第8話 人をなんだと思ってるんだ

「運転士のドズ氏です」

「ドズ? 被害者の?」


「はい。被害者です。聞けば最近の彼はなかなかに羽振りが良かったそうじゃないですか?」

「それは競竜で儲けたって話だろう?」


 運転士が聞きました。


「どうでしょう? 本当にそうだった可能性もありますが、お金と言えば悪事です。それに、ギャンブルで金が入ったというのは、出どころのわからないお金の説明の常套句でしょう?」


「悪事とは何だい?」


「例えば、密輸。この列車はアソセスタを通り、隣国まで繋がっています。もちろん国境では持ち物検査などが行われますが、運転席はスルーされます。そうですよね?」


「ああ。運転士の荷物がチェックされることはない」


「つまり、犯罪仲間を殺したと? 仲間割れか何かかい?」

「はい。仲間割れか、あるいは密輸対象を殺そうとしたのかもしれません」


「人も密輸できると?」

「ええ。物品が可能なら、人間だって不可能ではないでしょう。例えば運転席に、密航者を匿うことは可能ですか?」


 車掌さんは少し考えて答えます。


「可能……だろうな。いつものメンバーでの運行なら、俺たちがどう動くか熟知している。その間を縫うことはできるだろう。テロ対策で通常運転席には鍵がかかっているから、車掌であっても入ることはできない。小窓からは運転士を見ることはできるが、死角が多く人を隠すことは十分に可能だ」


 本当なら、乗務員同士を監視させるべきなのでしょう。

 でも、そんなことまで言い出したら、刑事が刑事である証明と同じく、だれも信用できなくなってしまう。だからこそ、ある程度の所で妥協してしまっている。


「これがこの事件を難解にしてしまった第一の要因です。最初に殺人を企てたのは運転士のドズ氏だった」


「何故そんなことを? 運転中の運転士を殺す理由はないが、運転士が殺す理由ならあるというのかい?」


「アリバイ工作でしょう。ドズ氏は運転士です。その時間運転していたならばアリバイは完璧ですからね。それに、運転士ならば人知れず運転席に殺害したい相手を隠すことも可能です」


「聖域に入る前、車掌は目視での窓の確認のために機関車から離れます。ドズ氏の計画では、聖域を走行中に犯人を殺害し、谷底に投げ捨てる予定だったのでしょう。窓が全て閉まっているために誰にも見つからないわけです」


「実際は犯人の返り討ちに会い、殺害されてしまった?」


「ええ、そのようですね。犯人は焦ったでしょう。犯人は空を飛ぶことができなかったのです。飛べるなら運転席のドアを開けて飛んでいけばいいだけの話ですからね。どうします? あなたなら?」


 リンズ刑事にふってみます。


「自首するけど?」

「そうじゃなくて……そこは犯人の気持ちになってくださいよ」


「犯人だったら……飛んで逃げるだろうね。そのまま運転席にいたとしても、客車に行ったとしても切符すら持っていないんじゃあどうしようもない」


「そう。そこなのでう。もし犯人が空を飛べるのなら、空を飛んで逃げればよかった」


「犯人は空を飛べなかったわけか。しかも渓谷だから橋や切り立った崖の上を走行しているか。飛び降りるのはリスクが高い。かといって、じっとしていれば異変を察知した車掌が訪れる」


「ええ、犯人としては逮捕待ったなしの状況だったのです。ですが、自分が運転席にいることは誰も知りません。犯人は切り抜ける方法を必死に考えたのでしょう。そして、悪魔のような作戦を立ててしまった」


「クソがっ!」


 突然、真犯人が私めがけて飛びかかってきました。

 拳を握りしめています。


 逃げる動作ができませんでした。

 怖くて体が硬直してしまったのです。

 ですが、犯人の拳は私に届きませんでした。


 私の目の前で、犯人も硬直しています。

 顔はひきつって、苦悶の表情を浮かべています。


「『体の知識・赤体凍結』」


 リンズさんがつぶやきました。


「暴行の現行犯で拘束させてもらったよ」


 事後詠唱?

 魔法の中でも高度な技術です。

 やはり、すごい人なんですね。

 でも、少しおかしいですね。


「続けてくれ」


「わかりました。あの血文字です。ムルゥ族のテロに見せかけたことに意味は殆どありません。あの血文字を書こうとすると、10分以上は必要でした。そこが犯人の狙いなのです。書き終わると、客車に向かったのです」


「いやまて、言っていることがおかしいだろう。犯人は運転席から客車に来たんだろう? それだと、人数が合わないじゃあないか! 切符だって持ってない」


 ジックスが叫びました。真犯人が別にいたことが気にくわないようです。


「ええ。熟練の車掌さんなら、乗客が増えていれば気がつくでしょう。それに、もう一つ大きな問題があります」


「衣服だね」

「はい。刃物で殺害し、部屋中に血文字を書いたのです。犯人の服には血がたくさんついていたはずです。そのまま客車に入ってはおおごとです。血の匂いだってするでしょう」


 真犯人はもう、完全に生気を失っています。


「犯人はドアの窓から乗客を注視したに違いありません。犯人は一人で乗り、隣の席に乗客のいない、自分と背丈が似ている乗客に目星をつけた。そして、機関車に来ることを祈ったのです」


「なるほどね。確かに悪魔だ」


「犯人は不幸にもデッキに来てしまった乗客を殺害し、運転席のドアから遺体を谷底に捨て、ドアを施錠し、乗客の服装を着て何食わぬ顔でその乗客になりすましたのです」


「なっ……」


 みなさん驚いています。

 それはそうでしょう。


 一瞬で何の関係もない人間を殺して成り代わる、そんな判断をしてしまう凶悪な人間が直ぐ側にいたのですから。


「おそらく犯人は5分以内にそれを済ましたのでしょう。そうすれば、真犯人が機関車に行った時間は5分になり、血文字を書くことができないわけです。自分が疑われることはなくなります。人数はわかっても、人物の変化にまで気づくことができますか?」


 車掌さんに問いました。


「わからない……背格好が同じなら、見逃してしまうかもしれない」

「なんてやつだ……」


「そして、このトリックを使えるのは、聖域を走行中に1号車を出て、空を飛ぶことのできないあなたしかいないんですよ」


 私は拘束されている真犯人に言いました。


「間違いはありませんか?」


「ない……」


「最初の殺人だけで終わっていれば、正当防衛を主張できたかもしれませんのに」


「無理だ。俺には前科があるからな」

「あなたは人を、なんだと思ってるんですか?」


「人? 人は人だろ。お前こそ、なんだと思ってるんだ?」


「続きは署で聞こう」


 人を、なんだと思ってるんだ?


 人は……魔法を使えるものです。


 ジックスは黙ったままでした。


 私も催促は控えます。真犯人が連行されて、かなりスッキリしましたので。


「すまなかった。危うく真犯人を解放してしまうところだったようだ。君は、役立たずなどではなかったな」


 意外と素直に謝ってくれました。やはり、刑事さんです。根底にあるのは正義なのでしょうか。


「ありがとうございます。でも、リンズ刑事の魔法がなければ、私は真犯人に殺されていたかもしえません。刑事には、向いていないのかもしれませんね」


「試験を途中で中断させて申し訳ない。面接がまだだったな」

「はい?」


「ここで待っていてくれ」

「はい?」


 ここで面接をやるつもり?

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