第5話 整理するほど混乱する

「私以外の機関車に行った人も開放されるのですか?」


 私にしか犯行が不可能だからって、開放はダメでしょうに。 あの場を仕切っている頭の硬そうな刑事の指示でしょうか。みすみす真犯人を逃してしまいますよ。本当に。


「ああ。連絡先などはもちろん聞くだろうがね」

「そんなこと、させません」


「どうするんだい?」

「もちろん。あと1時間で真犯人を捕まえるんですよ」


「容疑者の君が?」

「ええ。だから、情報をください」


 リンズ刑事は口に手を当てて大笑いしています。


「だから情報をください? わざわざ容疑者に操作情報を伝えてどうするんだ?」

「単純明快な理由です。私以外に犯人がいないことが納得できれば、私は罪を認めましょう。納得できないなら、全力で戦います」


「なるほど。それは少し、迷ってしまうね。よろしい。つくしくん。あとは君に任せよう」


 リンズ刑事は部屋を出て行ってしまいました。


「えっと……どういうことでしょう?」


 つくしさんに助けを求めます。


「私は君が犯人だとは思っていない。何度もリンズさんに言ったんだけど、違うと言われてね」

「他にも怪しい人がいるのですか?」


「ああ。君に納得してもらいつつ、真犯人でも探してもらおう」

「お願いします」


「まずは。殺された運転士さんについて教えてもらえますか?」


「運転士は人族フムの43歳。王立鉄道公社の職員で、勤務歴23年のベテランだ。これまでにトラブルなどは確認されてない。人族フムの妻と子供ふたりがいるようだ」


「被害者を恨んでいるような人がいたとかは?」


「同僚に聞く限りでは、殺すほどの恨みを持った人はいなさそうだけどね。ま、昔は人に金を借りることが多かったようだけど、最近は特段トラブルもないそうだ。むしろ、競竜で勝ったからって羽振りは良かったようだよ。そもそも、恨みを持ってたからって運転中に殺しはしないだろう?」


 確かに怨恨では説明できそうにありません。

 お金を持っていたのなら、物取り?


「被害者の財布は?」

「なくなっていたようだ」


「じゃあ物取りの犯行では?」

「物取りがテロに見せかけたと?」


「はい」

「君と同じく、機関車に行った人の行動や、座席を調べたんだけどね。財布や金品は見つからなかったよ。もちろん、車掌も調べた」

「でも、財布から現金だけを抜き取っていたのなら、わかりませんよね?」


「もちろんそうだ。だが、車掌の財布には6万グリルしか入ってなかったよ」

「列車のことを知り尽くした車掌さんなら、どこにでも隠せるでしょう?」


「そう。だからこそ、私も車掌が怪しいと思っているんだ」


 どちらにしろ、運転中に殺してまで奪うでしょうか?

 私が殺すにしたって、誰もいないところでやるでしょう。


「事件のこと、時系列順に教えてもらえませんか?」


「ルルウィン23号は11時45分に定刻通りグラムを出発した。車掌は12時33分まで車掌室にいたが、運転室に向かう通路を通った人間はいなかったそうだ。その後、聖域を通過するために運転室の扉越しに被害者と会話をし、トイレに誰もいないことを確認、窓が閉まっていることを確認するため6号車の車掌室に向かったそうだ」


「それはいつも通りの行動なのですか?」


 この事件、まず疑うべきは車掌でしょう。運転士が運転中に殺害されるなんて特異な状況は同僚を疑うべきです。


「そうだ。キセルやテロ対策として人が隠れることができる場所の確認は怠らないそうだ。さらに、ムルゥ族の聖地を走行する際には窓を閉めてカーテンを閉じるという規定がある。12時36分、最後尾の12号車の車掌が運転室に連絡を入れた、その際普通に会話ができていた」


「録音などではなかったのですか?」

「そこまでは確認してないね」


 もし毎日の会話が同じであるのなら、タイミングよく録音を流すことであたかも生きているかのように振る舞わせることも可能です。


 今問題なのは、被害者がいつ殺されたか。車掌が工作を行ったのなら、殺害時刻はもっと前の時間と言うことも考えられます。


「残念ながらそれなないよ」

「えっ?」


「殺害時刻がもっと前かも知れないと思ってるんだろう? だがそれは不可能だ。ムルゥ族の聖地を走行する際、列車は狼よりも遅い速度になるだろう? その操作はちゃんと行われていた。減速が完了したのは車掌が機関車を出た後の12時40分頃だ。それまではちゃんと被害者は生きていたってことだ」


 車掌が殺したとすると、自動で減速するトリックを使う必要があるわけですか。第一発見者が車掌ならそのトリックも回収できそうです。でもそんなトリックあるのでしょうか?


「運転室の鍵は誰が持っていたんですか?」

「最後尾の車掌だ」


「最後尾……」

「その鍵はずっと自分が持っていたと証言している。鍵を開けるには内側から開けるしかなかったようだ」


 車掌を疑うとするならふたりが共犯でないと難しい?

 いや、車掌なら非常時を装って鍵を開けさせることぐらい訳ないはずです。


「次に、12時45分に1人目の乗客が機関車に向かう。これは本人及び他の乗客の証言ともに一致している。本人によれば、5分ほどで用を足し、1号車に戻った」


 5分ではあの血文字は書けませんね。


「続いて12時56分、ふたり目だ。8分ほど電話していたそうだ。この人物は空を飛ぶことができる」


 8分ですか。微妙な時間ではありますね。


「他の魔法も使えるんじゃないんですか?」

「例えば、血文字を一瞬で書きあえげる魔法とか?」


「ええ」

「そんな魔法、聞いたことがないけど。第一、なぜそんな工作をする必要がある? 君を陥れるため?」


 確かに、いつ誰が来るかもわからないのにそんな工作をする意味がわかりません。


「次に13時18分、3人目、つまり君の登場だ。電話とトイレだったかな? それが10分」

「はい」


「13時30分頃聖域を通過。最後に、13時34分、4人目がトイレに行っている。4分程度だ。その後、聖域を通過しても速度が回復しないことから不審に思った車掌が被害者を見つけた」

「その時、運転室の鍵は掛かっていなかったのですか?」


「ああ。そうだ。もう一つの鍵は室内にあったよ」


「それは正しい場所なのですか?」

「ああ。運転士用の鍵だ」


 運転士がトイレに行くときなどに使うのでしょうね。


「そして、機関車には運転室とデッキにそれぞれ外への扉があるが、双方鍵がしっかりと閉まっていた。つまり、被害者を殺すことができたのは君だけな訳だ」


「そう……思えますね」


 まとめてみます。


 11時35分:グラムを出発

 12時34分:列車はムルゥ族の聖域に入るため窓を閉め、カーテンを閉じる。この際最後尾の車掌は被害者と言葉を交わす

 12時45分:1人目が機関車に向かい、12時50分頃戻る

 12時56分:2人目が機関車に向かい、13時06分頃戻る

 13時18分:私が機関車に向かい、13時28分頃戻る

 13時30分:聖域を通過

 13時40分:4人目が機関車に向かい、13時44分頃戻る

 13時50分、列車の速度が遅いことに気が付き、運転席に連絡を取るも反応がないことで車掌が運転席に向かい事件が発覚。その際、機関車の外に通じるドアの鍵はすべて施錠されていた


 やはり、この状況で殺すことができるのは私か車掌しかいません。


「車掌さんが犯人なのでは?」

「やはりそうなるよね。だけど、なぜ運転中に殺害したんだ?」


 そう、車掌が犯人というのも疑問が多いです。明らかに疑われるのは自分たちのはずなのです。そんなことをするでしょうか?


「私が車掌で、訳あって運転士を殺すことになったとしても、運転室やデッキの外への扉の鍵は開けておくでしょうね」

「そこなんだ。普通、外部犯に見せかけるだろ?」


「被害者の自殺……という線はありませんか?」

「自殺? 自分で血文字を書いた後、自分の腹と背中を刺したって言うのか?」


「不可能では……ないのでは?」

「それで裁判官を説得できる?」

「少し、難しそうですね」


『替えの機関車が到着しました。当列車は30分ほどで次の停車駅、エル・ビチフに到着予定です』


 時間は刻々と迫っています。

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