4話 みつける
金曜日、翌日の昼休み。
「じゃ、いこっか」私とリコは二階に上がる。
「緊張するなぁ」リコは私の右腕に両腕を絡め、抱くようにした。
「大丈夫だって。それだと歩きにくいから、ほら」私はリコの手をとり、握る。体温が高いのか、暖かい。
昼休みが始まったばかりだからか、廊下には人がそれなりにいた。
「あら、あなたたち」私達は教師にばったり会った。ずいぶんな美人だった。体型はすらりとしていて、それでいて胸がかなり大きい。リコが私の後ろに隠れる。なるほど、前日見つかった教師はこの人だろう。
「こんにちは」私は挨拶をする。
「こんにちは。一年生がこの階にいるのは珍しいわね。何か用なの?」
「はい、ちょっと人を捜しに」
「そうなの。あら、後ろのあなた……昨日も会ったわね」美人教師は後ろのリコに気付く。
「はっ、はい。今日はちゃんとリボンを付けてきました」リコはそう答えつつ、手を強く握ってきた。ちょっと痛い。
「いいじゃない。それで誰を捜してるの?」
「あ……えっと、ミク先輩を探してます」少し迷ったが、言うことにした。
「ミク? ……私のクラスになら千夜ミクって子がいるけどその子かしら?」
「えーと、たぶん?本読んでるとかわかります?」
「本? ああ、かなり読書するわね。前に月間読書賞もらってたし」
たしか月間読書賞は学校の図書館から借りた本の数が一番多い人がもらえる賞だったはず。
「とりあえず会ってみるといいんじゃないかしら。二ー一にいるわよ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」リコはまだ緊張している。
「学年間の交流は良いわね。……いないと思うけどもし、二年生で『この階来るな』とかいわれたら、私が許可したと言いなさい。そもそも校則違反でもないしね」
「わかりました。先生の名前はなんですか?私は月詠スイです」
「ほし、星見リコです」
「スイさんにリコさんね。私は陸宮ミヤビ。ミヤビで良いわ。じゃあね」
「いい先生じゃん」離れていくミヤビ先生の姿を見つめながら私はつぶやく。
「そうだね。昨日は厳しそうに見えたけど」
「でもリコ緊張しすぎじゃない?私の手折れそう……」
「あっごめん」あわててリコは手を離した。
「平気平気。さ、先生のお墨付きもらった事だし、堂々と探しにいこ」
二の一の教室の前に来た。教室の後方のドアから様子をうかがう。
「どう?ミク先輩いる?」私はリコに聞く。
「えーと……あ、あの人かな?」
「あの本読んでる人?」
「そうそう。昨日は眼鏡かけてなかったけど」
ベランダ側から二列目、教室の最後方の席にミク先輩はいた。リコも言ってたとおり眼鏡をかけて本を読んでいる。
「話しかけてみるか」
「そうだね、教室入る?」
「もちろん。ここから声かけたらそれこそ目立つよ」私は再びリコの手を握る。
「それもそうか。うう、緊張するなぁ」
私たちは教室に入る。昼休みということもあってそんなに目立つことはなかったが、それでも数人の二年生が私たちのリボンに気付き、好奇の眼差しを向けてきた。私は時々部活の関係で上級生の教室にいくことがあったので多少慣れていたけれど、リコはやはり慣れていないようで、私の後ろに隠れるようにした。今度は握っている手が背中に引っ張られてちょっと痛い。我慢できるからいいけど。
ミク先輩と思われる人の席に近づく。机には弁当箱が出ているが、開いてはいない。当の先輩は本を黙々と読んでいる。ずいぶんと集中しているようで、私たちが声が届く斜め後ろまで近づいても気づいた様子はない。
「……どうする?」リコが小声で話しかけてきた。
「うーん。昼なのにご飯食べないで本読んでるぐらいだからなぁ……邪魔しちゃ悪いし、ちょっと待とうか」そう私が小声で返したとたん、ミク先輩は本を閉じ、机の脇に置いた。
「あれ? あの本昨日台無しにされてたはずだけど」
「ほんとだ、リコが言ってた本と同じタイトルだね」その本は私たちがどハマリしているアニメと同じタイトルだった。熱い少女達の物語だ。
「あの、ミク先輩ですか」ちょうど良いタイミングだったので私は声をかける。
少しびっくりしたような表情で私たちの方をみる。
「は、はい。何かご用でしょうか」そう答えた台詞からも驚きが伝わってくる。
「えーと、私はスイです、月詠スイ。でこっちが」そう私は自己紹介しつつリコの手を引っ張り私の横に来させる。
「えっ、ちょ、リコです。月見リコ。お久しぶりです。またお会いしましたね」急に引っ張り出されてびっくりしつつリコも自己紹介をする。
「いや昨日会ったばかりでしょ」私は軽くツッコミを入れる。
「あ。……あの時は、ありがとう」ミク先輩はリコの顔を見るとそう返す。
「いえいえ! 大したことはしてないです。その後、大丈夫でした?」
「うん。貸してくれたハンカチのおかげでなんとか」
「なら良かったです。今持ってます?」
「あ、ごめんなさい……。洗濯して乾くまで干してる途中で……まだ家にあるの」
「なるほど、了解です。今度持ってきてくれれば。親友の形見なんで」
「形見……? そんな大切な物を、ごめんなさい」
「あ、いやいや! すみません形見は冗談です。こいつスイがくれた物ってだけです。今勝手に殺しました」
リコとミク先輩が話しているのを聞いている途中、背後から視線を感じた。私は少し首を動かし視線の元をたどる。三人組だった。教室の前の方、一つの机を三人で囲んで昼食をとっている。そのうち二人がこちらに視線をとばしている。何となくだけれど、睨んでいるように感じる。そのうち一人はこちらに背を向けて座っており、腕には包帯を巻いていた。
(ひょっとして、あれがリコの言っていた三人組?)今リコに聞くこともできたが、やめておく。リコのことだから、気づいたとたん抗議しにいくかもしれない。今ここで必要以上に目立つ訳にもいかない。
「そういえばその本、無事だったんです?」リコはそう尋ねる。
「ううん。あれは濡れてだめになっちゃった。これは保存用としてもう一冊買ってあった物を持ってきたの」そういってミク先輩は悲しそうな表情を見せた。
「え、同じのを二冊もあるんです? スイ、すごくない?」
「え? うん。同じファンとしてすごいなって」私は視線を気にしていたせいで反応が遅れる。
「そうかな。……え、ファン?」
「そうなんですよ、私たちもその作品好きなんですよ。まだアニメしか見てないんですけど」
「知ってるの!?」ミク先輩の声色が変わった。こちらに身を乗り出すようにする。
「はい。それで一度話してみたいなって思って。んでリコに付いてきたんです」
「そうなのね、ぜひはなしましょう。……この作品知ってる人いないからうれしい」先輩のテンションは見るからに上がってるのが見てとれる。
「ぜひぜひ! ただここで話すと私たち下級生だから目立っちゃうんですよね。リコとかおびえてるし」
「だ、誰がおびえてなんか……」リコは少しむくれる。
「それで、土日とかあいてます? お茶でもしながらじっくり語りましょうよ」私はそう提案する。
「えーと、うん土日は本読むだけだから開いてる」
「やった! じゃあどこに集合がいいかな」
「あそこでいいんじゃない? 駅の近くのるるぽーと。なんでもあるし」リコはそう提案する。
「あ、いいね。すぐ横にリオンモールもあるし。ミク先輩そこでどうです?」私も同調する。
「うん、大丈夫。朝ちょっと図書館寄るからお昼前とかがありがたいかな?」
「わかりました。じゃ十一時集合で」
「それでお願いします。あ、その時ハンカチ持って行くね」
「お願いします」リコはそういってお辞儀をする。それを見ながら緊張しているなぁ、と私は思う。
その後軽く会話を交わし、ミク先輩と別れる。 昼ご飯を食べていなかったのでおなかがぺこぺこだ。
「あの人たちじゃない?」出口に向かう途中、私はリコに耳打ちし、先程視線を感じた席を指差す。
「ん? ………あいつらだ。ちょっといってくる」リコは三人組を見た途端向かおうとする。その瞬間私はリコの手を強く握り引き止める。
「いててて!」
「だめ。ここで目立つのはだめ」私はリコの目をまっすぐ見て言う。
「いやでも……わかったよ」リコは食い下がろうとしたが、私のいつになく真剣な様子におされたのか、諦めた。
私はそのままリコを引っ張るようにして教室を出て、そこで掴んでいた手を離す。
「まずはミク先輩と仲良くなってから、いい?」私は念を押す。
「うん……ごめんね突っ走りかけて」謝りながらリコは握られていた方の手を振っている。強く握りすぎたらしい。
「よし。いま喧嘩なんかしたら大事になっちゃうからね」そう言いつつ私はリコの手を握り「痛かった? ごめんね」と優しく揉んだ。
「だいじょぶだいじょぶ。ま、さっき私も強く握っちゃったしお互い様」と、なぜかリコは指を絡ませて私の手を握り返した。恋人つなぎだったっけな。まあいいけど。
「てかミク先輩ふつーにいい人じゃない?」自分たちの教室に戻る途中、リコは言う。
「ね。驚いてたけど嫌な顔一つしなかったよね」私も同意する。
「なんであの人いじめられてるんだろ?」
「さあ? なんかきっかけがあるのかもね。遊ぶときそれとなくさぐってみる?」
「お、それいいね。スイよろしく」
「私に投げるんかい。……まいいけど」
「だって私そういうの下手くそだもん。……でもいじめって理由ないときもあるって聞くなぁ。なんとなく、ではじまるらしいって」
「そうなの? まあそのときは先輩の前に立てばいいんじゃん?」
「うわかっこいい……スイさま、結婚を前提としてお付き合いを……」リコはうっとりした目で私を見つめる。
「昨日から下がってない、それ……てかつなぎ方だともう付き合ってるよね」私は突っ込みつつ恋人つなぎを見せる。
「あ、ほんとじゃん。ふつつか者ものですがよろしくお願いします」
「苦しゅうない、ちこうよれ」
そんな会話を続けながら、私達は教室に入って行った。
いじめに救いを、少女に友情を。 金魚屋萌萌(紫音 萌) @tixyoroyamoe
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