2話 トイレにて、いじめを見る。

「あれ、並んでる……まじか」


 私、星見リコは自分の教室と同じ階のトイレに行こうとして。女子トイレの入り口に三人ほど並んでいるのが見えた。中にも三人ほどならんでいるので六人も待っていることになる。


「しゃーない、待つか……」


 列の後ろに並ぶ。


 …………。


 十分ほど待ったのに列は二人ほどしか進んでいない。


「あ、リコ」


ちょうどトイレから出てきた知り合いの同級生が声をかけてきた。


「よ、今日トイレすごく並んでない?」


「ああ、なんかトイレ半分水が漏れたとかで使えなくなってるよ。しかも小優先」


「げ、まじ?」


「まじ。他の階行った方がいいよ」


 女子トイレにはちょっとしたローカルルールがり、入って右側の個室は小優先、左は大優先というルールがある。緊急を要する場合もあるので、守る守らないは自由だが、小優先を大の人が使うとちょっと嫌な顔をされたりもする。ちなみに月の物に関しては大扱いだ。


「仕方ない、二階のトイレ行くか……。教えてくれてさんきゅ」


 私は礼を告げて列を離れる。


 階段を上り、二階のトイレを目指す。少し緊張する。こういう時でないと二階に行くことは無いし、上級生の知り合いもいない。これが幼なじみのスイならば部活の先輩とかいるだろうし、性格的にも物怖じしないんだろうな、と思った。


(ま、トイレ行くだけだし)


 そう思いつつ夏用シャツの首元についているリボンを外し、ポケットにしまう。


夏服は学年共通だが、首につけるリボンだけは学年別に色が違う。私たち一年は紅のリボンだが、二年生は紺色なはずだ。さすがに目立つ。


 階段を上り、トイレの入り口が見えてきた。一階と違ってだれも並んでない。


(よかった、誰にも会わないですみそう)ほっとしながら急ぐ。膀胱が早くしろと急かしてきていた。


 足が止まる。ちょうどトイレから人が出てきていた。三人組だった。それぞれ紺のリボンをしている。思わず視線が下に向く。


「ね、あのままでいいの」


「いいんだよ。ほっとけ」


「これぐらいじゃぬるいほうだよ」


 すれ違いざまに、そんな会話が聞こえてきた自分を気にしてはいない様だ。一人は腕に包帯を巻いているのが見えた。


(けがしたのかな)


 そんなことを考えてトイレの入り口から奥を伺う。個室のドアはすべて開いていて、誰もいない事をにおわせる。


「よし、貸し切りだ」くだらない事をつぶやき、個室を目指す。


 途中、私は手洗い場の方にふと目をやり、二度見をしてしまう。一人、少女が立っていた。入り口からは死角で見えない位置にいた。洗面台の方を向いているのでこちらには気付いていないか、気にしていない。


 少しびっくりしたが平静を保ち、個室に入る。


(貸し切りのつぶやき、聞かれたかな)ちょっと恥ずかしくなる。


(そういや、今日もスイは自分の弁当食べちゃったんだろうな。どうせ寝てるだろうし)机に突っ伏して寝てる彼女の姿が浮かぶ。


 用を済ませ、個室を出る。まだ少女はそこにいた。手を洗っている訳ではなさそうだ。


(化粧? いや、そもそも動いてないし……)少女はぼんやりと立っている。


 一つ空の洗面台をはさみ、手を洗う。横目でちらりと少女の洗面台に目をやる。中に何か落ちているのが分かる。


(あれは……本? しかも濡れてる?)不思議な状況に私は首をひねって彼女の方を見る。


 本だけでなく彼女も濡れていた。前髪から水が滴っている。


「だ、大丈夫ですか?」びっくりした私は思わず近寄る。彼女は呆然としていた。目は虚ろで濡れた本に注がれている。


「いったい何が……」


 そこまで言うと彼女はこちらを向いた。誰だろう? という表情になる。


「えっと、私は一年生のリコって……あ、いや」そこまでいって口をつぐむ。


(しまった、学年なんて言う必要無いじゃない)


「リコ……私はミク」少女は反射的にそう答えた


「とりあえず、これ使ってください!」そう言いつつポケットにあって自分のハンカチを差し出した。


「あ、りがとう……」彼女は素直に受け取り、濡れた部分を拭きはじめた。上半身はかなり濡れている。髪と顔はびしょびしょで、シャツも肩や背中の部分は肌が透けて見えるほどに濡れていた。


「こんなに濡れて……誰かにかけられたんです?」


「……うん」


(ひどい誰がこんな事……あ、もしかして)


「三人組にやられたんです?」


「えっ……うん」


 私の問いにミクは少しびっくりした表情で答える。なぜわかったの、という風だった。


「わかりました、ミク先輩またあとで」そう答えて私はトイレを飛び出した。


 水をかけたのはさっき私がすれ違った三人組だろう。


(みつけて文句の一つでもいってやろう)


 先ほどすれ違った廊下にはそれらしき三人組の姿は見えない。


(教室の中かな)


 トイレの向かいにある教室から探す事にする。「二ー三」と入り口にはかいてある。ドアは開いていたので外から教室の中をうかがう。


 考えたら私は三人組の顔を知らなかった。わかることといえば、一人が腕に包帯をしているというぐらい。ざっとみたが包帯をしている人はいない。次のクラスにもいなかった。


「二ー一」のドアは閉まっていた。ドアに手をかけてゆっくりと開けようとしたとたん、内側からドアが開いた。


「ひゃんっ!?」


 驚いた私は変な声を出し、後ろに尻餅をついてしまう。


「あら、ごめんなさいね」


 中から出てきたのは女教師だった。初めてみる顔で、ずいぶんと美人だった。謝りながら私に手を差し出す。


「い、いえ大丈夫です」私はその手をとり立ち上がる。


「あら、あなたリボンは?」教師は私の首元を見ていう。


(やばっ)私はとっさに首元を押さえる。


「や、その暑くてとったままつけるの忘れちゃいました」苦し紛れな嘘をつく。


「そうなの、まあ今は昼休みだから叱るつもりもないけど、校則だから付けなさいね」


「はい、ごめんなさい」私はリボンを取りだそうとしてポケットに手をやり、そこで動きが止まる。


(今付けたら一年だってばれるじゃん)


「あ、教室にリボン忘れちゃいまして、あはは」


 私は重ねた嘘をごまかすように愛想笑いをする。


「はあ……ならとってきなさい。うちのクラスじゃないでしょ」教師は呆れた様に言う。


「わかりました、失礼します」私はそう言って逃げるようにそそくさと後にした。これ以上三人組を探すのはあきらめるしかなかった。帰る途中、トイレに寄ったがミクの姿はなかった。


(大丈夫かな、先輩……)


 私の脳裏には彼女の呆然とした表情と濡れた姿、本が焼き付いていた。


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