第6話 犯人が犯人だとすれば

 私以外に犯人がいるとして、何故犯人は運転中の運転士を殺害するという方法を選んだのでしょう? 被害者に恨みがあるのなら、運転中なんて面倒な方法をとる訳がありません。やはり、運転中に殺すというところに意味があるはずです。


 考えれば考えるほどに謎の多い事件です。犯人はどうやって10分以上掛かる作業の時間を短縮したのか。どうやって鍵の掛かった運転室に入ったのか。なぜ運転中に殺さなければならなかったのか。


 こんなに解きがいのある謎は初めてです。

 

 そもそも、私が10分以上デッキにいなかった場合どうなっていたのでしょう? その場合、第一発見者の車掌が疑われていたのでしょうか?


 私が10分以上デッキに行っていたことを確認した上で、機関車の鍵を閉めた?

 10分以上機関車にいた人がいなかった場合は、鍵を開けて外部斑に見せかけた?

 どちらにしろ、意味があるとは思えません。


 やはり犯人の狙いがわかりません。


 視点を変えるべきでしょう。


「あの血文字は、ペ大陸共通語で書かれていますよね?」

「ああ。そうだ」


 世界には様々な種族、言語が存在します。プオフ王国があるペ大陸では300年前に大陸の6割を支配したカバルト・ベラジン王国の言語を元とするペ大陸共通語が広く使われています。基本的にはペ大陸のどの国でも母国語と共通語を習うのです。


「最初、あの文章を見てテロと思ったのではないですか?」

「ああ。そう思ったさ。でも君の言う通り、言語が問題になった。過激派は自分たちの文化に誇りを持っている。ムルゥ族と昔戦争をしたことがあるカバルト・ベラジンの言葉なんて使わないだろう」


 犯人はテロに見せかけようとした訳です。わざわざ血文字を書いてまで。やはり、あの血文字には大きな意味があると考えてよさそうです。つまり、あの血文字によって犯人は自分が疑われなくなる。


 犯人の心理としては、捕まりたくない。だからこそ工作をした。ということは犯人は突発的にこの犯罪を犯したと言うことなのでしょうか? 運転中の運転士を殺害すると言うことが目的ならば、もっとやりやようがありそうなものです。


 わざわざ10分書けて工作をするぐらいなら、もっと簡単に逃げることができる作戦を考えるでしょう。


「大丈夫?」

「私はやっていません。ですが、真犯人がわかりません」


「この状況じゃあね。私だって真犯人を捕まえたいさ」

「私が犯人だとして、何故かはわかりませんが運転士を殺したとします。凶器は発見されていませんから、私は窓から投げ捨てたんですよね?」


「そうなるね」

「そのあと、私はなぜか血文字を書いた。テロに見せかけるためでしょうか?」


「それか、本物のテロリストか」

「本物のテロリストならペ大陸共通語で書いたりはしませんよ」


「そうだね」

「書き終わった段階で私は血だらけのはずですが?」


 もちろん私は今一滴の血も付いていない服を着ています。

 白とグレーのワンピースを着ています。

 今日のためにお母さんが作ってくれた大切な服なのです。汚す訳がありません。


「レインコートでも着て殺したんだろう、とリンズ刑事は言っていた」

「ようよう無理が出てませんか?」

「そうなんだけどね。魔導体で作られた鍵を開けることのできる真犯人の存在よりはよほど現実的だ」


「私の他に機関車に入った人たちのことを教えてもらえますか?」

「1人目は背の低い男だ。29歳、グラムに住んでいる冒険者。1人でアソセスタにいる友人に会いに行くと」


「空を飛べない人ですよね」

「ああ、そうだ。堅気じゃないような雰囲気だったが、それは冒険者だからだろう」


「冒険者にしては、落ち着いた服を着ていましたね」

「そうだね」


 確か、シャツの上にセーターを着ていました。顔は強面だったので少し違和感を感じたんですよね。


「次は23歳男性。グラム出身の料理人。友人と一緒に旅行でアソセスタに行く予定」

「料理人なら、刃物を持っているはずですよね?」


「ああ。見せてもらったが、一式揃っているように見えた」

「血液反応は調べましたか?」


「調べたが、意味があるとは思えない。確かに反応は出るが、肉の調理に使ったと言われるとこっちとしてはなんとも言えないんだ」

「そうですか……」


「3人目はヴェイルさん。あなただ。4人目は45歳、リアパス出身の高校教師。夫婦で旅行中だそうだ」


 不審な点はないように思えます。

 そもそも、みなさん10分以上機関車に入っていないのです。


「10分……考えれば考えるほどに、意図的に犯人が作り出した時間に思えます」

「そのせいで君が犯人になってるんだから、そう思っても仕方が無いね」


 つくしさんはなぜか、苦笑い。


「どうしたんですか?」

「私が尋問を受けているようだと思ってさ。立場が逆だね」

「立場が逆?」


「ああ。あんたが刑事みたいだってことさ」

「いえ……そうではなくて……、まさか……そんな恐ろしいことが!?」


 その時の感覚を言い表せるような上手い言葉が見つかりません。遠くに糸が一瞬見えて、それをなんとか掴んでたぐり寄せることができたような。

 ランダムに並んでいると思っていた色を遠くから見ると、綺麗な絵が浮かび上がるような。


「何か気が付いたのか?」


「この推理は、私が犯人でないことを証明するためのものです。でも、推理が当たって欲しくないと思っています」

「どういうことだ?」


 私はどうにか怒りを抑えながら、静かに言いました。


「探し出していただきたい人がいます。私の推理が正しければ、まだあそこにいらっしゃるはずなのです」


 私はつくしさんに恐ろしい推理を伝えました。それを聞いて、つくしさんは最初、絶句していました。


「確かに……、君の推理は理にかなってる。少なくとも、君が犯人であるというよりはね。だからこそ、探してやる」


 そう言って、つくしさんは出て行ってしまいました。

 あとは祈るのみです。

 交代でリンズさんが入ってきました。


「つくしに何を吹き込んだ?」

「私の推理をお教えしただけです」


 ひょうひょうとしていて、その笑顔の下で何を考えているのかわからない人です。


「犯人はわかったのかい? 探偵さん」

「ええ。わかりました」


「へぇ。じゃあ、話の続きでもしようか」

「お話? そんなことをしている場合なのですか?」


「つくしは君の推理に納得して出て行ったんだろう? だったらもう事件は解決したようなものだ。あれでも彼女は優秀なんだよ? 少し、正義感が強すぎるきらいがあるけどね」


「私の推理を聞かなくていいのですか?」

「それを聞いてしまったら、君の話が聞けないじゃないか」


「捜査を盾に私のことを聞き出そうと?」


 私の推理を聞いてしまったら、私を尋問する理由がなくなると。


「さすが。大丈夫、捜査情報は漏らさないよ」


「何が聞きたいのですか? それとも、身体検査でも?」

「かわいいね。そんな言葉じゃ僕は動揺したりしないよ?」


「あなたは、とても危険な存在に思えるので」

「だろうね」


 だろうね? いったい何を言っているのでしょう。

 わかりません。でも、これがとても危険な行為だと言うことはわかります。

 この人と会話すること自体が、とても危険な行為。

 私が私でなくなってしまうよな。

 だから勝手に彼を攻撃するような言葉が出てしまう。


「君は魔法を使えるようになって、何がしたいのかな?」

「すべてです」


「空を飛んでみたい?」

「ええ。もちろん」


「警察に入れなかったら、どうするつもり?」

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