第7話 一番おいしいところ
就職先は卒業後半年の間に決まるのが一般的です。
今は卒業してから3ヶ月。
「永久就職するように言われています」
「それは、相手がもういるということかい?」
「はい。父が卒業祝いに用意してくれました」
「卒業祝い?」
魔法学校の卒業祝いには杖やローブを送るのが一般的です。
「大学に進級できないことはわかっていました。企業にも応募してみたんですが、不採用です」
「君の扱いにはどこだって困るだろうね」
「父の紹介してくれる相手です。とても素敵な人ですよ。私のことを理解してくれている人です。生活には困らないでしょう」
「君はそれで、満足なのかい?」
「両親は心配していました。学園で私がいろんな問題を起こしていたことを、私が無理をしているんじゃないかと」
「ふふっ……」
急に笑い出しました。
「なにか?」
「君の荷物に入っていた、成績表のことを思い出してね」
成績表!
「見たんですね?」
「ああ。素晴らしい成績だったよ。考え事をして学校の設備を破壊した数23回。禁じられた文書を閲覧しようとした数56回。教員に楯突いた数193回」
なぜ成績表にそのような項目があるのでしょう。
そして、なぜこの人は暗記しているの?
「一般的な学生のこなす回数では?」
「そんな学校には行きたくないね」
「そりゃあご両親も心配するだろう」
「これは、何の尋問なのですか? 私の成績表と事件にどんな関係が?」
「君の覚悟を知りたくてね」
「覚悟?」
「人を殺せるかどうかの?」
「人を、理解できるかどうかの」
理解……。
「それはどういう」
その時、車内放送が流れました。
『あと10分ほどで、エル・ビチフに到着します』
「だそうだ。つくしは帰ってくるのか?」
「つくしさんはどれぐらいの速度で空を飛べますか?」
「あいつは警察でも指折りのスピード狂だ」
「なら、そろそろ連絡が来る頃です」
私がそう言った時でした。
制服を着た警官が、車掌室に入ってきました。
「桑名巡査から連絡です」
「ありがとう。出るかい?」
「私が?」
「僕はね、お楽しみは最後まで取っておく方なんだ」
言っている意味はわかりませんが、私は無線機を耳に当てます。
『いたよ……』
つくしさんの声を聞いて、私はすべてを察しました。
「私はまだ、謎を解ける……」
「皆を集めればいいのかな? 探偵さん」
リンズ刑事は笑顔で聞きました。
「えっ? まさか、私に犯人を名指ししろと?」
「もちろんだ。君が解いたんだ、一番おいしいところを君が持って行かなくてどうするんだい?」
一番おいしいところって……。
確かに、犯人を徐々に追い詰めて、指をさす感覚は別格ですが。
「だいいち、僕に概要を説明して、僕がまた同じ説明をみんなにするのは2度手間だろう?」
「それはそうですが……」
「つくしくんはダメだよ。彼女はそういう柄じゃあない」
「わかりました。私がやりましょう」
「そうこなくっちゃ」
関係者を呼んで、デッキにはは私を含め7人がいます。
私、リンズ刑事、1、2、4番目に機関車に入った乗客、車掌、制服の警官。
「おい、もう駅に着くんだろう? 俺はなぜ呼ばれたんだ? 俺が犯人のはずはないんだろう?」
真犯人はもうすぐ逃げられるというところで呼び出され、さすがにイライラしています。
「これから、事件のあらましを説明してもらう」
学園探偵と言っても、殺人事件は扱っていませんでしたから、ここまで緊張しませんでした。相手も同じ学生ですし。でも今回の相手はみなさん大人です。
「おい、なんだこれは? なんでこんな小娘が!」
真犯人が噛み付いてきました。
私も同意したくなります。
「彼女はこう見えて名探偵なんだ。これまでも数々の事件を解決している。これ以上、暴れるようなら公務執行妨害で現行犯だよ?」
「ちっ」
少し、怖いです。いざという時、リンズ刑事は守ってくれるのでしょうか?
そこへ、顔に傷のある刑事も入ってきました。名前はジックスというそう。
「なにをやっとるんだ?」
リンズ刑事が答えます。
「今から真犯人が分かります。課長もご一緒にどうぞ」
「真犯人? 犯人はこの小娘だろう?」
「黙って見ていてはどうですか? それとも、私を連行して赤っ恥をおかきになりたいので?」
ここは強気に行きますよ。真犯人は分かっているのですから。
「そこまでいうならやってみろ。だが間違っていたらただでは済まんぞ」
「もし正しかったら。撤回して下さいね」
「撤回?」
「役立たずと言ったことを」
「ありえん。そんなことにはならんよ」
大きく深呼吸します。
「さて、今回の事件で一番の疑問。それはなぜ走行中の車内で、しかも運転士が殺害されたのか、これに尽きるでしょう。しかし、どう考えても合理的な理由が思いつかないのです。さらに疑問なのは、犯罪が露見する可能性が高まるにも関わらず、時間をかけて血文字を運転室中に書いたことです。すべての行動が極めて不可解なのです」
「それはお前が自暴自棄になってやったからだろう。誰でも良かったってやつだ」
ジックスが噛みついてきます。
無視して続けてやります。
「そもそも、運転席は容易に入ることができない空間です。なのになぜ、犯人は入ることができたのか。警察の人は聖域に入った後、私が運転士の気を引いた上で、外への扉を開ける動作で運転士がドアを開けるよう誘導したと考えていました。そんなことありえますか?」
車掌さんに問いかけます。
「ありえない。運転席は聖域以上の聖域だ。運転中に開けるなんて、運転レバーから手を離すなんてありえない」
「ですよね。では鍵はどうでしょう? 運転室の鍵は2つあり、ひとつは運転士が、もうひとつは10号車の車掌さんが持っていました」
「私達が共犯で殺したというのか?」
「真犯人はそう見せかけようとしたんだと思います」
その言葉に犯人の顔が少しこわばったのを私は見逃しませんでした。
「真犯人はあの状況を作ってしまえば、自分は疑われず、車掌や私のような人間が疑われることを知っていたのです」
「計画的な犯行だったと?」
リンズ刑事が問いました。
彼自身が聞きたかったというよりは、みんなの理解を促してくれているようです。
「いいえ。この事件は犯人にとっても不測の事態だったんです。まず私は、今回の事件が犯人にとって計画的なのかどうかについて考えました。答えはノーです。ムルゥ族のテロに見せかけてありますが、彼らのテロにしては体裁があまりにもお粗末ですし、聖域での殺人は彼らの教義に反します。そして、なぜか運転士の財布までも消えている。犯人の目的がまるでわかりません」
真犯人は黙って私の話を聞いています。ここで反論すれば墓穴を掘ってしまうとわかっているのでしょう。
「強盗がテロに見せかけたという可能性を考えてみます。やはり運転中に殺害する理由がわかりません。ではなぜ殺人が起きてしまったのか。やはりこの殺人は計画的だったんですよ」
「支離滅裂だね」
「ええ。そうなんです。誰かが運転士を殺したと考えると、どう考えてもつじつまが合わないんです。ですが、今容疑者であるこの私が推理を披露しているように、逆に考えれば、この事件の謎はすべて解けてしまうのです。この車内で一人だけ、ここで殺人を犯すことが可能な、それも殺人をすることが彼にとって有利に働く人物がいました」
皆は息を殺し、私が次に発する言葉を待っています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます