ですか。

だから呆れ果てたんですけど。


仮にも国語教師なら、他人の心情、裏の意図、そういうものを想像しなきゃダメなんじゃないですかね?


だから言いましたよ。


「先生は、何故そういうことをしたのかと、私に理由は聞かないんですか?」


「皆がお前が怖い、なんとかしてくれと言ったんだ」


……どんだけこいつ、頭悪いんでしょうか?

ホント、呆れ果てますね。


こんなので教師を名乗ってるんですから、世も末です。


皆、なんてのは物事の正しさの指標になんかならないんですよ。

そのくらい、そのトシで分かって無いって、終わってますね。


まぁ、いいでしょう。


「その皆って、五味山さんですか?美津池さんですか?それとも五区潰君ですかね?」


出阿井教師の目が泳ぎます。

ああ、はい。

ビンゴですね。やっぱり連中です。

まぁ、後でダメ押しで調査しておきますけど。


「理由も聞かれずに断罪されるのが我慢なりませんので理由を言いますと」


「私、北條君と将来を誓い合ってまして」


言った瞬間、ちょっとドキドキしました。

こんなときに。はしたないです。


で、続けます。


「それなのに、あのクラスメイトたちは北條君を侮辱したんです」


「妻になる身としては、ほっとくわけにはいきませんよね。それが理由です」


私の事情を全部話すと、出阿井教師は驚いていました。


「……本気で言ってるのか?」


「ええ。本気ですよ。何なら北條君に確認をとっていただいても」


「でも、だからといって」


「はぁ」


煩いんですよ。

もう、いいです。使っちゃいますか。

私は言いました。


「……先生も既婚者なら分かると思うんですが」


ここで一拍置き。


「あ、でも。現在マッチングアプリで絶賛浮気中の先生には想像つかないんですかね?パートナーを侮辱された女の気持ちなんて?」


言った瞬間、硬直しました。出阿井教師。

この男が軽薄で教師不適合者なのはだいぶ前に気づいてまして。

ひょっとしたら、私と雄二君の障害になるかもしれないと思い、こういうときに備えて弱みを探っておいたのですけど。


役に立っちゃいましたね。


「……い……いい加減なことを言うのはやめろ!」


すっごく泡をお食べになっていました。


もうちょっと、取り繕いましょうよ。

バレバレですよ?


「名前、昆佳津子さんでしたっけ?確か、相手には独身って言ってるんですよね?」


ここまで言うと、もはやこれまでと思ったのか。

センセイは黙りましたよ。

真っ青になって。ガタガタ震えながら。


「……頼む。誰にも言わないで……」


「言いませんよ。恋愛は自由ですし、こういう場合、騙される方にも非はあるとみるべきですし」


相手の女性、気の毒ですけど、こういうクズの本性を見抜けないってこと自体がある意味「非」です。

早く目覚めて、勉強して欲しいところですね。


「ただ、ウザく私たちの愛を邪魔するような真似をしてくれましたら、こちらも報復に出るしかありませんので。その辺、よく考えてくださいね。センセイ?」


私はセンセイの目を見て、言い聞かせてあげました。


「はい……」


センセイ、もう私に歯向かう気力も無いようです、

お気の毒です。


「それでは。あ、できればセンセイにくだらないことをチクった連中を、注意しておいてもらえますか?とてもウザったいんで」


生徒指導室から出るときに、私はそう言い残していきました。


……このせいで、私は卒業まで「眼鏡をかけた女悪魔」「T高の裏番女」「T高最自由女(レディ・アンチェイン)」などと陰で呼ばれてしまうのですが。

それはまた別の話です。



★★★



夕食のとき、姉さんとの会話は昼ご飯の水無月のお弁当の話でもちきりだった。


「優子ちゃん、あんなに料理できたんだね。すごいね」


テーブル向かいの席に座った姉さんはとても嬉しそうだった。

こっちも嬉しい。


「これは私も負けてられないな。義妹に料理任せきりじゃ、姉の沽券に関わるし」


……ああ。

もう、水無月が俺の嫁になるの、姉さんの中ではやっぱり決定事項なのか。

スゲー気に入られてる。


普通、異性のきょうだいの結婚相手って、揉めるもんだと聞いてたんだけど。

ウチはどうやら違うらしい。


「まぁ、今日の水無月の話は、人間の英知ってものを感じたよね」


料理、すごい。

味の変化で、それを感じた。

そのままじゃとても食べられないものを、あそこまで美味しく食べられるようにするために、先人がどれだけ知恵を絞ったのか。

それを想像するだけで、すごさが分かる。


すると。


「雄二、言おう言おうと思ってたんだけど」


姉さんが、なんだか咎めるような口調でそう返してきた。


……?


心当たりがなかったので、戸惑う。


「そろそろ、名字呼びはやめなさい。名前で呼ぶべきよ」


だって、優子ちゃんあなたのこと名前で呼んでるでしょ?

でないと雄二、あなたなんだか壁を作ってる感じで、感じ悪いよ?


……そのことか……。


それを咎められてしまうなんて。


でもな……


なんか「俺の女」宣言するみたいで、なんか嫌なんだよ。

いや、別に他の女が気になるとかじゃなくて。


所有物みたいに扱うって言うのかな?

そんな感じが、すごく嫌。


「……モノ扱いするみたいで、抵抗あるんだよ……」


正直に、そう口にした。


「モノ扱い?」


「名前で呼ぶって、なんか上位者みたいじゃないか」


「優子ちゃんはあなたのことを名前で呼んでるよね?じゃあ優子ちゃんはあなたの上位者なの?」


……一瞬「うん」って言いそうになった。

何故だ……?


明らかにそういう流れじゃないはずなのに。


「ち……違うさ」


俺の歯切れの悪さに、姉さんは戸惑いを覚えたみたいだった。

でもま、話の筋に関わらないからそのまま続けてきた。


「じゃあ、あなたも名前で呼ぶべきでしょ」


「水無月は『君』つけてる」


「じゃああなたは『さん』をつければいいだけよね」


「今まで呼び捨てだったのに、いきなり『さん』付けはそっちの方が壁になるだろ!?」


どうも、折り合いがつかない。




「じゃあ、名前で呼ぶ代わりに、徹底的に優子ちゃんに尽くしたら?そうすればバランスとれるでしょ?」


「デートプランも立てたことのない俺によくもそんなことが言えるね!?」


別に喧嘩してるわけじゃないんだけど。

名前呼びの是非で、話し合ってるうちに話はあっちこっちに飛び。

言い争いみたいになってる。


姉さん、外の人間相手だったら大人しいけど、俺相手だとわりとキツイ。

この内弁慶め。と毒づいておく。


「じゃあこうしましょう!名前呼びは上位者の証じゃないって、毎日鏡に向かって言い続ければ、そのうち多分認識が変わると思うの」


「そんな真似して精神に悪影響出たらどうすんだよ!?」


ちなみに食事はとっくに終わっており、片づけしながら言い争って、今全部終わったところだ。


「だいたい、上位者っぽいって思うことが何が悪いの?男の子は、女の子より偉いって思ってるよねフツーは?」


「あー、その決めつけ、腹立つんですが姉さん」


姉さん、それは姉持ちの男には言ってはいけない言葉だと思います。


どの辺が腹立つのかじっくり説明してやった。


「仮に姉さんに彼氏が出来たとしてですね」


「仮にって」


「そこは今は問題じゃ無いのでスルーで……そいつが姉さんのことを自分の奴隷か何かのように扱ってたら」


想像を促すために一拍置く。


「俺、そいつ殴らないでいる自信が無いんだよね。で、姉さんは俺に、それに準ずるような真似をやれと?」


まぁ、実のところ、全てそこに起因するんだよな。

俺の、水無月への対応って。


水無月に、好きな髪形、眼鏡の有無、服装スタイルなんかも聞かれたけど。

まともに答えなかったのは、姉さんが男の命令で髪型やら髪の色、服装まで変えるって状況が俺が嫌だからだし。


もしそんな真似をされたら、そいつを病院送りにしない自信が無い。


で、俺はそのときに、そいつをボコボコにする正当性を残しておきたいんだと思う。

自分のときは好き勝手に彼女に要求しておいて、自分の身内に同じことされたら烈火の如くブチ切れるって。

許されないだろ。


そう、自分の分析を口にしたら。

なんかグッときたのか。姉さんは嬉しそうだった。


そして。


「……そういう考え方は、お姉ちゃんは嬉しいけど」


お姉ちゃんにはわかるの、と続けて。

優子ちゃんは、きっと雄二ともっと親密になりたいって思ってるはずだから。


今の雄二、自分のこだわりで優子ちゃんの要求を無視してるだけだよ?

大きな目で見たら。


……う~ん……そうなのか?

でもま、言われてみれば水無月が俺を名前呼びするようになったの、彼女になった後だしなぁ。



水無月の中で「恋人同士は名前で呼び合うもの」ってのがあったとしたら。

彼女の要求を、姉さんの言う通り踏みにじってることになるのかもしれないな。




その日、ベッドの中で今日姉さんと話していたことを思い返していたら。

玄関ドアが開く音がした。


時計を見ると、もう深夜。

多分、姉さんはもう寝てる。


……と、すると。


泥棒が入ってきたか、もうひとつだ。

可能性は。


前者だったら困るな、と思いつつ。

俺は自室を出て、下に降りた。


結果は、案の定だった。


「父さん……」


俺の父親が帰宅していた。

多分、着替えか何かを取りに来たんだろう。


「雄二か。しばらくだな」


そう、そっけなく一言。

父さんは俺に返した。




俺は父さん似だと思う。


兄ちゃんは、どっちかといえば母さん似だった。


父さんは、もう40才過ぎているのに、筋肉質で、がっしりした体型。

学生の時は、ラグビーをやってたんだかな。


顔つきも、俺と似ている。


元々は母さん大好きで、家族を大事にする父親だったんだけど。


兄ちゃんが、あのクズに焼き殺された事件の後。

この人は、俺たちと向き合うのから逃げた。


理由は、気が狂いそうになるから。

俺たちと向き合うと、殺された兄ちゃんのことで復讐心が燃え上がり、何をするか分からなくなる。


何で逃げるのと問いかけて、ボソッとそう返してきたとき。


俺たちは悲しくなった。

父さんに対する恨みよりも。


何で俺たちがこんな目に遭わなきゃならないんだ。

そう思って、あのときは世の中を呪っていた。


でも、今は。


「……すぐ出るの?」


あのことについて、決着がついた気がして。

俺は前よりはまともに向き合える。


父さんのことも。


父さんの方は、どうなんだろう?


「ん、まぁな」


着替えを取りに来ただけだから。


作業の手を止めないで、父さんはそう答えた。


外で洗濯してきたのか。

洗濯物を室内干しして。

代わりに衣装ダンスから着替えを回収する。


「明日は早いの?」


「……いや?」


……そうか。

それでも、すぐに出るんだね。


……


………


言おうか。

父さんにも


俺は父さんの背中を見つめながら


「あのさ」


「……何だ?」


大きく息を吸い込んで、心を整える。


「俺、彼女出来たんだ」


言ったとき、父さんの動きが停まった。


そして。


「良かったな」


……それだけ?


何か、こみ上げるものがあったから、言ってしまった。


「……父さんも知ってると思うけど」


こういう考え方、褒められたもんじゃないのかもしれないけど。


「あいつら、破滅したよ?」


あいつら……兄ちゃんを惨たらしく殺した、藤堂家の連中。

母親は、ジャームになり、俺たちが討伐し。

兄ちゃんの命を奪った息子は、最近全く音沙汰がない。

おそらく、ろくなことにはなってないはずだ。


燃えた藤堂家跡地は、焼けたまま。

多分数年以内に取り壊され。更地になると思う。


「それでも、まだ俺たちに向き合うのは無理なのかな?」


思っていたことを、全部言ってしまった。


すると。


「……お前たちが一番つらい時に、1人で仕事に逃げた俺が、今更父親面してお前らに向き合うと」


俺に背中を向けたまま、そう言った。

父さんの声は、凍り付いているようだった。


「そんなムシのいい話、無いと思うぞ」


……


………


ああ、そういうことか。


やっぱ、姉さんが正しかったよ。

勝手なこだわりで、自分のルールを押し通すって。


しかも、本人がそのルールを守ることに苦痛を感じているって。


滑稽だよな。

さすが父さん。

それを俺に教えてくれるなんて。


父さん。

守らなくていいよ。そんなルール。


だって、誰も幸せになんないじゃん。


「そう思ってるのは父さんだけでしょ。俺らは向き合ってもらえた方が嬉しいんだけど?」


全部、俺にブーメランで戻ってくるなぁ。

笑える。


「……ちょっと待ってろ」


俺の言葉を聞いて、父さんがまた動き出して。


奥の棚から、瓶を持ってきた。もう片方の手に、小さいグラスを2つ持っている。


「よし。聞いてやる。どんな彼女だ?」


どん、と瓶をテーブルに置き、父さんは向かいのソファに座るように促してきた。


そしてコポポと、二つのグラスに瓶の中身を注ぐ。

アルコール臭がした。


「え……これ、お酒……」


「とっておきのコニャックだ」


コニャック……ブランデーだっけ。


「グッといけ」


「俺、未成年……」


「恋の話をしらふで聞けと言う方が、神の法に反している」


「……そうなの?」


「そうだ」


まぁ、父親にここまでいわれて、飲まないのは男じゃない気がするな。

父さんに向かい合って座ると。

俺は、言われるままに、グラスの中身を飲み干そうと……して、一口飲んで、蒸せた。


すごい、焼ける!!


父さんはそれを見て笑った。


「アルコール度数40度あるからな」


でも、美味いだろう?

そう言いながら。


すみません父さん、味、まだわかんないです。


「で、どんな彼女だ?」


「すごくしっかりしてて、正義感強い子。そして優しい子だと思う」


そして、俺は父さんに色々話した。

話は父さんの母さんとの馴れ初めの話にも及び、初デートで大失敗し、よくフラれなかったね。よく結婚出来たよね、とツッコミを入れて。

一緒に笑った。


俺はグラスを空けるのに苦労していたけど。

父さんはスッと1杯目を空けて。

2杯目に差し掛かったとき。


「息子と飲むのが夢だったよ。こうして、女の話をしながらな」


そういったとき。父さんの目に涙が滲んでる気がした。




今の状況、全部、水無月……いや、優子が導いてくれたことなんだよな。

何だか、そんな気がする。


俺の家、ハッキリ言ってどん詰まりだったけど。

優子が来てくれたから、回りだしたんだ。


ありがとう。優子。

お前が望む限り、俺はずっと一緒に居るよ。

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